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パラレルワールド(13)催眠術(慈愛)

[注意]
パラレルワールド(8)~(14)の後半は、話の流れがあり、
単作で読んでいただいても理解ができないので、
パラレルワールド(1)~(7)をお読みになってから、
読み進めることをお薦めします。パラレルワールド(1)五分間だけの記憶


デトロは、困惑しての「どうしたんですか?」から、言い直した。
「あっ、先にこんばんは、でしたね。夜分にお二人揃って、どうかなさったんですか?」
「デトロさんが気になってね。葉月さんに頼んで連れてきてもらった……」
話を聞く途中で、お断りしようと決めた。
何のことか、よくわからないが、夜分で先客があるし、少し酔っていることもある。特に体調も悪くない。先に連絡があったわけでもなく、失礼には当たらないだろう。

雅星が顔を覗かせた。
「あっ! 柏田先生ではないですか?」
玄関先で、先生が答える。「確かに柏田だが」
「デトロ、柏田先生とお知り合いか?」
「先日、診療所で腰を診てもらったけど」
「なに? 柏田先生は整体師の権威ある方だぞ。神様だとも言われている」
雅星は、柏田に顔を向けた。
「お目にかかれて光栄です。どうぞ、中へお入りください。助手の方もどうぞ」
勝手に室内に招き入れてしまった。葉月は助手ではないのだが。

二人は、「では失礼します」と遠慮なく、入り込んでしまう。
テーブルに四名が揃った。
「どういった、ご用件なのでしょう」 デトロには想像もつかない。
「デトロくんをもう少し、診たくてね」 何も悪くはないはずだが。
「デトロくんは、自覚がないかも知れないが特殊な身体を持っている。
霊魂や悪霊といった類のものではない。私は何か気になるのだよ」
デトロは、無意識にドキリとした。
「もちろん、診断料など金銭は要求しません。個人的なことです」
お断りしようと思った。突然、訪問されて、心の準備もなく、得体がしれない。
「すごい。せっかくの機会だから、診てもらえよ。こんな機会は二度とないぞ」
「そうよ、そうよ。そうしなさいよ」
二人に煽られてしまった。
「身体に触れることではないので、服を脱ぐを必要はありません。預けてほしいのは「」です」
「心ですか」 精神的にか、特に落ち込んでいることはないのだが。
「実体二元論をご存知でしょうか。心と身体の相互作用に関することです。もっともこの論理は古く、考えは破綻している。ただ、初期の段階における、現代の自然科学の哲学的な基礎を考えるきっかけを与えた功績は大きい」
デトロには、言っていることの意味も内容もさっぱりわからない。
「難しいことは止めておきましょう。初めに言った通り、私に心を預けてほしいのです」
「何をどう、したら良いんです?」
なぜか、雅星が聞いている。
「これだよ。催眠術をしたいと思っている」
柏田は、コインに紐が付いたものを取り出した。
「おもしろい! ……失礼致しました。デトロ、ぜひ、診てもらえよ」
「そうよ、そうよ。私たちも応援するよ」
デトロはまたしても煽られている。煽られると断れない性格を見抜かれている。

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全員、寝室に向かい、デトロはベッドに座らされた。向かいに柏田がいる。
「リラックスして、深呼吸をして……」 催眠術が始まった。
デトロの目の前を紐の付いたコインがゆらゆらと左右に揺れている。
柏田は、催眠術を得意としているが精通しているわけではない。
デトロはかかりやすいと分析しているが、実際にしてみないとわからない。
これらのことで不安要素ではあるが、賭けてみるしかないと判断している。

まぶたが重くなる、重くなる」 デトロは目を閉じ始めた。
催眠作用のかかり具合を確認しているが、予想通りかかりやすいようだ。
そこから、深層に入っていった。

「現在、好きな人はいますか?」 いません。
「過去に、好きな人はいましたか?」 いました。
「好きな人とは、どういう関係でしたか?」 恋人でした。
「彼女をどのくらい好きでした?」 愛していました。
「彼女とは、どうなりましたか?」 別れました。
「なぜ、別れたのですか?」 うぅぅ。
深層心理で抵抗している。危険だ。
「今の質問は、聞いてなかったことにしましょう。先ほどの質問は忘れる、忘れる」
「彼女は、今、何をしていますか?」 うぅぅ。
元恋人に関して、いくつか質問しても強い抵抗をする。
右側に葉月が、ノートとペンを持って待ち構えている。
質問をすると線を引く。答え、状態によって次の質問をする情報収集の管理であった。
元恋人の質問は、依然として受け付けない。
組織の規約に、メンバー同士で必要以上に過去の話はしないことになっている。過去を利用されて、悪用されることを避けるためだ。そのため、我々の世界のデトロの昔の恋人のことは詳細不明だ。ただ、言動から居たことは間違いなかった。

柏田は、我々の世界のデトロの昔の恋人を利用しようと思った。デトロの性格からして、元恋人を遊びなんかではなく、愛していたと思われる。その愛が蘇ることによって、「慈愛」を感じて、球は白くなる。第三者である地球人のデトロも慈悲を感じるだろうが、我々の世界のデトロほどでもない。分裂する前に、慈愛の球が白くなるだろう。その差に賭けた。
その差のあいだに、我々の世界のデトロが帰還すれば良い。デトロの右手は雅星が握っている。左手には慈愛の球を持っている。雅星は白くなった瞬間、それを六つの球の入った袋に入れて、七つになったとき二人同時帰還して、雅星がいない。目の前のデトロがいれば、成功となる。

