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結露を拭くと。〜貨物列車の記憶〜

貨物列車が好きだ。

駅の待ち合わせなどで時折あれを見ると里帰りの旅路の記憶が蘇る。

生まれは東京だが幼稚園に上る前まで青森にいた。
その後、8月のねぶた祭りに合わせて母親に連れられ里帰りをしていた。

確かそれは高校受験が始まる前まで毎年欠かさず帰っていたと思う。

鉄道少年ではなかったが、列車に乗るのはとても楽しかった。
そして、毎度の里帰りで乗っていた列車がまた良かった。

ブルートレイン、いわゆる寝台特急である。
今は無き上野発の夜行列車。12時間かけて青森を目指した。

列車は高崎を超え、鶴岡、酒田、能代、大館、弘前と日本海側をゆっくり進んでいく。

乗り込んでしばらくすると、もう寝る準備。
ベッドに仰向けになり上段の裏面に目をやったまま車両の揺れに身を任せる。もちろん、興奮しててすぐ寝るわけがない。

途中、時間調整だろう。停車時間が長い駅がある。

一定のテンポでガタゴトと走る音がだんだんとゆっくりになり、やがて列車がプシューッと停まったのがわかった。

「何かあったのかな?」
好奇心旺盛な小僧はすぐに身体を起こした。

ボックス席の閉ざされたカーテンをめくると結露でよく見えない。
夏でも夜間は冷えていたし、さらにクリーム色の無機質な車内はヒンヤリした冷気を溜め込んでいたのだろうか、鼻をすすっていた。

上段の母親の寝息を聞きつつ下段ベッドをひとり占領していた小僧は、外界のワクワクを抑えきれず結露を掌で拭いた。

窓から見えた景色は、誰もいない駅のホーム。
柱には「酒田」とある。

人がいないという非日常を目の当たりにした自分は、見てはいけないものを見ているような背徳感からか目をキラキラさせていた。

結露を拭いた窓から目を凝らすと、向かいのホームの手前に貨物列車が停まっていたのがわかった。

あれは何両編成なんだろう。ディーゼル車を先頭に、とても長く何列もコンテナが連なっている。

考えているのも束の間、ピーッという緩やかな汽笛のあとに貨物列車がゆっくりと動き出した。まるで地滑りのごとく眼の前の車両だけが段々と流れていく。

全貌を露わにした列車は、ところどころコンテナを載せなかったりしている車両も見受けられる。
そしてしばらく空の車両が続いたあとにまたコンテナを積んだ車両がいくつかあり、最後尾が過ぎ去っていった。

その後すぐに乗っている寝台車両もガチャンと揺れたあとにゆっくりと動き出した。

一部始終を目撃した小僧は、もうそれだけで異世界への旅が始まる感覚を勝手に覚えたのである。何もかもが純粋だった。

翌朝、いつの間にか寝てしまった後悔を抱きつつ、その眠い目を擦りながら窓を見ると一面の田園風景を走っている。

結露を拭いた後は滴り落ちて水溜りができていた。

まもなく弘前へ停まる車掌のアナウンスがある頃、母親に急かされてながらもグズグズと着替えを済ませる。

寝台特急は東北新幹線に取って代わり、青森の親戚もほぼ亡くなった。

もう二度と体験することのないその記憶は、貨物列車を見ると呼び起こさせられるまで、大人になった小僧の頭の片隅にしまってあるようだ。

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