投げつけられたリモコン

また父の話。
父が刑務所に入る前の話。

昔から父は感情がすぐに表に出る人だった。
気分の上がり下がりがとても分かりやすい人だった。
本当に子供みたいな人。すごく悪い意味で。

父が仕事から帰ってくると、
玄関のドアを開け閉めする音で
彼が不機嫌かどうか分かる。

不機嫌な父は何よりも最悪で、
「俺は不機嫌だ」オーラを全面に出して
その日の夕食が気に入らなければ文句を言うし
私たちの前で会社の電話をして電話の相手に怒鳴る。

夕食中はもちろん会話をしない。
下手に会話をしてそれが地雷だった場合には
お箸かお皿が壁に投げつけられるから。

実家のリビングの壁には
父によって空けられた穴が複数個ある。

幼稚園か小学校低学年の頃のある日。
帰宅してきた父の足音の大きさや雰囲気で
彼が明らかに不機嫌なのが分かった。

不機嫌な人間と食事をして楽しいわけがない。
もはや拷問。地獄。
そして純粋にただただ父が怖かった。
子供からしたら機嫌の悪い大人はただただ怖い。

だから私は自室に隠れた。

「お腹が痛いから食事は後で摂るとお父さんに伝えて」
と母に言って。

これで父の機嫌を伺うことなく
一人で快適に食事ができる。

そう安心していた時、
自室のドアに何かがぶつかって
ドン!っと大きな音がした。

え?何?

部屋の外からは母の「やめてください。」の声。

それを遮って父が「俺から隠れてんじゃねーよ、
誰の金でメシ食えてると思ってんだよ。」と
私の部屋の前で怒鳴る。

ああ、さっきの大きな物音は
私の部屋のドアに父がテレビのリモコンを
投げつけた音だったのか。

自分が避けられていることに怒って
娘の部屋のドアにリモコンを投げつけた父。

まるで被害者ヅラですね。
一生懸命に働いているのに
娘に嫌われる可哀想なお父さん、みたいな?

なぜ娘が自分を避けているか、
彼は少しでも考えたことがあったんだろうか。

恐らくないと思う。

父は、「家族」というものは何があっても
無条件に分かり合えると思っているタイプの人だから。
ただ血がつながっているだけなのに。

リモコンを投げつけられたあの日から
私は父に一切の関心をもつことをやめた。

家族として認識することをやめた。

私の中で父が「家族」から除外された日。


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