見出し画像

瞳に太陽 胸に星(1)

あらすじ

早坂ちとせは恋が実ってすぐに恋人が還らぬ人になってしまった過去を持つ。
ちとせは恋人が入学するはずだった高校に入学するが、正体を隠している人気アイドルグループ“てのひらを太陽に”のパル(秋田友晴)と出会い、誤解から付きまとわれる日々が始まってしまう。
ちとせは俺様なパルに惹かれていく。しかしパルが「自分になびかず死んだ恋人を一途に想う女」に興味を持っているだけと思い込み、自分も「恋人を忘れる薄情者になりたくない」ため、パルへの想いに必死で抗う。
様々なアクシデントやイベントを経て、ちとせの想いも膨らむ中、実はパルと亡くなった恋人は双子だったと判明したが――。
ラストは互いの誤解が解け結ばれる。


大切な想い 忘れなくていいから
思い出まるごと 君が愛しいから

これからは太陽が 君をずっと照らすよ
星はいつまでも 胸に輝くから

だから ほら笑って――

てのひらを太陽に
『SMILE!』より

――もう、二度と恋なんてしない――

そう誓ったのはあの日……最愛の人がいなくなってしまったから。

〈お土産たくさん買ってくるからねー〉

LINEにこんなメッセだけを遺して――


ここは久しぶり。

おじいちゃんおばあちゃんのこと以外でこんな場所に用があるなんて、考えてもみなかった。いつ来ても他に誰もいなくて、静かな場所。

小高い丘の上にある広大な敷地は、見上げれば雲が流れる青い空。
道を歩けば綺麗に整備された公園みたいな緑に包まれる。

一面の硬質なモノトーン。時々薄緑っぽいのとかピンクっぽいのもあるけど、どのみちお墓はお墓。そう……みんな、死んじゃってるんだ。

恋人に会いにくる場所がお墓なんて女子中学生、きっとあたしだけだと自嘲して、笑ってるのに涙があふれる。何度来てもこの気持ちは変わらなくて。会いたいのに、二度と会えないと思い知らされる場所。

足を止める。
黒い大きなお墓の前にはお花が供えてあった。一周忌だもんね。

ユリとか、蘭、トルコ桔梗にカーネーション、それにグリーンのピンポンマム。黄色い菊とかりんどうのじゃない、まるでウエディングブーケみたいな花だ。

最愛の人が眠るその場所にそおっと水をかけて、持ってきた少しの白いカーネーションをそこに混ぜる。

お葬式の時も思ってた。全然記憶ないのに、一面の白い花壇だけがすごく印象に残ってて。

「こんなに綺麗なのに、悲しいお花」

お墓の前で手を合わせ、溢れる涙がこぼれ落ちるのはそのままにして、いつも想う人を改めて想う。

あたし、昨日も言ったけど中学卒業したよ。
来月からは先輩が行くはずだった高校に通うよ。
卒業旅行は……友達には誘われたけど行くのやめたよ。……なんて。

せっかく遠くまでやって来たっていうのに、これじゃいつも心の中で話しかけてるのと同じだ。

「ホントは……一緒に通学したりとか、したいよ。どうしてそばにいないの? 先輩……なんであの日……」

先輩、先輩。
お墓に向かって話しかける。涙が、とまらない。

この一年。
泣いても泣いてもあたしの時計だけが進んで、とうとう先輩に追い付いちゃった。そして今日からは先輩の足跡はもうなくて。先輩が生きるはずだった時間を、あたしだけが生きるんだ。やっぱり、耐えられない。

家にいれば、先輩もどこか別の場所にいるような気持ちで語りかけることもできる。だけどここはそんな優しい妄想を許してはくれない。現実をあたしに突きつける。もう、先輩はこの世にいないんだって。

やっぱりここは嫌いだ。涙を拭って無理やり上を向き、まだ少し肌寒い、だけど膨らみ始めた蕾の香りが漂う季節の風がそよぐ道を戻る。去年の今頃、この香りはあたしの恋を祝福してくれる香りだったはずなのに。

たった一日だけの両想い。
卒業式のあと、なかなか一人にならない先輩にしびれをきらしてみんなの前で泣きながら告白したあたしを、先輩が笑って受け入れてくれた。

委員会でずっと妹みたいに可愛がってもらってたからか、あたしの気持ちはもうバレバレだったみたいで、みんながこの香りの中であたしと先輩を茶化してめちゃめちゃ盛り上がった。

