祝!サザンオールスターズ ストリーミング配信開始②:サザン全オリジナル・アルバムショートレビュー 上 (熱い胸さわぎ〜KAMAKURA)

①テーマ別プレイリスト集

熱い胸さわぎ

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記念すべきデビュー作。
デビューシングル「勝手にシンドバッド」は全ディスコグラフィにおいても出色で、単にデビュー曲である事を除いても楽曲単位での最高傑作議論の俎上に乗る事が当然と思える楽曲(いずれこの曲1曲を掘り下げる記事を書きたい)だが、アルバム全体として見れば個人的には未成熟な部分の方が目立つ作品という認識だ。
「勝手にシンドバッド」が日本の音楽にもたらした革命の中で最も大きな要素である歌詞の部分、”作詞家・桑田佳祐”を世に紹介する作品としては他の楽曲を見ても十分なものが揃っていると思うが、作編曲(そしてこの時点でのサザンにとっての”編曲”とはまだバンドのアンサンブル/個々の演奏とニアリーイコールである)のクオリティはそれに見合っていない。桑田はもちろんの事、この時点で率直に言ってしまえばこの後時代を下るほどに作品への個の反映が薄くなってしまう他のメンバーも含めてそれぞれのルーツが垣間見えるという点で熱心なファンが愛するのは当然理解できるが、逆に言うとその”熱心なファン”にまで辿り着いてから遡ったので十分な、少々辛めに言えばデモテープ的でさえある作品ではないか。

10ナンバーズ・からっと

2作目にして早々にキャリアの転機という印象を受けるのは、何もラストを飾るシングル曲「いとしのエリー」にまつわる”「勝手にシンドバッド」でコミックバンド扱いだったのが「エリー」でシリアスな評価もされるようになって…”という非リアルタイマーかつ熱心なファンでなくてすら知っている定型句めいたエピソードのせいだけでは無いだろう。前作からわずか1年でグッとバンドアンサンブルが整理されている。
例えば3曲目「ラチエン通りのシスター」。三連のロッカバラッドというのは前作の「恋はお熱く」と同様だが、楽器の出入りによるコントラストが薄くのっぺりとしていた「恋はお熱く」に対し、より起伏が明瞭なアレンジと演奏ができている。これは何も単に”成熟”した表現であるだけでなく、”彼氏になりたきゃどう言うの 心からその気持ち”という身も蓋もないような歌詞で描かれる思春期の恋愛の”瑞々しさ”もまた編曲力と演奏力の向上によって前作のどの曲よりも上手く描けているのではないか。これを期にサンプリングするビートメイカーも現れそうなドラムブレイクも含まれる「奥歯を食いしばれ」はそんな向上したバンドアンサンブルを味わえる最高の1曲だ。

* ちなみに「ブルースへようこそ」のホモフォビックな歌詞には注意されたい。平たく”下ネタ”、”エロ歌”と呼ばれるような桑田の作風パターンのひとつは、より今から距離が離れた初期の曲であれ、ことさらに称賛する事こそ慎重になるべきにせよ必ずしも非難されるべきものばかりとは思わないが、この「ブルースへようこそ」と次作の月経を扱った「恋するマンスリー・デイ」に関しては、特にSNSボリューム層に認知度を上げるであろうストリーミング解禁に際しては手塚治虫全集の人種描写に関する表記と同程度のなにかが添えられてもよかったのではないか。

タイニイ・バブルス

快活に前作からまた向上した編曲力演奏力を見せつける幕開け「ふたりだけのパーティ〜Tiny Bubbles (type-A)」と締め括りの”TVドサ回り”を自虐も込めて悲痛に歌うバラッド「働けロック・バンド (Workin’ for T.V.)」の間で半ば引き裂かれるようにバラエティ豊かな楽曲が並ぶ過渡期的作品。それが言い訳にされるべきでは無いが、当時のリテラシーからしても(そして原由子の名前を歌い込んでしまっている事からはバンドの内部事情的にも)ギリギリな先述「恋するマンスリー・デイ」もなんだか錯乱状態の中で産まれた楽曲にも思える。
アルバムとしての芯が見えづらいながらも、原由子と松田弘のそれぞれ初リードヴォーカル曲「私はピアノ」「松田の子守唄」は共に数多くのカバーも産んだだけあってクオリティも高く、泣きのソウル歌謡「涙のアベニュー」、ことさらタイトルの斜め上に飛ぶ跳躍力が注目されるが実にグルーヴィーな演奏が聴ける「タバコ・ロードにセクシーばあちゃん」とトピックや好曲には事欠かず、ストリーミング解禁されてこそ評価の高まる作品かもしれない。

