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まだ続く文字盤上の天使の分け前 Grateful Dead - Wake of the Flood: Angel's Share

「続々々々・文字盤上の天使の分け前 Grateful Dead - Wake of the Flood: Angel's Share」からのつづき)


ずいぶん前に書いたのに、最後まで辿り着けず、ビーチボーイズ全作棚卸結果と一緒に棚に戻してしまったデッドだが、書けなかったのではなく、書いたけれど、もうヴィジュアルをつくるのが面倒になってしまったにすぎない。

よって、もう新しいトップ画像はつくらず、これまでに使ったものを、元に戻って順番に使っていく、というか、あと二回書けば終わるので、使いまわしは二回だけだが。

◎Mississippi Half-Step Uptown Toodelooとスレイトの欠如及びヴァサー・クレメンツの不在

Wake of the Flood: Angel's Shareの最初のトラックは、LPでもオープナーだったMississippi Half-Step Uptown Toodelooのテイク9で、not slatedと注釈がついている。しかし、Friend of the Devilと同じように(この曲については「続々・文字盤上の天使の分け前」と「続々々・文字盤上の天使の分け前」で書いた)、頭に8分休符が入る、8分音符×3のギターの「ピックアップ」ではじまるので、勝手気ままにスタートしていいようなものだが、ガルシアはカウントインを入れている。


Mississippi Half-Step Uptown Toodelooは4テイク収録されている。


あれ? と思ったのは、ガルシアが唄っていることだ。トラック録音用のガイド・ヴォーカルではなく、きちんとした本番の唄。ということは、スタジオ・ライヴで録っちゃったのか? エンディングにかけてのウィア、レッシュ、ドナのバックグラウンド・ハーモニーもちゃんと入っている。

73年に、こんな録り方をしたアーティストは一握りではないだろうか。ビートルズを例にすると、一発録りをしたのは、たしか、先行シングルのTicket to Rideが最後で、そのあとのHelp!本番セッションからはトラックとヴォーカルは別録りになっている。

録音技術後進国のイギリスですら、テープ・マシンが3~4トラックだった65年に、もう別録りになったわけで、70年代アメリカのスタジオでは一発録りはあまりしなかっただろう。

ここでもシナトラは例外で、そもそも、キャピトルが別録りに移行したのが気に入らず、俺はバンドと一緒に唄う、と云ってリプリーズ・レコードを設立し、みずから社長に収まった。


キャピトル時代のSinatra's Swingin' Session!!のフロント・カヴァー。スタジオでもこういう状態でバンドと一緒に一発録りしていた。これをやめろと云われて、シナトラはキャピトルを去った。


もうひとり、エルヴィスもやはり一発録りを好んだ。まあ、別録りというのは音楽の作り方としては不自然なのだから、デッドができるだけスタジオでもライヴと同じように音楽をやろうとしたとしても、べつに不思議はない、と考えるべきなのだろう。

テイク11は、もうOKでいいんじゃないかという出来だが、そのあともテイクは続いている。テイク16冒頭で、ガルシアがWe're rolling(テープは廻っている)と注意を促し、カウントインして、テイクに入るが、その瞬間にブレイクダウンし、ガルシアはWhat was that?と聞く。オフマイクの聞き取りにくい声で、たぶんレッシュがIt wasn't slatedと云っているように聞こえる(いや、I was too lateにも聞こえるのだが!)。

スレイトが入っていない、といってやり直したのだとしても、そのあとにエンジニアがスレイトを入れる声は聞こえない。このAngel's Share全体を通じて、スレイトの声はない。

これはどういうことだ? American Beautyのように、廻しながら適当にスレイトを入れて、ダメだったら、テイク番号を更新する、というスタイルをとったが、このアルバムの編集時に、トラックの切り方で、スレイトが聞こえないようにしていたのかと思ったが、ここはテイク番号が入るはず、というところですら、スレイトはない。しかも、注釈は「スレイトあり」となっている。うーん。


Wake of the Floodのプロモーションで配布されたポストカード。わたしも登録デッドヘッズだったので、ちゃんとスティッカーと一緒に貰った。船便だったが!