だから翌日に知らせを聞いた時も、まだそのお祭り騒ぎの余韻の中にいたんだ。思い出したくないことを思い出して、足取りがふらつく。

眩暈を堪えながら乗った霊園の送迎車が駅に着く頃、30分に1本のローカル電車がちょうど発車するところだった。

カンカンカンと踏切の警告音が鳴り響く。ゆっくりと、ホームから滑るように電車が前進してきた。一両だけのバスみたいな電車。きっと通勤時間ならもう少し人も乗っているのだろうけれど。

あと数分早く着いていれば乗れたのにな。ここから一刻も早く遠ざかりたい。乗車している人影を恨めしく眺めた。

え…!? 走り始めた電車を踏切の前で見送ったそのとき。あたしの目の前を通り過ぎたその電車の扉の窓際に立っていたのは。

「先輩!!!」

徐々に速度を上げた電車はあっという間に後ろ姿だけになり、そのまま小さく遠ざかっていった。

そんなはずない。
髪の色だって先輩はあんなに明るくなかったし。先輩はあんなにガッシリした感じじゃなくて、もっと線の細いタイプ。

っていうか先輩はいないんだから、髪の色とか体格とか以前に先輩のはずがないんだ。なに考えてるんだろ。先輩と他の人を見間違えるなんて、先輩に失礼だよ。

一年経ったって十年経ったって、先輩との思い出は絶対に色褪せない。
ほら、今だって鮮明に思い出せる。


「ちとせちゃん」
「あっ、おはようございます! 先輩!」

柔らかいガーゼのブランケットみたいな優しい声が、あたしの背中に届いた。ふわりとその声にくるまれてあたしは一瞬でふにゃふにゃになる。

「放課後の委員会までに、これコピー頼めるかな? 18枚ずつ」
「はいっ! 綴じましゅか? あっ噛んだ! 綴じますか?/////」
「ぷっ」

はあぁ。先輩と話してると思うとふにゃふにゃなのに緊張して、あたしはいつもこんな感じだ。

「もー、笑わないでくだしゃ…きゃぁぁーーーもうやだぁ!」
「あっはは、ごめんごめん。でも笑うでしょそんなん」

大好きな先輩と、同じ委員会に入ってこんな風にお話ができるなんて。きっとペットくらいにしか見られてないと思うけど、からかわれてもこうして可愛がってもらえて、あたし、すごくシアワセだ。


校庭の真上に高く広がる青空は、レースみたいな薄い雲が流れる。
入学式の日も、こんな空だった。期待と緊張とでカチコチだったあたしは、酸欠の金魚みたいに空を眺めてた。

小学校のときにはなかった制服という規律の象徴に身を包み、勉強が急に難しくなったらどうしようとか、部活や委員会って小学校のとはやっぱり違うのかなとか、いじめとかしごきとかあったら嫌だなとか、そんなことを考えてドキドキしてた時。その青い澄んだ空から降ってきたんだ。

天使かと思うほどやわらかい声が。一瞬で緊張から解放されて今度は違うドキドキが胸を鳴らした。

入学式の案内をする校内放送だった。
ただ単に情報を伝えるだけの味気ない内容なのに、あたしはその声で放送がかかる度にフワフワと宙に浮くような気分で、体が熱くて、いてもたってもいられない心地になった。

すぐにわかった。自分が恋をしてしまったこと。顔も知らない人なのにって戸惑いはあったけど、でも。胸の高鳴りが抑えられなかった。

下校時、クラスのみんなとの交流も後回しで、教室を出る先生を追いかけて質問を投げつけるように声を張った。

「先生! さっき入学式の案内をしてた放送って、誰ですか?」

保護者も生徒もみんなあたしを振り返ってた。めちゃめちゃ恥ずかしいとは思ったけど、もう式の間も教室に来てからもそのことしか考えてなかった。先生はあたしの勢いにびっくりした様子で、だけど微笑んで、誰かはわからないけど放送委員だよと教えてくれた。

だから委員会決めの日は迷わず放送委員に立候補したんだ。これが先輩とのはじまりだった。


中学の入学式は緊張してたけどワクワクもしてたな。今の自分のローテンションからしたら、先輩を知る前、あの門をくぐった時の感じだって、じゅうぶん青春ぽかった。

先輩が亡くなってしまって、あたしは中3になって。空っぽだと思ってた。だけど中学校には先輩の思い出がたくさんあった。

ここは先輩が合格してた高校。先輩が去年から通ってるはずだった高校。先輩が、よく来たなって、笑顔で迎えてくれるはずだった高校。本来だったらあるはずの思い出がこの校舎にはない。今度こそ本当に空っぽ。