元彼女の詳細がわからない。
彼女がいた。愛していた。別れた。これだけでは、慈愛を感じようもない。
デトロの強い抵抗に最終手段を始める準備を始めた。
柏田は、葉月のノートに書いている「作戦:志乃」を指さした。葉月は頷き、雅星にノートを見せ、同じことをした。雅星は頷いた。

「彼女は、どういう髪をしていましたか?」 セミロング。
「彼女は、どういう目をしていましたか?」 つぶらな瞳。
……元彼女が、どういう容姿をしていたか、繰り返し、質問をした。
葉月は、そのことをノートに書く。別室にいる志乃もそれを聞いている。

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一段落して、志乃から準備のできたサインが送られた。
ついに来た。雅星は緊張のあまり吐きそうになった。他の三人も同じだったと思う。元恋人を目の前で見たデトロは、慈愛を思い出し、球は白くなる。分裂する前に帰還できるだろうか。もし、失敗したら……考えたくもなかった。

「昔の彼女に会いたいですか?」 会いたいです。
「では、会いましょうか?」 無理です。
「会えますよ。もう近くにいますから」 本当ですか?
「本当ですよ。呼んでみましょうか」 お願いします。

それを聞いていた志乃は、別室から寝室に入って行った。元恋人にすっかり成り果てていた。特殊メイクによる変身は、志乃の最も得意とするところである。
デトロは立ち上がった。雅星はそれでも手を離さなかった。球を見た。80%ほどの白さか。首を横に振り、100%でないサインを送った。

デトロは、すごい勢いで志乃に駆け寄り、抱きしめた。「会いたかった」と号泣しながら叫ぶように。
雅星と葉月は、急いでふたりを引き離した。雅星はすぐにデトロの右手を握り直した。危なかった。これほどまでな反応を起こすとは想像もしていなかった。幸いにも球は100%でない。これから、何が起こるかわからない。身を引き締め直した。
デトロに前と同じようにベッドに座らされて、目の前に志乃を置いた。
葉月は、デトロが変な気を起こさないように横手から腰に手を合わせている。デトロは何もしない。志乃に集中していた。

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「里美、元気だったか?」 元気だったよ。
「そうか、天国にいても元気で良かった」 !! ……そうね。元気だったよ。
「俺さぁ、落ち込んでいたんだぞ、急にいなくなって」 わたしもよ。
「事故はといえ、割り切るものではないね」 そうよね。
志乃は泣き始めた。
「ごめん。せっかく会えたのに泣かせちゃって」
ううん、いいの。でも泣いて声にならないから話を聞かせて。
「そっか。泣き終わったら、話をしよう。自分のことを話すよ」
柏田と雅星は、球を確認している。まだ白さ100%でない。

「前にさぁ、電車の中で里美に似た人を見たんだよ、似てるなって。それで運良く、その人と友達になれて、次の日にも会うことになったんだ。でも会えなかったし、それから電車の中で探してもいつまで経っても現れない。考えた。あれは幻だったと。里美と会いたいって気持ちがそうさせたんだって。不思議なことに、その辺り一週間で、怒ったり、喜んだりと色々な感情が沸き起こった。それまで平々凡々で、感情的なことはなかったけど、刺激的なことばかり起きて、生きているって感じだった。それも良いかなって。あ、ごめん。変なこと言ったね」
「いいよ。大丈夫。私、以外に好きな人はできたの?」
「天国で、見てなかった?」
「時々、しか見てない」
「時々で、良いよ。変なとこ見られたら、恥ずかしいし。好きな人は、いないよ。里美以上の人は現れないと思ってる」
「それじゃぁ、前に進めないよ。将来のことを考えたら、好きな人と結婚していいよ」
「将来ねぇ、あんまり見通しが立たないというかさ」
「そんな。希望を持ちなさいよ」
「里美は強いな。希望かぁ、そうだな何か希望を持とうかな。今、こうしているように里美とずっと一緒にいたい。それが希望なんだけどな」
柏田と雅星は、球を確認している。白さは、90%程度だ。もう少し。

「わたしが亡くなったあと、デトロはどうしてた? わたしは忙しくてよく覚えてない」
「当時のことかぁ。そりゃ、取り乱したさ。なんでこんなことになるんだって。それで我を忘れたくて、特殊な会社に入ったんだ。機密主義であり、完全に世間から孤立してる。それでも良かった。信頼できる上司や良い仲間たちに恵まれて、それに救われた。今はもう会えないけどね。時々、寂しくなるけど、しょうがないかな。自分が決めた道なんだ。デトロとして」
一心同体のはずが、完全な我々の世界のデトロになっている。
柏田は、どういうことかわからなかった。それが吉となるか凶となるのか。柏田は話を聞きながら、個人的な感傷を必死で取り押さえていた。感情に流されて消滅してしまっては元もこうもない。
だが、葉月は、我を忘れた。
「デトロぉ、わたしだよ、葉月だよ。よく見て、思い出してよ。みんなデトロが好きだったんだよ。また、一緒に仕事がしたい。一緒にごはんを食べたい。お願いだから帰ってきてよ。わたしたちのことを信じて。信じてくれるなら、きっとわたしたちは一緒になれる」
柏田と雅星は、100%になったのを確認すると、すばやき動き、帰還する儀式を行った。

雅星が消えた。そして、デトロは、目の前に居る。


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