ふたつ考えた。

・タイムテーブルをつくり、エンジニアがテープのカウンターとテイク番号をメモした。
・空きトラックにエンジニアがテイク番号を録音した。この時点で考えられるトラック数は16から最大で24(アンペクスの2インチ・テープを使った最初の24トラック・テープ・マシンは69年発売)、24トラックあれば、1トラックをスレイトやエンジニアの注釈でつぶしてもOKかもしれない。

こういうことは思考ゲームにすぎず、いつか、ふいに誰かの証言にぶつかり、あっさり事情がわかるというタイプの疑問だから、もうこれ以上は考えない。

チーフ・エンジニアは身内のダン・ヒーリーなのだから、お互いの立場を尊重し、エンジニアはデッドがやりやすいように配慮し、いつも身勝手なデッドもヒーリーがあとで困らないように、多少は気を使ったのだろう。そして、それは、リスナーにはわからないどこか裏側で行われた、というに過ぎない。

オーヴァーダブ前のMississippi Half-Step Uptown Toodelooを聴いて、やはり、ヴァサー・クレメンツのフィドルは必要だったと強く感じる。Wake of the Floodをはじめて聴いた夜、針を載せたとたんに流れだしたフィドルの音のなんと印象的だったことか。ガルシアの頭の中では、はじめからフィドルのオブリガートが聴こえていたのかもしれない。


ヴァサー・クレメンツとガルシアはどこで知り合ったのか知らない。カントリーをやっていた時代の人脈を通じてコンタクトをとったのか? まさか、クレメンツが73年の時点でデッドを聴いていたなんてことはないだろうし! まだ数枚しか聴いておらず、もう少し集めたい。もっとも好ましいカントリー・フィドラーである。


◎美しき青きStella Blue

つぎの曲は、ガルシア畢生のバラッド、Stella Blueだが、ここでも本番ヴォーカルを入れていて、やはりスタジオ・ライヴ、一発録りスタイルのセッションだ。ただし、聖歌隊のようなハーモニーは入っていない。

ガルシアはギターを弾いているので(左チャンネル)、当然、ペダル・スティールの間奏やオブリガートはオーヴァーダブということになるが、それだけでなく、たぶん、補助的なギターも、ウィアにまかせず、自分で重ねただろう。ゴドショーはこの段階では当然ピアノを弾いているので、オルガンはオーヴァーダブということになる。


グレイトフル・デッド・レコードのLPレーベルのA面用デザイン。A面にはトラックリスティングはなく、B面用レーベルに表裏両方のトラックが書かれるという変則的デザインだった。


テイク4は、イントロ直後、ガルシアが唄えず、ホールドし、苦笑いしながら、「ちょっと待った。ファースト・ラインが出てこないんだ」と云うのが楽しい。ウィアがでたらめな歌詞を云ってガルシアをからかい、レッシュが笑い、これまたウソの歌詞をガルシアに教え、ガルシアを苦笑させる。しかしこれで、テイクの段階でトラックとヴォーカルは同時に録られたことの確証が得られた。

テイク5はほぼOKに聞こえるが、たぶん、ガルシアはまだヴォーカルの出来に納得していなかったのだろう。バンドのアンサンブルはもうこれでOK。リハーサルの段階でアレンジは固まって、以後、変更はせずに、ただテイクを重ねていったのだろう。いいものが生まれるときは、ライティングの段階からミックス・ダウンまで、万事スムーズにいくことが多いのではないか。


Wake of the Flood国内盤のB面レーベルのデザイン。両面のトラックリスティングをB面側にすべて収めている。これはわが家にあったファースト・プレスをスキャンした。もう持っていないが。