もうすぐ四月も終わるというのに、まだ中学の頃のことばかり考えながら過ごしていた。昇降口から外を見ると、暗い下駄箱からは四角く切り取られたような明るい校庭が眩しく反射している。その校庭に爽やかな朝の放送が聴こえている。放送が盛んだから入りたいって先輩が言ってた。確かにただの校内放送じゃなくて、朝のラジオみたいな感じだ。

先輩がいたら、きっと担当の曜日とか時間のたびに先輩の声が聴けたんだろうな。

あたしは胸がズキズキ痛くて、四角い光から目を逸らして耳を塞いだ。


「ちとせ! おはよう! 来てるよホラ」
「おはよう。奈々。ってか別にいいよもう」

教室に着いたら、中学から一緒の親友、奈々がニヤニヤしてあたしを呼んだ。

「みればみるほど似てると思わない? やっぱそっくりだよあの秋田って男子」
「似てないって」

秋田……えっとユウセイ? だったかな。体が弱いとかで、入学式に早退してから今日やっと二度目の登校だ。この秋田君を、奈々は先輩にそっくりと言う。

背が高くてシャープなあごのラインとか、確かに共通点はあるかなとは思う。でも秋田君は猫背で、先輩はもっとしゃきっとしてたし、もっとにこやかだった。真っ黒な長めの前髪で顔だってよく見えない。それにもし百歩譲って似てたとしたって、あたしが恋をするわけがないよ。

だって先輩の見た目を好きになったわけじゃないし、もしそうだったとしても、似てるだけで好きになれるなんて先輩にも秋田君にも不誠実だと思う。

「ちとせはさ、無理に、とは言わないけど、もう忘れたほうがいいよ。私たちまだ高一になったばっかりなんだから、楽しまなきゃ、高崎先輩だってそう思ってるハズだよ」
「わかってるよ、そんなこと。だからって急には無理」
「まあ、そりゃそうだよね。ごめん。あんまり似てて、勝手にテンション上がっちゃった」
「ううん。奈々の気持ち、わかるから。ありがとね。でも、ホントごめん」
「ちとせに謝られたら本当に困るって! もう言わないから、ちとせのペースで、ね!」
「奈々、ありがとね」

奈々は、この一年ずーっとあたしの気持ちにつきあってくれてた子。人が死んじゃうなんて出来事、確かに悲しいけど、ごく親しい人以外はすぐに日常へ戻っていく。ましてや中学最後のイベントに受験にって盛りだくさんの中じゃ、夏休みが終わった頃には『高崎』って名前はもうはじめからなかったみたいになってた。

放送委員でカッコイイって人気があったって、学年一個上の先輩のことなんて、もう誰も気にしてなくて、そんな中で奈々だけは、あたしの先輩バナシをずっと聞いていてくれたんだ。奈々だって他の子たちみたいに無邪気にバカ騒ぎしたかったはずだ。

あたしもずっと一瞬も笑ってなかったわけじゃないけど、それでもやっぱり、付き合いづらいオーラで過ごしてたと思う。それにずっと付き合ってくれた奈々を、もう解放してあげなきゃ、って思う。そのためにはあたしが心から笑わなきゃなんだ。

もう一年、まだ一年。あたしはそんな時間の匣の中にいる。一年っていう節目で、そこから出てみない? って誘ってくれた奈々の手を取って、ここから出なきゃいけない時期なのは、わかってるんだ。あたしの中で忘れなきゃ、って思う気持ちと、だけど先輩を簡単には忘れられないって思う気持ちが、ぐるぐるしてる。それに忘れたくないって思い。

奈々があんなこと言うから、授業中も秋田君が気になってつい目をやってしまう。先輩に似てるって言われたら、そりゃやっぱり気にはなってしまうよ。でもあたしはむしろ、似てない所を探してた。先輩じゃないから、違うから、似てないから、って。

それで思った。似てるといったら、先輩の一周忌に見たあの電車の人に似てる。ちょうど背中を向けてる角度がそう見えるのかもしれないけど、細いのに結構ガッシリしていそうな肩の感じが似てるなと思った。でもあの時の人は金髪みたいな明るい茶髪だったし、背筋も伸びてて、黒髪猫背の秋田君とは全然別人ってレベル。

