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物語のある郷土料理「しもつかれ」ここに暮らす家族の想いをつなぐ。

※この記事は、栃木県南・茨城県西エリアのコミュニケーションマガジン「地域カタログASSPA 2019年Vol.72冬号」に、地域のメモリアル・ストーリーとして掲載された文章を加筆修正したものです。

「卵焼きに、砂糖入れた?」

関西出身の夫に初めて卵焼きを作った時のこと。子どもの頃から甘い卵焼きを食べてきた私は何の迷いもなく砂糖を入れて作っていたので、質問の意味が分からず砂糖と塩を間違えて入れてしまったのかと焦った。

出汁巻き玉子や塩で味付けした甘くない卵焼きで育った夫は、甘い卵焼きに慣れておらず食べた瞬間の想像と違う味に思わず出たセリフだった。

「甘いのも美味しいよ」

そう言って完食してくれたことにホッと胸をなで下ろす。家庭の味、地域の味をより強く意識するきかっけになった。

映えるイチゴと対極にある名物!?

自宅のある栃木県小山市から県外へお土産を持って出かけるときは「いちご」のお菓子を選ぶことが多い。栃木=苺のブランドイメージは説明するまでもなく全国で有名だから会話も弾むし、世代を問わず愛されるいちごのスイーツは見た目も華やかで喜ばれる。地元で親しんでいる特産品を褒められるのは誇らしい気持ちだ。みずみずしく真っ赤に熟したイチゴはそれだけでフォトジェニック。SNSにあふれるイチゴ関連の投稿は、冬から春にかけて旬を迎えてますます増えることだろう。

そんなフォトジェニックな特産品と、ある意味で対極に位置する郷土料理がある。主に栃木県や茨城県、北関東の一部の地域で古くから作られてきた、あの料理。

初午(はつうま)、2月最初の牛の日に豊作や商売繁盛、無病息災を祈願して稲荷神社にお赤飯とともにお供えする風習のある「しもつかれ」だ。

語源には諸説あるが、鎌倉時代の説話集である「宇治拾遺物語」に出てくる煎りたての大豆を酢に浸した「酢むつかり」という食べ物を起源とする説が有力で、「すむつかり」から転じて「しもつかれ」になったとも言われている。地区によっては「すみつかり」「しみつかれ」など呼び名も様々だ。

昔はお歳暮で贈ったり頂いたりすることの多かった新巻鮭、その鮭の頭と、大根、にんじん、節分の豆まきの時の大豆、油揚げ、酒粕がオーソドックスな材料として使われる。そして、フォトジェニックの対極に位置するビジュアルを生み出す強力な必須アイテムが「鬼おろし」だ。私の実家でも母が長年使い込んだ竹製の「鬼おろし」が活躍し、粗めの歯で豪快にすりおろした大根はシャキシャキかつ空気を含んだふわっとした食感が特長だ。

しもつかれに欠かせない大根と同様に、にんじんもすりおろし、下処理した鮭を加え、煎って軽くすりつぶした大豆と、刻んだ油揚げ、酒粕を入れて煮ることで、初めて見る人には味の想像がつきにくい料理に仕上がる。しかし、みずみずしい大根に正月のなますを思わせるにんじんとの組み合わせ、鮭の塩気、油揚げの旨味と大豆の食感がアクセントになり、酒粕のほのかな香りと相まって見事な素材のコンビネーションを醸し出した味わいになる。

できたても美味しいが、もともと保存食として伝えられてきた歴史もあって、冷えたしもつかれもまた、いい。「お酒のアテに最高だよ」という声もよく聞く。

受け継がれる地域の味

いちごのような華やかさはないが、地域や家庭ごとに使う素材や味付けが少しずつ異なる「しもつかれ」は、ふるさとを思い出す懐かしい味でもある。意外にもインスタグラムには、#しもつかれ とハッシュタグが付けられた投稿が数千件にも及び、見た目の映えない色合いを自虐的に語りながらも、#美味しい #おふくろの味  といった温かな感想が並ぶ。中にはお赤飯と一緒に味わっている投稿もあって、稲荷神社へお赤飯とともにお供えされてきた風習が、家庭の中では季節の行事として続いていることを感じる。

私にとっても、一番習得したい母の味は、しもつかれとお赤飯だ。子どもの頃は酒粕を控えめにして鮭の切り身を加えて食べやすくしてくれたり、鬼おろしの使い方を教えてもらいながら何度も一緒に作ってきた。お赤飯は、ささげを煮た煮汁で染まる艷やかな色合いや、父の好みでやや固めに蒸すもち米の歯ごたえが好きだ。味のしみたやわらやかな「しもつかれ」の美味しさをお赤飯がさらに引き立ててくれる。

大人になってから、しもつかれもお赤飯も自分で作ってみたものの、イマイチ母の味にならない。風味や食感が、何か違う。その時期になるとついつい甘えて母が作ったものを分けてもらっている。さらにずうずうしく、地元の酒蔵で買ったこだわりの酒粕を持参し「これを入れたらさらに美味しくなると思う」なんて特別注文もしてしまう。

関西から栃木へ来て甘い卵焼きに驚いた夫も、ハードルが高いと思われた郷土料理しもつかれをひと口食べて「うまい!」とファンになった。

この冬もまた、しもつかれの時期がやって来る。スーパーに鮭の頭をはじめ、しもつかれ食材が並ぶのも、この地域の風物詩だ。栄養豊富でヘルシー、家庭ごとに物語のある郷土料理。

さて、今年こそはもう一度、母の味を目指して作ってみよう。

江口雅枝

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