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『ホーランジア』02 どうせなら海がよかった

正直、パラボラアンテナとかどうでもいいと思っていた。

私たちは校外授業で隣県に来ている。遅咲きの桜が見頃なのがいいかなくらいで、だけど地元もちょうど満開から終わりかけぐらいだから桜も飽きたというか、そんなにポイント高いという程でもなく。学校で座学するよりかは、まあ、天気も良いし気持ちいい。

「……南十字星とは、1つの星ではなく1等星アクルックスを含めた5つの星からなる星座で、昔の人はこの星座を方角の目印にして航海などをしていました。この星座は……」

大学の研究施設でプラネタリウム上映と宇宙の話を聞いて、今から巨大パラボラアンテナを見学するところ。と言っても、暗い部屋の中で単調なリズムの話し声は子守唄すぎて、うとうとしてしまっていた。一応、リーフレットを開いてメモ帳片手に頑張ろうとは思ったのだけれど、リーフレットは1ページ目のままで、メモ帳もほとんど白紙。

「なぁなぁ、もう少しあっち行くと、海があるんだろ?」
「はぁー。せっかくここまで来たんだから海のほうがいいよなぁ」
「だよなぁ。はーダルい」
「こらそこ! 貴様ら何を騒いどる! うるさいぞ!」

アホ男子たちがいつもと同じくふざけていたら、学年主任の田村が怒鳴り声をあげた。保護者からクレームが来るほど口の悪いオッサン先生だけど、態度を改める気配はない。先生の声の方がよっぽどウルサイと思う。

私も海が良かったな。うちは海なし県だから、男子たちが言うのはもっともだと思った。

「はーい、二列に並んだらちゅうもーく。今から特別に天文台の上まで見学させていただきますよ。職員の方の指示に従って、順番に入ること!」

パラボラアンテナのことを天文台と呼ぶのを初めて聞いた気がする。今まで衛星放送とかGPSのアンテナくらいしか見たことがなかったから、天文台といったら天体望遠鏡しか思い浮かばなかった。

パラボラアンテナでは望遠鏡で見えないものも見えるらしい。電波天文学、とかなんとか。どっちにしても私には関係ないことだなと思った。

天文台の近くまで来ると、思っていたよりもうんと大きくて驚いた。大きなアンテナのフチに太陽の光が当たって反射している。どうでもいいなんて思っていたけど、意外とかっこいい。

班ごとに並んで順番を待つ間、玲奈と話して過ごす。

「やよ、ヘルメット来たよ」
「ありがと」

私と玲奈の班が、パラボラアンテナの展望台に案内される番になった。
晶の班がすこし後ろにいて、町田もすぐ次だから中で会うかもね、と玲奈が私を茶化すように笑った。

「関係ないってば」
「でも町田、やよのことずっと見てるよ。すごい真面目な顔して」
「え、なにそれキモいんですけど」
「向こうはただの幼馴染と思ってないかもね」
「やめてよ、もう」

玲奈に言われて晶のほうを見たら、目が合った。本当にこっちみてたんだ。なんで? 私? いやむしろ玲奈のこと見てたんじゃないのと思う。あとで晶に玲奈のこと見てたでしょって言ってやろう。

「さて先程もお願いしましたが、電波天文台は微弱な電波を受信しているので、電波を発する機械が他にあると正しいデータが取れなくなってしまいます。ですので、携帯電話やスマホの電源がOFFになっているか、もう一度よーく確認してくださいね」

案内の人がそんなことを言っていたのを、機内モード設定中の私は右から左にスルーして階段を進んだ。アラームは朝しか鳴らさないし。

「めちゃめちゃイイ眺め!」
「わ! ほんとだ! ねぇ海! 海は? さすがに見えないかぁ」

海は見えないけど、桜の並木を見下ろす眺めが最高。私はこっそりとその眺めをスマホに収めた。シャラリーンとシャッター音がして、それでみんなもスマホを取り出して思い思いに景色を撮り始める。

「こら! 古賀さんスマホOFFにして! みんなも、撮影禁止!」
「はぁーい、ごめんなさーい」

シャッター音で近くにいた担任に見つかって、叱られた。機内モードなんだから電波、発していないのに。撮影禁止ならそれも言ってよ。

ムカつく、と思いながらその場で画像を確認したら、桜並木が写っていなかった。

「あれ……?」

いくつか前にスワイプしても桜はなくて、撮ったはずの最後の画像は何度読み込み直しても白い砂浜の海だった。ダウンロードした覚えもない。

砂浜には観光地のような賑わいはなくて、ザ・自然天然という雰囲気。

海の水がかき氷のブルーハワイみたいに青くて、どこまでも透明で。大きな入り江の奥に見える白い空に、飛行機がたくさん飛んでいる。そんな少し不思議な風景。

なんだろう、この空……どこかで見たことある感じ……。

……って、あれ? なんだか地面がぐにゃぐにゃする……?

地震? ううん、違う、私だ。自分の体が揺れてる。だめ、どうしよう、立っていられないよ! 嫌だ、フラフラぐにゃぐにゃで気持ち悪い、何これ!?