ていうか、このガッシリ肩幅とか、首筋の肌の綺麗な色。殆ど学校に来れないって程に体が弱いようには見えないの。一体、どこが悪いんだろう。見た目で判断できない病気もあるって、こういうのをいうんだろうな。

「ねえねえ、谷宿に新しく出来たプリン屋付き合ってくれない?」

奈々が帰り支度をしながら声を掛けてきた。オシャレな街は眩しくてキツいけど、もう、そんなことばっかり言っていられない。奈々の青春を一年、わけてもらったんだから。いいよ、と言いかけたら。

「広瀬さん、谷宿のキスプリ行くの? うちらも行くから一緒に行かない?」

同じ班になった子がはしゃいで駆け寄ってきた。

「えっと、ちとせ、どう?」
「あー! そうだ、あたし今日お母さんの買い物頼まれてて! ごめんねぇ、また誘ってね」

奈々以外の子と放課後までこのテンションでいるのは正直まだ無理だ。けど奈々の友達作りを邪魔しちゃいけない、そう思ったあたしは、咄嗟に用事を思い出したフリをした。たぶん、奈々にはバレバレなんだけど。

昇降口までその子たちと一緒に行く途中、そのプリン屋さんがアイドルのプロデュースだという話をきいた。奈々には悪いけど、アイドルとかあんまり興味ないし、そういうので売ってるお店ってあんまり味に期待ができない印象があるから、行かなくて正解かも、って思った。

「じゃあねぇ、明日感想きかせてね!」
「うん! 早坂さんも今度行こうね! ばいばーい」

ふう。
あたしの中学時代を知らない人向けの営業スマイル、本日の営業は終了いたしまし、た。


このドアを開けたら長い夢から醒めるみたいに、全部リセットできたらいいのに。

「それでは、失礼します。おじゃましました」
「うん、ありがとうね。それじゃあね」

にこやかに手を振る先輩のお父さんに見送られながら、先輩の家を後にした帰り道。先輩のお父さんに言われたことが頭の中でぐちゃぐちゃに絡まって、あたしは悲しさより、もっと別のモヤモヤしたものを抱えて歩いていた。

今日は先輩の誕生日。
そして、あたしの誕生日でもある。

『ちとせちゃんって誕生日5月8日なの?』

あれは、放送室の整理を先輩たちとしていた時だった。あたしの制服から学生証が落ちて、それを先輩が拾ってくれたんだ。
 
『あっ、はい。そうです!』
『俺も5月8日。おな誕で放送委員ってすごいよね』
『えっ、は、はい!』
 
奇跡過ぎると思った。好きになった人が自分と同じ誕生日なんて、これはもう運命だ! くらいのテンション。放送委員の内輪では、あたしが先輩に懐いているのはみんながわかってることで、そのときもペットと飼い主がおな誕! って、みんなでやたら盛り上がって。
 
『いえーい! ハッピーバースデー!』
『えっ』
『おお!』
 
誕生日の当日、先輩とあたしが放送担当になってて、今年の誕生日、最高! とか思ってニヤニヤしてたら、下校の放送の終わりに放送室から出た時、そこに委員のみんながクラッカー持って待機してたの。あれはすごくびっくりしたけど、本当に最高だったな。先輩の驚いた顔も見れたし、あたし、びっくりして先輩の腕にしがみついちゃったり。細いのに、やっぱり男の人って感じの腕で、ドキドキした。二年なってまた誕生日が来た時も、先輩が「今日もアレ、くると思う?」とかって二人で話したりして。結局その年はクラッカーサプライズはなくて。だけど。
 
『ちとせちゃん、これ。ハッピーバースデー的な』
 
って。先輩がくれたんだ……。

「……結局、これが形見、ってやつなのかな……」

ピンクの卓上ミラーをカバンからそっと取り出してみる。委員会の先輩たちがみんなでくれたものだし一年生みんなもらってたけど、あたしのだけピンクで、白い太字のペンで先輩の直筆メッセージが書いてあった。

“SMILE!!”

