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続々・文字盤上の天使の分け前 Grateful Dead - Wake of the Flood: Angel's Share

「続・文字盤上の天使の分け前 Grateful Dead - Wake of the Flood: Angel's Share」からのつづき)

グレイトフル・デッドの天使の分け前シリーズだけで見られるSlatedおよびNot Slatedという見慣れぬトラック注釈は、たぶん、トラック冒頭の「テイク1」などの宣言だと当たりがついたので、こんどはじっさいのトラックを聴いて確認しなければならない。

ところがどっこい、こちらの橋にもちゃんと悪魔が待ちかまえ、行く手をふさいでいる。そもそも、音を聴いてわかるなら、こんなことを調べたりしなかった。最新のWake of the Flood: Angel's Shareでは解決できなかったことが出発点だったのだから、そこに戻ってしまう。

では、三年前の最初の天使の分け前Workingman's Dead The Angel's Shareではどうか? 情況はWake of the Floodとまったく同じ、エンジニアのテイク番号宣言など、どのトラックにも記録されていない。

Angel's Share第一弾、Workingman's Dead篇のトラックリスティングの一部。Slated、Not Slatedの注釈とは関係なく、テイク番号宣言は聞こえない。


デッドの異常性はここにある。セッションズものなのに、どこにもエンジニアがテイク番号を宣言する声がない、なんてことは考えられない。たとえば、ブライアン・ウィルソンなら、プレイヤーたちにあれこれ指示を出したあとで、チャック・ブリッツに云わせず、自分でテイク番号を宣言して、テイクの続行を促す。

スタートする前に、たとえば、「そのEは(ハイ・ポジションではなく)オープンで弾いたほうがいい」などとガルシアがウィアに指示し、ウィアがそれを弾いてみせたり、オフマイクで誰かが何か云っているのが聞こえる。そういう音楽ではない数十秒の曲間があるのだから、通常なら、つぎのプレイに入る前に、テイク番号の更新をしなければならない。

これはエンジニアの立場からすれば「必須」だ。編集、ミックス・ダウンの際のテープ頭出しでガイドとなるのはテイク番号だし、ときには、最終的に、二つ前のテイクをOKにしよう、と遡行することもある。テイク20で終了したのなら、OKテイクはさかのぼって18ということになる。そういう時にしるべとなるのはテイク番号宣言だ。

だが、Wake of the Flood とWorkingman's DeadというふたつのAngel's Shareには、なぜかテイク番号を宣言するエンジニアの声は記録されていない。SlatedとNot Slatedはじつは解決すべき疑問の二の丸、三の丸であり、疑問の本丸は、なぜテイク番号の宣言が存在しないのか、だ。それはデッドの音楽の本質と関係がある、と直感が告げていた。

これは確認不能か、と半ばあきらめ気分で、残ったもうひとつのAmerican Beauty: Angel's Shareをプレイヤーにドラッグした。冒頭にはデモが並んでいる。デモはテイクではないから通常でも番号は宣言されないので、そこは飛ばす。

昔聴いたきりで忘れていたが、神よ、このAngel's Shareには、テイク番号宣言が記録されていた!

デモの羅列が終わり、テイク群がはじまったとたん、エンジニアではなく、シンガーのピグペンが云っているが、とにかく、「エーと、1、じゃない、Operator、1」と、タイトルとテイク番号の順序を間違えているし、ひどく雑だけど、とにかく、テイク1の宣言がある! そして、トラック注釈にはSlatedと書かれていた。

以降、ずーっと(こんどはエンジニアの声で)「Three!」などと簡潔にテイク番号が宣言され、注釈はSlatedとされているテイクがつづく。しかし、これではまだ仮説の証明は道半ば、Not Slatedと注釈されたトラックでは、テイク番号宣言が抜けていることを確認する必要がある。

チャンスは1番から20番まで、全テイクが収録されているデッドないしはガルシア=ハンターの代表作、もっとも多数のカヴァー・ヴァージョンがあるFriend of the Devilだ。ついでに云えば、これははっぴいえんどの「暗闇坂むささび変化」(A.K.A.ももんが)を生んだ曲でもある。

テイク8であるべきものは、テイク番号なし、三つのパートに分かれ、Arrangingとされている。つまりプレイを中断して、テープを廻したままアレンジ変更の打ち合わせをしたということで、したがって、テイク番号は宣言されず、注釈にもNot Slatedと記されているが、これは例外的だから、検証対象から除外する。

ほんとうのテイクで、Not Slatedの注釈があるのはテイク13。
当たり! テイク番号の宣言がないまま、ガルシアがピックアップ(小節途中の弱拍からはじまる曲冒頭ないしはそのようなフレーズ)のD-E-F#という3音を弾いてしまい、ウィアがすぐにオブリガートをつけて、アレンジ通り、遅れてレッシュも入ってきて、フォールス・スタートにならず、第一ヴァースがはじまり、しっかりコンプリートしている。

これでQ.E.D.だろう。Slateとは、テイク冒頭の音声によるテイク番号宣言のことである。

つぎの問題は、ではなぜ、他のアーティストと違って、デッドの場合、テイク番号宣言なしなどというおかしなことが起きてしまうのか、である。ここを見ていくと、デッドだなあ、と呆れつつ、笑ってしまうのだが、そのへんを、さらに同じFriend of the Devilセッションを細かく調べつつ、考えてみたい。

根問いという以上、ひとつやふたつ問題が解決したからと云って、そこで終わったりはしないのだ。硬い岩盤に突き当たるまで掘削をつづける。

「続々々・文字盤上の天使の分け前 Grateful Dead - Wake of the Flood: Angel's Share」へつづく)


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