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世にもクラフトな物語 #『クラフトビール革命』を読む

ブルックリン・ブルワリーの創業者スティーヴ・ヒンディさんの著作『クラフトビール革命 地域を変えたアメリカの小さな地ビール起業』の紹介です。数年前に買った本ですが、いま読むと再び気づきがありました。

さて、仕事が入っている方には申し訳ないが、ゴールデンウィークだ。ビールファン諸賢も、この数日は連休のために買い貯めたクラフトビールを賞味したり、物足りなくなって(もちろん「密」回避に最大限の注意を払いながら)ボトルショップに足を伸ばしたりしていることと思う。勿論、酒類提供の制限がない地域の方は、お店で楽しんでいる場合もあるだろう。

かく言う自分も、必要にして急な用件(本当だってば)の序でに「狂ったセブン」の通り名でお馴染み、横浜ハンマーヘッドのセブンイレブンに寄ってみた。みなとみらいの新たな客船ターミナルにオープンした、チェーンコンビニでありながら国内外、かつトレンドを押さえたクラフトビールの品揃えにより有名な同店。壁数面の飲料棚をクラフトビールが占有している。白状すると私が訪れたのは、Twitterで「見送る」宣言をした Other Half Brewing の購入にスケベ心がわき、もしかしたらコンビニ特有の精密なオペレーションにより未だ在庫が...と思った次第。無かったです。

考えてみればスゴい話だ。ハンマーヘッドのオープンは一連の北仲エリア再開発の重要な一点であって、しかも機能上、国内外からの旅客が往き来する海の窓口。性質からして、富裕層やVIPだって使うだろう。再開発で住民も増加しつつあるエリア。そんなナイスな立地のコンビニが「狂ったセブン」化していて、公然と尖ったクラフトビールを大量提供している。品川や横浜の駅ビルにアンテナアメリカ(※アメリカンクラフト輸入販売の第一人者的ショップ)が存在してるのだって、少し前までは考えられなかったことだ。

クラフトビールとは何なのか、見失ったような気持ちになる。未だ日本国内の市場シェア 1% とも言われる中で、この盛り上がりよう。「クラフトビールは一過性のブームではなく、文化として定着する」と言われて久しい。SNSでは若くてカルチャーな雰囲気の若者が続々とブルワーになった旨を報告する。いっぽう、夜のニュースでは相変わらず堤真一が一番搾りを旨そうに飲んでいるし、会社の懇親会(もはや懐かしい)の乾杯はスーパードライだ。自前の全国流通ビールを「これぞ、クラフトビール」として売り出す大手企業もあれば、それに怒る人もいる。

一つだけ言えるのは、現在に至るクラフトビール・ムーブメントの源流は、60年代に米国で発生した一件の企業買収に端を発すると言うことだ。そして、そこから現在に至るまでの偉大な歩みについて、私を含めた多くのクラフトビールファンはナカナカに無知である。プロモーションのおかげで各ビール、せいぜい各ブルワリーの歩みは知っていたとしても、'10年頃日本にクラフトビール概念が広まる以前の Craft Beer 動向について、把握している人は少ないのではないか。

もちろん、歴史を知らねばビールを味わえない、というものではない。ただ、聖書や西洋史を齧っていればルネサンス絵画が楽しめるのと同様、クラフトの歴史を理解すれば、各ブルワリーの立ち位置やその提供するビールの素晴らしさについて、より解像度高く楽しめると思う。

スティーヴ・ヒンディ著『クラフトビール革命 地域を変えたアメリカの小さな地ビール起業』('15年、DU BOOKS、和田侑子・訳) は、米国クラフトビールの歴史を知る上で重要な一冊だ。原題は THE CRAFT BEER REVOLUTION ; How a Band of Microbrewers Is Transforming the World's Favorite Drink で、米国では '14年に出版されている。著者はジャーナリスト出身で、NY発の名門クラフトビール会社、ブルックリン・ブルワリーの創業者。かつて米国でも作られていたウィンナーラガー・スタイルを、ブルックリンラガーとして復活させた人物だ。まさに当事者による、米国クラフトビール年代記とも言えよう。