ステレオ太陽族

ここまでの最高傑作だろう。
シティポップ・リバイバルがAOR/ヨットロック再評価へと波及している中でこれに改めて目を向けねば何に目を向けようか?と思うほど爽やかメロウなストリングスが美しい「Hello, My Love」に始まって、同じような観点から再評価できる傑作は「素顔で踊らせて」「恋の女のストーリー」「朝方ムーンライト」「栞のテーマ」と見事なクオリティで揃っている。また近い性質を持つ曲として、わずか1分半だけにともすればインタールードと流されてしまいそうだがその実極上のセクシー・メロウ・ディスコなタイトル曲「ステレオ太陽族」を見逃してはならない。
そしてそういった路線と両輪を成すのがブルージーなロックで、「My Foreplay Music」「夜風のオン・ザ・ビーチ」「Let’s Take A Chance」「Big Star Blues」とこちらも壮観。特に「夜風のオン・ザ・ビーチ」の緊張感あふれる演奏は出色。どちらの路線にしても広く取ってのR&Bという枠に的を絞った事が功を奏している
良く言えばバラエティ豊かだが悪く言えば散漫にもなりがちなサザンオールスターズの作品においては珍しいまとまり具合と言える。おそらく熱心なファンほどその散漫さに愛着があるだろうから熱心なファンでこれをキャリア通じての最高傑作として挙げる者は多くないかもしれないが、他の作品はいまいちのめりこめないがこれは好き、という向きは今回のストリーミング解禁から増えるかもしれない。

NUDE MAN

R&Bにフォーカスした前作から一転、ギラついたギターリフで幕を開け、すわ今回のテーマはロックか?と思うと続く「思い出のスター・ダスト」は泣きの歌い上げソウル歌謡。良く言えばバラエティの豊かさが帰ってきて、悪く言えば再び散漫になってしまった作品
非シングル曲ながら屈指の有名曲「Oh! クラウディア」、研ナオコの歌唱が知られる「夏をあきらめて」と好曲多し。個人的には松田弘のタイトなドラムが冴え渡るファンク歌謡「女流詩人の哀歌」を推したい。
そうした重要曲も多く、ほかロッキード事件を揶揄した小品「Nude Man」に大森隆志によるのほほんとビートリィな「猫」と随所にスパイスも散りばめられているので無視は禁物だが、元々バラエティの豊かさがキモであるサザンのディスコグラフィにおいても、もう一歩何か芯を通してほしかった感は否めない。
この頃からしばらくサザンのアルバムリリースは7月初頭が続き、またこのアルバムの全裸男が波に飛び込むシュール極まりないジャケもそれを助長してこの辺りから”夏といえばサザン”というイメージが定着し始めた。そのきっかけになった作品が好曲多くも消化不良感がある作品というのは、”サザン=夏”という図式が時に商業的なブースターになり時にクリエイティブの足枷になるという未来を暗示しているようでもある。

綺麗

これを最高傑作に挙げるファンも少なくない。そしてバンド最大の転機に挙げるファンもいる。
まず最高傑作に挙げるファンの多くの意見は、とにかく優れた曲が多い事を理由としているだろう。個人的にはまず「EMANON」。和製ライト・メロウの…いや、ここまで優れた楽曲を前にして和製だなんだどと冠す必要があるだろうか。世界的にAOR/ヨットロックと呼ばれる範囲でも屈指の、ジャジーなコードワークを巧みにポップに落とし込んだ洗練の極地。その他題材としてはThe Beatles「She’s Leaving Home」にとったがメロディやアレンジはより80年代的に洗練された「サラ・ジェーン」、MPB的なサウダーヂをまとった「NEVER FALL IN LOVE AGAIN」とAORな洗練は素晴らしき高みに達している。
その一方で高田みづえの歌唱も知られる古典的なGSスタイル「そんなヒロシに騙されて」、Bruce Springsteen的パワー・バラッド「旅姿六人衆」とある種の土臭さを伴ったロック路線も非常に魅力がある。
翻って傑作か否かを問わず転機であるとする論調に関しては、シンセサイザーの本格的な導入が大きい。これまでもシンセを全く使っていなかったわけではなかったが、メインリフやバッキング全般をシンセが務める事は無かった。それが本作は幕開けからゲーム音楽にインスパイアされたシンセの8分ベタ打ちリフによる「マチルダBABY」が登場。その他シンセリフはTalking HeadsやPeter Gabrielにインスパイアされたアフロ・ポップ「ALLSTARS’ JUNGO」でも鳴り響く。
こう言語化して並べると、それぞれの曲は良いのかもしれないがいくらなんでも散漫だろう、との意見はあると思う。私もそう思う。しかし、正直な所サザン名義の作品はこれから私が”傑作”との評価を下すアルバムに関しても、特に英語圏のロックやR&Bを中心に聴くリスナーからしたら十分に散漫な作品ばかりで、その散漫さこそサザンオールスターズの、桑田佳祐の持ち味だと考えるファンも少なくない。そういった方向からこれを最高傑作とする論調もあるのだろう。

