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【ダンジョン潜り】 (2-10) ~嵐の前に~

~前~

 そして翌朝。
 暴風雨は夜中のうちにすっかり静まり、白々しいまでに輝く日が残った雲を押しのけて青空を登っていた。
 湿った南風が生臭いにおいを運んでいる。宿を出て街路を行くと、ちぎられた枝葉やゴミが散乱し、数人の子供たちが枝の品質を競って走り回っていた。

 中央広場を訪れると、ガイオとカリスはすでに着いていて、雑貨の露店を物色していた。
 私も合流し、しばらくしてリドレイもやってきた。皆今日はしっかりと武装している。

 「昨日の夜、テレトハから伝言の石が来ていた。正午にはこっちに着くということだ。西の丘に集合だ。さて、今回は腰を据えて最奥部を目指すぞ。金を惜しまず準備をしよう!」
 ガイオの号令で、私たちは店々に出撃した。

 長時間のダンジョン潜り、特に最奥部を目指し勝利を手にする究極の挑戦には、入念な下準備が求められる。
 必要なものは、罠の潜む道を踏破したり魔物を威力でねじ伏せる手段だけにとどまらない。空腹や疲労、眠気を克服し、傷や毒に対処し、その他あらゆる患難を越えて生還するための、まさに生き残る算段が求められるのだ。

 そして、ダンジョンの最奥部にはほとんどの場合、並外れて強力な魔物である "ダンジョンの主(ぬし)" が待ち構えているのだという。主との戦いのためにも、あらゆる可能性に備えねばならない。

 私たちはまず武具屋「ドラゴン殺し」を訪れ、必要に応じて武具を買い足した。
 私自身はといえば、薄い金属板のついた革手甲と、ブーツの底に取り付ける鋲を買った。

 つづいて薬屋で新たに薬を買い足し、食料品店では携帯糧食を買い込んだ。

 そして最後に、雑貨屋に寄った。冒険に役立つこまごました道具や、魔法の品々まで雑多な物品が陳列されている。
 何の変哲もない日用品まで置かれているため、町の主婦たちや職人風の男たちも何やら買っていた。旅商人の姿もある。

 皆で相談しながら店内を物色したが、ガイオの勧めで登攀道具と、カリスの勧めで呪文のカードを購入した。
 呪文のカードは、術の効果が封じ込められた魔法道具だ。カードに念じながら書かれた呪文を読むだけで、一度きりだが誰でも魔法を使うことができる。
 今回はマジックライト、ディテクション、ショートテレポートのカードを買い、皆で分け合った。ショートテレポートのカードがいちばん高くついた。

 リドレイはより大きな布袋を買い、私は呪文書を守るための魔物革のケースを買った。

 店の一画には様々な矢や投げナイフが雑然と置かれている棚があったので、大弓で使う矢の補充はしないのかとカリスに尋ねてみた。
 カリスはこう答えた。
 「矢はバンクがくれる。」

 一通りの買い物を終え、私たちが雑貨屋を店を出ようとすると、ひとりの女が遠慮がちに声をかけてきた。
 女は茶色の髪を肩の上で切りそろえ、薄青色のチュニックの腰を太い帯で留めていた。そして、その簡素な服装とは不釣り合いな重厚な革かばんを背に負っており、不思議な雰囲気があった。

 「あの、すみません......あなた方はダンジョン潜りの方々でしょうか?」
 私たち4人の顔をかわるがわる見つめながら、彼女は小さな声で尋ねた。

 「ああ、そうだが。貴殿は旅の物売りかな? 俺たちは今ちょうど道具を物色していたところだ。」
 ガイオが答える。

 「いえ、いえ! 私は旅商人ではありません。私もダンジョンに潜ろうと思いまして......。」
 「貴殿もダンジョン潜りか! これは失礼した。勇んで魔物の群れに飛び込むようには見えなかったのでな。俺は戦士ガイオ。俺たちはここのところ、西の荒野のダンジョンを探ってるんだ。」

 「そうでしたか。私はギダーユ図書館の司書、エレクトラと申します。」
 女はそう言って丁寧に頭を下げた。
 「新たなダンジョンの噂を聞いてセレッパ港に向けて出発したのですが、道中で山賊に襲われまして......。2人殺して逃げましたが、路銀をほとんど盗まれてしまいました。」
 エレクトラは恥ずかしそうにまた頭を下げる。水晶をあしらった髪飾りが揺れる。

 「金が尽きてここらでひと稼ぎ必要、よって仲間を探してる...ってわけだな。ダンジョン潜りの動機としてはこれ以上ない純真さだ。実は我ら徒党にはちょうど空きがある!」
 「では、よろしいでしょうか......?」
 「歓迎しよう!」
 私たちは皆頷いた。

 「ところで、司書ということだが。鑑定は?」
 「ええ。鑑定は専門でございます。」
 「なんという幸運だ! グラーアムに重ねて誉れあれ!」
  ガイオが大仰に天を仰いで叫んだ。
 「俺たちはこれから、最奥部を目指すつもりなんだ。すぐに来てくれるな!」

 こうして無事に徒党を組んだ私たちは、皆で飯屋に寄って腹ごしらえを済ませると早速出かけた。

 太陽と風が昨夜の湿気をすっかりとばし、気持ちのいい昼になった。衛兵に挨拶し、門を出る。

 少し歩き丘の上に陣取ると、用意に不備がないか皆で確認した。
 「いいだろう。あとはテレトハを待つだけだ。」
 ガイオが丘の端の大石を指差した。
 「あの辺りに飛んでくることになってる。」

 皆で車座になり、雑談をして小一時間を過ごした。

 急に、しびれさせるようなかすかな感覚が皮膚を撫でた。
 私たちが大石の方に目をやると、虚空に突如テレトハの姿が現れたのだ。

 「お疲れ。」
 テレトハが杖を振る。

 「よし、行こう!」
 ガイオはもう歩き出していた。
 皆で彼のあとについてダンジョンの入り口をくぐる。

 ゴーン...ゴーン...

 つたの牢獄に入る。

 グラーアムの声が響いた。

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 ガイオ    戦士     ○
 リドレイ   プリースト  ○
 ぼるぞい   魔法戦士   ○
 カリス    レンジャー  ○
 テレトハ   メイジ    ○
 エレクトラ  司書     ○

※※※※※※※※※※※※※※※※※

~つづく~

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金くれ