本書では、50年超にわたる米国クラフトビールの歴史が描出されている。構成は前述のフィリップ・メイタグによるアンカー・ブルーイングの買収に始まり、'70~ '80年代のクラフトブルワリー黎明期、著者を含む第一、続く第二世代のブルワー達による「革命」の広がり、現代に至るまでの市場シェア獲得と定着の過程が、関係する様々なステークホルダーとの連帯・衝突を交えながら克明に描かれる。スタートアップ時点のブルワー達の姿は多くがイキイキとDIY精神に溢れたものだが、その後彼らが迎えた運命は多様だ。日本語記事でも目にすることのある米国のブルワリー団体BA(Brewers Association)の成立や位置付けについても、大手ビール会社や関連団体の関係と合わせて、くっきりと理解することができる。業界団体と言ってしまえばそれまでだが、その成立には複数の既存勢力の合従連衡と、設立するだけの必然性があった。

私もその一人だが、米国産業史に関する文章に慣れていない方は、次々に登場するカタカナの人名や組織名に、最初の100頁ほどは難儀するかもしれない(日本語版は全体で400頁ほどだ)。が、あらかたの重要人物・組織を押さえたらば、後は軽快。思えば『カラマーゾフの兄弟』も『指輪物語』も、最初の一巻を乗り越えたら夢中でスイスイ読んでしまったはずだ

是非、手にとって読んでもらいたい本書だが、今回のGW期間を使って自身でも再読したため、特に印象に残った点を以下に記そうと思う。書評あるいは感想文というより、メモ書き的な内容になってしまうが、ご容赦を。

まず第一に、同書では多様なプレーヤーを取り上げてクラフトビール産業全体の成り立ちが語られることで、ブルワリー個々のブランドストーリーだけでは知ることのできない、生々しいビジネス的な実像を知ることができる。往々にして、我々クラフトファンはすぐに(反論してこない)巨大ビール会社を悪者にして、マスプロダクトとか悪の帝国とか勝手に言い募る。しかし彼らが如何にして市場を占めるに至ったか理解しているだろうか。

米国市場の場合、それは各州にテリトリーを持つ卸売業者の存在が大きい。バドワイザーを擁するAB社を始めとする巨大ビール会社は、卸売業者を偏務的な契約関係、様々なリベートを使った懐柔により自身の系列企業として操ってきた。卸売業者とて常に巨大企業の言いなりというわけではなく、独自のロビイスト集団を持ち、州議会には大きな影響力を持つ。クラフト業界勃興のファクターとして、彼らと如何に協力し又合意形成するかは、非常に大きかったようだ。BAの利害を代表する立場となったヒンディ氏が、中小ブルワリーにとって不利な法案の阻止を巡って卸売業団体の NBWA(National Beer Wholesalers Association)と対決する場面は、本書のクライマックスの感さえある。他にも、受託醸造中心で活動する老舗ブルワリー、Webでのビール批評サービスの創始者、紙のビールジャーナル各社についても取り上げている。AB社のゴリゴリ体育会系幹部の描写には少し笑ってしまった。

翻って日本のクラフトビールファンとして、自分はそういったビジネスの実像を知ろうとしているだろうか。勿論、耳年増の業界通になっても仕方ない。しかし往々にして、表立って出てくるブランドストーリーというのは、各社のPRとしての側面が否めない。最近は日本でも醸造の実態や背後にいる企業を表に出さず、オリジナルビールをアピールしている例も目にする。業界の背景に広がる世界を、一度は深く掘り下げて知り、考えてみることで、却ってより健全な捉え方が出来る気がする

それにしても、各州ごとに家族経営のビール卸売会社って、プロレスで言うNWAのテリトリーみたいだし、「古きよき」時代のアメリカという感じがして何か趣があるな...。

第二に感じたのは、クラフトビールが雇用創出と地域の振興に資する役割だ。クラフトビールで地域を盛り上げよう、というと本邦でも散々語られているし、上述のイイ感じなブランドストーリーに回収されている感すらある。が、本書では、実際に各ブルワリーがどれほどの雇用を生んだかという実数(!)と、それが如何にワシントンD.C.の政治家に「ウケる」かにまで踏み込んで書かれている。まさに実際にブルワリーを営み、かつジャーナルな目線を持った著者だからこそ描ける部分だと思う。

クラフトを通じた地域振興のうち、本書でも最高の事例として語られるのがワインクープ・ブルーイングだ。コロラド州デンバーの同社は、同地の荒廃した倉庫地区LoDoにて当局の許可の下ブルーパブを開業。歴史的な建物を転用した店舗は再開発ブームの火付け役となり、その斬新なPR手法(豚の街中レース!)も相まってワインクープは街とともに急成長を果たした。本が執筆された時点で、コロラドにおけるクラフトビール事業は同地のビール業界の雇用の64%を担い、LoDoはMLBコロラド・ロッキーズが本拠地を構える地域最大の歓楽街、そして同社社長のヒッケンルーパー氏は政治家に転身し、民主党大統領候補になるほどの成功を収めている。下記、クラフトドリンクさんの記事にも詳しい。