* ちなみに、ここでのシンセ導入を転機とするか否かは、前述「そんなヒロシに騙されて」「旅姿六人衆」等の楽曲が単にシンセの比重が薄いだけでなく、シンセが普及した事で変化した音楽構造の研究が反映されているわけでも無いので、本作に”シンセを本格導入した作品”との判を押すのは個人的にはためらわれる。
よって、『KAMAKURA』を最後に一旦休止するまでのサザンのディスコグラフィを分ける時に最も多い形である『NUDE MAN』までをロックバンド期、本作からをシンセサイザー期と呼ぶような形には賛成しかねる。正直に言えば私自身もかつてはそれが妥当と考えていたが、近年は最初の3枚が『ステレオ太陽族』という高みに辿り着くまでの過程であり、『ステレオ太陽族』で一度完成した後の『NUDE MAN』と本作『綺麗』が共に模索期、そして続く『人気者で行こう』と『KAMAKURA』が本格的シンセサイザー/テクノ・ポップ/ニューウェーヴ期、と分類するのがより正確なのではないかと考えている。

人気者で行こう

次作『KAMAKURA』リリース後の休止までを”初期”と捉えるなら、初期の最高傑作はこれだろう。アタックの強い8分音符がスクエアに鳴りドラムにはたっぷりのゲート・リヴァーブと時代の音をふんだんに吸収したヒット・シングル「ミス・ブランニュー・デイ」を筆頭に、今度こそ本格的にニューウェーヴやテクノ・ポップの香りがアルバムに芯を通している。
前作「EMANON」に匹敵する傑作ライト・メロウ「海」も冒頭からシンセで、『Avalon』前後のRoxy MusicやChris Reaといった80sにアダプトしたAORの研究が伺える。また「開きっ放しのマシュルーム」や「祭りはラッパッパ」といったパンク的ですらあるロック畑の楽曲も前作の「そんな〜」や「旅姿〜」のように他の曲とアレンジ傾向が不一致なまま提示するのでは無く時代の音に合わせる方向を選んでいる。
そんなサウンド面の完成度もさることながら、この時点まででも独特だ独特だと呼ばれていた桑田の作詞センスがここに来て数段階の飛躍を見せている。良くも悪くも7〜8割は天性のセンスのみで革命を起こしてしまった「勝手にシンドバッド」の言語センスにようやく訪れたメジャー・アップデート。後期JAPANやThe Police、XTCにGary Numanといった英国ニューウェーヴの最先端を吸収したサウンドの上で”汝(な)は女詣(おんなもうで) 用すれば艶(えん)の談 / 良人放蕩(りょうじんほうとう)な悪性(あくしょう) 可憐淫猥(かれんいんわい)の情”(「JAPANEGGAE」)、”いつも心に愛倫浮気症(あいりんぶーけしょう) / 爪痕妖艶に妙な中傷の的となり”(「よどみ萎え、枯れて舞え」)と、今で言えば何重にも翻訳アプリを通したかのような、妙に小難しい単語を用いつつも造語さえ辞さず日本語を母語とする者の感覚から幽離した単語の嵐。それでいて優れたラッパーのリリックのような滑りの良さ。
作詞編曲全てが恐ろしい水準に達している。これを名盤と呼ばずして何を名盤と呼ぶのか。

KAMAKURA

最高傑作との声もある一方で、ここでサザンを離れてしまったとの声も目立つ問題作
鍵盤/ヴォーカルの原由子が産休に入り、YMOのマニピュレーター藤井丈司を招聘し彼のポスト・プロダクションが重要なものになっている事で、クレジット上の情報としても当時の6人でサザンという図式が崩れた事も一因になっているだろう。そしてその人の入れ替わりは当然単なるクレジット記載が変わったのみに留まらず、サザン屈指の過激なサウンドメイクで知られる「Computer Children」に顕著なようにヴォーカルはおろかオケ全体までもをカットアップしたりリヴァースするなどしてライヴでの完全な再現を放棄したアレンジにはやり過ぎと感じたファンもいたのだろう。
しかし、当時の視点でも、The Clashの80年作「Sandinista!」がボーナス・ディスク1枚まるまるをダブ・ヴァージョンにしたのを皮切りに、そこから4〜5年でロックバンドとあれどもその演奏を解体・再構築するアプローチは急速に普及しており、日本のビッグネームにそのようなアプローチがあまり見られないのを憂いていた向きもあったはずで、そういうった方向からは高く評価された模様。
オケ全体をカットアップした前述「Computer Children」は言うに及ばず、「真昼の情景」や「古戦場で濡れん坊は昭和のHERO」では変拍子やポリリズムを導入し、その他”頭打ちレゲエ”と言える「顔」と珍しくリズム的な実験が多い。
個人的にもそれらの点は高く評価しているし何より藤井丈司の参加で全体がサウンド的に高水準でまとめられているのが良いが、難を言えばもう少々曲を削る余地はあったようにも思う。最大瞬間風速はこちらの方が強いかもしれないが、密度としては『人気者で行こう』に軍配が上がる。

③アルバムレビュー下


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