放送は、顔が見えないけど、笑顔で発声するんだって。放送室のマイク前にも顔が映る大きな鏡があって、同じことが貼り紙にしてあって。

あたしは、放送の時には必ずこれを目の前に置いてスマイルしてた。放送の時だけじゃなくって、朝も、昼も、夜も。

ずっと使ってたせいで、先輩の文字はどんどんかすれてしまって。文字のところだけ拭かないようにして使ってきたけど、さすがに年数と使用頻度には耐えられないのかも。

時間は、残酷だよ。こんな風に、たったひとつのモノさえ変わらずにはいてくれない。

今日、先輩のお父さんに言われたこと。もう、息子のことは忘れてくれって。来るのも、お墓参りも、もうよしてくれって。お父さんは、あたしの制服姿を見て、優しく、だけど少し怖い顔で言った。怖いっていうか、真剣で、痛いくらいにあたしのことを思って言ってくれてるのがわかった。

自分の息子のことを忘れて欲しいなんて、本気でそう思ってるわけがなくて、だけどあたしがいつまでも前を向かないから、あたしがいつまでもウジウジしてるから。奈々と同じだ。

みんながあたしを気遣って、言いたくない言葉を口にして、苦い顔だったり、怖い顔で、あたしの背中を押す。

先輩がくれた鏡に、スマイルとは正反対の顔が映ってる。ぐちゃぐちゃの、しわくちゃの、醜い、泣き顔。

「先輩……ごめ、なさ……、笑えません。あたしっ……笑えません」

ドンっ! カシャーン!!

「きゃ」
「わっ」

完全に前方不注意。ぼーっとしてた上に鏡の泣き顔が最悪で、前なんかぜんぜん見てなかった。

はっ! 鏡? そうだ鏡! 持ってない! てかいまカシャーンっていった!?

尻餅をついたその横に、西日を受けてキラキラと光る破片が散らばっていた。

嘘! 嘘だよね?

「そんな……、嘘だ、え? なんで? 割れちゃったの? どうして?」
「ちょ、触んなって! 危ねえだろ!」

先輩が、先輩のメッセージが! 先輩のくれたたった一つの物なのに! 破片を拾い集めようとするあたしの手を、誰かが掴んで、そこから引き剥がすように遠ざけた。

「離してっ! 先輩! 先輩集めなきゃ! バラバラになっちゃったの! 離して!」
「だから危ねえだろって! 暴れんな! うわっ」

無我夢中でその誰かを押しのけて、その拍子に何かを掴んでしまった。さらさらした、変な感触があたしの手の中にある。……さらさら?
ん?

って、これ……カツラ!? え?
何でカツラ?

「ちょっと、落ち着いてってば! それ、返して」

気がつけば、あたしは真っ黒いさらさらのカツラを握りしめていて、顔を上げたらくっきり大きな二重の瞳と目が合った。

え? 先輩! ……じゃない。あのときの人だ!

金髪っていってもおかしくないくらい明るい茶色の髪に、シャープな顎、ガッチリ大きな肩。間違いない!

「そうだ! 間違いないよ! ねえ……」

言いかけて、この人はあたしのこと知らないんだ、何て言おう、そう思って少し間をあけたとき。

いまあたし、何してる!?

えっと、誰かとぶつかって、そうだ! 鏡が割れちゃって、いや、えっと、そこじゃなくて! いま! なう! なうあたし! なにしてる!?

き、き……キス? キス、してるよ? あたし、初めて会った人と、キスしてるの!?

なんで? どういうこと? どうなっちゃってるの?

あたしの頭の中は大パニック。手の中のカツラもだし、わけがわからなすぎて。でも唇が離れた時、その人が言った言葉のほうがもっと意味不明だった。

「コレは、二人だけの秘密な」
「へっ?」
「喜べ。俺の彼女にしてやるよ」
「はいぃ?」
「んじゃ、これは返してもらうからな。またな!」

その人はキスなんてまるでなんでもないことみたいに軽やかにそう言い放って、あたしの脱力した手からカツラをするりと取って立ち上がると、ニッコリとまるでアイドルみたいな最上級のスマイルを浮かべて走り去った。

制服、うちのだった……。またな、ってことは、あたしのこと知ってるんだ。カツラなんか被って学校来てる人がいたことも驚きだったけど、

「喜べ。って、なによ……」

最低で最悪の誕生日だってことは、間違いないと思った。


ヘッダーイラスト:PixAI


❤や引用、感想など、たくさんの反応を頂けたら嬉しいです。
#創作大賞感想 をつけてTwitterやnoteに投稿するとAmazonギフトカードがもらえるチャンスもあります♪

審査員の方々にどうか今作の感想を届けてください!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?