多くのクラフトブルワリーが数名~十数名規模で運営されている日本で、クラフトが地域の雇用に数的なインパクトを与えるほどの存在になるのは、まだ先かもしれない。一方で、すでに障がい者雇用等の形で、地域と共生した運営の在り方を歩んできているクラフトブルワリーが存在する。昨年から話題になっている西成ライオットエールの取組みはその一つだし、目立たない形でもそういった雇用を継続してきている会社を、私は知っている。

一方で、洒落ていて文化的なイメージがあり、事実として比較的高価なクラフトビールは、ともすれば元々の地域住民を排除するような悪い形での「ジェントリフィケーション」的再開発に荷担しかねない。地域の物価や地価を高騰させ、元の住民が住めなくなるような、しばしば問題になるアレだ。一口に地域を盛り上げると言っても、雇用や運営の面で地域と共生する、サステナブルな方向が求められているだろう。

最後の一つは、やはりクラフトビールという文化には、白熱した活発な議論が似合うということだ。本書ではクラフト陣営と巨大ビール会社、卸売業の三つ巴の暗闘が語られる。しかし同じくらいの分量熱量で語られるのが、クラフト界では最大手のボストンビア(サミュエル・アダムスの会社)社長ジム・コッホ氏と、他のクラフトブルワリーの対立だ。コッホの宣伝手法、コンテスト結果、規制の上限を巡って、彼らは事あるごとに激論を交わす。他のブルワリー間でも運営や製法を巡りしばしばトラブルが生じる。が、ヒンディ氏の筆致もあろうが、その、時にほぼ喧嘩のような意見対立の様は、不思議と爽やかだ。あるブルワーのコッホ擁護のスピーチに触れるくだりで、著者もこう書いている。

物議を醸したギアリーの講演だが、これもクラフトビール革命の並外れた底力を示す一例だと私は感じた。つまり、この業界は非常に気の強い起業家たちで成り立っている。逆風に向かって舟をこぎ、安易な解決法には甘んじず、率直に発言する人間たちが揃っているのだ。業界の歴史を振り返ると、ギアリーのような講演を行う人間が常にいた。こうした異議を唱える文化は、ずっと残り続けてほしいと思う。あえて危険を冒すことを厭わないクラフトブルワーたち。シアトルのポール・シップマン※のような失敗もあるだろう。しかしたいていは、誰もが直面したくない真実にハイライトを当ててくれる。世間の常識や自分のつまらない思い込みに固執していることに、気づかせてくれる。これが我々の底力を生み出してきたのだ。

あるジャンルについて議論が発生したとき、しばしば語られるのが次のような意見だ。「そういう意見対立を表に出しては、新しいファンがハードルを感じて入ってこれない」「初心者に怖がられる」。

確かに一見一理あるよう見えるが、何かにハマりオタクと化したことのある人なら、自分の原体験を思い出してほしい。確かにハードルを感じさせたかもしれないが、あえてそこに入っていく熱意を掻き立てたのも、先行するマニアたちが専門的に、ハイレベルに、情熱的な意見を交わしていく姿だったのではないか。意図的な排他性がなく、事実と理屈と熱意に裏打ちされた議論であれば、むしろジャンルの拡大と発展に有効だと思う。何より、今日に及んでも職人の手仕事的世界観をカルチャーの基底とするクラフトの世界には、熱い議論が相応しい。

折角のSNS時代、今後もブルワー、ビアバー店員、クラフトファン、批評家、様々な主体が意見を発信し交わらせていければ、ますます面白い。

※シップマン社長率いるレッドフック社は、AB社との提携を結んだが、失速してしまった。

ということで、いつも以上に散漫な内容になってしまったが、是非広く読まれてほしい一冊。当然ながら本書の出版後もクラフト業界は刻々と変遷していて、NEIPAやNWIPAの大流行、New Belgium のキリンによる買収等、日々追っていきたいところだ。現状あまりできていないが、過去のファクトが学べただけでなく、現在へのアンテナを高くもっていくことの大事さも感じる本だった。よって、みなさん、心にアンテナ・アメリカを持ちましょう(うまくない)。我々は情報を飲んでいるわけではないが、せめて日々の収集によって、変な情報に飲まれない程度に(うまくない)。

あんまり関係ない話。

連休中、あえて下記のようなtweetをして自己を戒めている。

連休終了まで、あと●時間

メメントモリ。TLの皆さんご迷惑をおかけします。

以上


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