音楽的なことではないのだが、テイク1の末尾に、変なことが記録されている。スタジオのドアが開いていたらしい(これ自体もエエッ! である。ソーサリートのリコード・プラントが風変わりなスタジオであったことはすでに書いたが、それにしてもドアを開けっぱなしでは、中の音も周囲に撒き散らされるし、外の音も入ってきてしまうじゃないか。不思議千万)。

誰か外から人が入ってきたようで、ガルシアとウィアが、ここはプロフェショナル・スタジオだ、と侵入者に注意し、誰かドアを閉めろよ、と命じている声が録音されている。こういうセッションズものには、ときおり、その場の出来事が記録されているものだが、それにしても椿事。

◎復讐してくれたディラン:ついにStella Blueを唄う

ヴィジュアルを探していて、ディランがこの曲をカヴァーしたことを知った。デッドとツアーして以来、ディランはFriend of the Devilはよく唄っているようだが、ついにStella Blueもカヴァーしたか、とちょっとばかり感慨があった。


Dylan & the Dead スタジオ盤ではなく、ジョイント・ツアーの記録。


いや、わたしはディラン・ファンではない。いくつか好きなアルバムはあるが、それは60年代から70年代初期までで(なにしろディラン信者が、あれはデモないしはリハーサルにすぎないと、ディランのカタログから抹消したがっているSelf Portraitが大好きなくらいだから、どれほどディラン・ファンから遠いか知れようというものだ!)、以後はほとんど買わず、聴かずの無縁。


Bob Dylan - Self Portrait 全力でこのアルバムはデモ、テストにすぎないことを証明しようとしているサイトに遭遇した時は爆笑した。このLPがそこまでディラン教狂信者に憎まれた理由は、ほとんど他人の曲のカヴァー、それもエヴァリーズが2曲などという、彼らから見れば通俗の極みの選択をするという、ありえざるディランの本心が露呈されているからだろう。そもそも、エルヴィスにあこがれて唄いはじめた人間であり、みずからビートルズに会いに行ったほどのロックンローラーなのだが、まだそういうディランを嫌う人が山ほどいるらしい!


しかし、「サリヴァンに牽かれてルバイヤート詣で」で触れたように、ディラン信者の某音楽評論家のデッドとガルシアへの罵詈讒謗には半世紀のあいだ赫怒しっぱなしなので、お前の神様ディランが、お前の大嫌いなジェリー・ガルシアの畢生の名作をカヴァーしたぜ、と言い返すことができて、まことに欣快至極。惜しむらくは、その評論家はすでに泉下の人であり、彼の憤りを見るのは不可能なことである。

いやはや、人生にはこういう竹箆返しがあるから、長生きはしてみるものだ、としばらく笑いが止まらなかったが、その嗤いは結局、自分に返ってきた。俺だって、子供のころから無数の悪口雑言を吐いてきた、いまも俺があの正気には思えない音楽評論家のことをまだ怒っているように、どこかの誰かが、どこかで俺のことで思いだし怒りをしたり、嘲笑したりしているかもなあ、とあの顔、この顔が脳裏をかすめた。

それにしても、ディランはさすがに己を知っている。ガルシア=ハンター楽曲群の中で、音楽的にも文学的にも、ディランがカヴァーするにふさわしい曲はStella Blueをおいてほかにない。

最初にディランがカヴァーしたガルシア=ハンター楽曲であるFriend of the Devilより、音的には、こちらのほうがはるかにディラン向きだ。歌詞にしても、ディランがFriend of the Devilに惹かれるのはそれなりに理解できるにしても、Stella Blueのほうがはるかに明快で好ましい。


ディランとデッド。アルバム・カヴァーにでもするつもりだったのか、ちゃんとしたスタジオ・ショットが残っている。というか、写真館で記念写真気分か! まあ、歴史的な邂逅ではあった。


あと一回、アルバムB面の曲を書いて、このWake of the Floodシリーズを終えたい。なにしろ、書きはじめた時にはだいぶ先のことと思っていた、Wake of the Flood: 50th Anniversary Deluxe Editionがリリースされてしまったのだ。ビハインド・スケジュールもここに極まれり。



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