視界が歪んで、周りの音が遠ざかって、少し先にいた玲奈が駆け寄ってくるのが見えたのが最後だった。私は真っ白な世界に放り出されたような心細い浮遊感のあと、すぐに全身が重たくなって閉塞した真っ暗闇の中に飲み込まれた。

***

暗闇の中、自分がザラザラしたところで横になっている感覚に気付いた。私、倒れちゃったんだ。

自分に何が起きたのかを頭の中で整理していたら、写真の景色に見覚えがある理由を思い出した。『初恋散華』のワンシーンに似ているんだ。敵の飛行機が遠くにたくさん飛んでいる場面。次のシーンで、その飛行機から雨みたいに爆弾が降るのだ。海の上では船が爆撃されて、地上では基地や武器庫がどんどん炎にまかれて、凄く残酷なシーンだったな。

いつどこでダウンロードしたかもわからないけど、きっと昨日、感想をネットで読んでいるときにうっかり触ってダウンロードしてしまったのだろうと思った。あとで削除しよう。

それにしても、なんだか遠くで騒がしい音がする。工事現場なんか近くにあったかな……? 地響きがものすごくて、サイレンみたいな音もする。もしかして、私のせいで救急車来ちゃってる? うわ……恥ずかしいんですけど。校外授業で倒れて運ばれたとか、恥ずかしすぎる! 目を開けて、起きあがらなきゃ!

焦った私は、戻りかけの意識を一気にフル充電モードにして、手の平にぎゅっと力を入れて体を起こした。地面に押し付けた手のひらに、砂の感触。ゆっくりと目を開けると、地面はコンクリートじゃなくって、真っ白い砂が敷き詰められていた。まるでさっきの画像みたいな南国の海辺の砂だ。

不安を感じながら顔をあげると、信じられないことに辺りは本当にさっきの画像そのままの青い海だった。

手の中の砂をぎゅっと掴んでみる。間違いなく砂浜だ。

砂浜の向こうにはビーチというより森の入口みたいな雰囲気の木々。ヤシの木とか、名前は知らないけどとにかく南国っぽい木や花。すごく綺麗なところだと思った。

だけど、どういうこと?
まだ倒れたまんまで、夢の中なの? それとも私、まさか死んじゃった?

天国? 三途の川? ……じゃない海?

ふと入り江の向こうに目をやると煙が上がっていた。火事? それとも。

ガサガサと森側のほうから音がして、ハッとして向き直る。

「人魚……」
「え?」

ジャッジャッジャッ、カシャっ! 奇妙な音と共に男の人がカメラを構えて立っている。カメラで合っているよね? すごいレトロですごい変な音がしたけど、壊れていないのかな。

いきなり訳わからない事態になっていて、しかも撮られて、変質者なら逃げるべきシチュエーションだということも理解できず、男の人をぼうっと眺めてしまった。

男の人は、映画とかでおなじみの軍服を着ていた。少し遠くて、顔がよくわからないけど、まだ若そうな雰囲気。レトロなカメラといい軍服といい、もしかしたら映画の撮影か何かかもしれない。

それにしたって、天文台にいるはずがこんなところにいるとか、まるで意味がわからない。とにかくこの人に訊けば何かわかるかも!

「ちょ……」

ちょっと、と声を掛けようとしたら、またさっきと同じめまい。次の瞬間、またしても白い浮遊感と黒い閉塞感に襲われた。

***

「……よい、弥生!」
「んん……」

私を呼ぶ声が聞こえた。瞼の向こうが眩しくて、目を閉じたまま瞼をしばたたく。

「気付いた! 弥生!」

晶の声だと気が付いてゆっくり目を開けると、ものすごい近さで晶が私の肩を掴んで揺さぶっていた。

「近っ!」
「よかった! 大丈夫かよ弥生」
「やよ~っ! もう、急に倒れるからびっくりしたよ~」

体が重い……っていうか痛い。
倒れた時にあちこちぶつけたみたい。

「あいたた……ありがとう、大丈夫だよ。えへへ、なんかこういうの恥ずかしいね」
「恥ずかしくなんかないよ、とにかく良かった」
「帰ったら絶対に病院行きなよね。やよ、あれじゃない? ダイエット」
「えー、そこまで無理してないよ」
「ならいいけど。やよはそのままで可愛いんだから、無茶ダメだよ?」
「可愛いは別として。ありがと、心配してくれて。大丈夫だよ」

玲奈がバナナダイエットのことを気にして、心配そうな顔で気遣ってくれる。

たぶん、そういうのじゃないと思うんだけど……。

「本当に大丈夫? なんもない?」
「え? あ、うん、大丈夫」

そんな玲奈よりもっと心配そうというか、尋常じゃないくらいにおろおろした顔の晶。

大汗をかくような暑さじゃないのに、髪の生え際に大粒の汗を滲ませて覗き込まれるの、ちょっと大げさすぎて焦る。最近なぜかアレ危ないコレ危ないって親みたいなことを言ってくるけど、晶ってこんなに心配性だったかな……。

玲奈や他の班の子たちと一旦別れて、大学の医務室でみんなが終わるのを待つことになった。

でもホント、さっきの……何だったんだろう。夢?

スマホを取り出して、フォトアルバムを開いた。やっぱり、これを見たせいで夢でも見たんだろうな。

画像の奥でトンボの群れみたいに飛ぶ飛行機が、映画の爆撃シーンを思い起こさせる。さっき見た入り江の向こうの煙を思い出して、背筋がぞくりとした。怖いから消しちゃえ。

見なかったことみたいに、アルバムのゴミ箱に画像を放り込んだ。でも「人魚」だなんて言われたり、砂を掴んだ感覚はすごくリアルだったな。手の平をじっと見つめて、意味もなくグーにしたりパーにしたりしてみる。

異常がなさそうなことにホッとして髪をかき上げたら、ぱらぱらと何かがこぼれ落ちた。医務室のベッドの上に、白い砂が散らばった。

え……、まさかね…………。


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