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浅草に暮らす

 私は物心がついたときから浅草が好きだった。

 幼い頃は、浅草に母方の祖父母が住んでいた。遊びに行く度、祖父が「散歩に行こう」と浅草寺に連れて行ってくれた。本堂の前にある常香炉まで行くと、必ず煙を頭や顔に擦り付け、「顔が良い美しい子なりますように、頭が良くなりますように、心が綺麗な子になりますようにねぇ」と願掛けをされた(効果があったかはさておき)。お参りをした後は仲見世を戻り、祖母の好物だった舟和の芋羊羹や亀十のどらやきなんかを買って帰った。

 春には隅田川沿いが白くこんもりとした桜でおおわれる。
夏は日中のセミの鳴き声とうだるような暑さが苦しいけれど、黄昏時のうつくしさは格別だ。
浅草寺の青々とまぶしかった浅草寺の緑は、秋になると紅や黄金にすっかり染まる。そして仲見世通りからは、人形焼やまんじゅうのにおいが漂ってくる。
冬はどこもかしこもにぎやかで、キンと透き通った空気に鼻先が冷える。

 大好きだった祖父母はもうずいぶん前に亡くなってしまい、大人になった私は誰もいない浅草で暮らしている。
 落語と和菓子と酒が好きな人間には、大変住みよい下町である。


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