僕の2020年代の未来構想図

僕の2020年代未来構想図

#2020年代の未来予想図 という企画を見てひとつ疑問を感じました。
それは、まるで「時代」は勝手に流れていくもので、僕たちはその流れに身をまかせながら生きていく「受動態」のような感覚でした。

起こりそうなことを「予想」すると、そこで未来に対する眼差しは終了してしまう気がするのです。

なので、僕は未来を「予想」しません。
能動的に時代を切り拓いていく大人になりたいので、あえて「予想」ではなく「構想」という言葉で、僕の作りたい未来、それも自分が大人としてのファーストステージを歩むことになる2020年代について書きたいと思います。

僕の作りたい2020年代

僕は現在、早稲田大学に通いながら423 (シブサン)という名前でイラストレーターとして活動しています。

その傍ら、主に美大などの専門機関に通えていない人や、学びの場を探しているクリエイター志望者を集め、UnFRAMEというひとつの団体を作り、運営を行っています。

このUnFRAMEが掲げるひとつの大きなビジョン、つまり僕の作りたい未来こそ「ものづくりを諦めることのない社会」です。

クリエイターやアーティストを志望する人の「夢」を「夢」のままで終わらせない世の中を作り、ものづくりを好きな人が作り続けられるような未来(特に日本)にしたいと思っています。

それを一言でまとめると「ものづくりを諦めることのない社会を作る」という大義になります。

まずはその未来の様子、次にその理由についてお話しします。

クリエイティブに相応の対価が支払われる未来

僕の構想する「ものづくりを諦めることのない社会」では、クリエイターに相応の対価が支払われます。

イラストや音楽、映像、漫画、ブログなど「あらゆるコンテンツをタダで消費する」ことを覚えてしまった人々の価値観を転覆させ、作品やものづくりの過程に対して、リスペクトと対価が支払われるようになります。

創作物に相応の対価を支払うことが当たり前になった社会では「タダで消費するだけ」のコンテンツは世の中からなくなり、クリエイターに対する世間の視線が変化します。

例えば、「イラストを仕事にしている人」に対して、「趣味でお金がもらえていいね」と言う人はいまだに一定数いるのが現実です。特に初期のYoutuberに対する視線がそうだったと思います。

余談ですが、音楽サービスのサブスクのように、Youtuberの動画作品に対してのサブスクがあっても良いのではないか、とも思います。

また、ジャンルに関わらず創作を軸に生活していこうとすると周囲の人に心配される、というのも「あるある」かと思います。

僕の構想する未来ではそれがなくなり、「普通に」一般企業の社員になるように、「普通に」クリエイターを目指します。そもそもクリエイティブな会社が「一般企業」、クリエイターは「一般的な職業」になります。

つまり、クリエイターに対する当たり前が転覆した未来です。

ものづくりを諦める人が減った未来

「ものづくりを諦めない。」「ひとりでも多くの人がクリエイターやアーティストとして活動する。」という状態こそが、僕の構想する未来の理想形です。

これは、先述した「対価」が支払われる世の中が出来上がっているからこそ実現できるものだと考えています。

なぜなら、

①作品を制作する。
②それに対して相応の「評価」や「報酬」が得られる。
③ものづくりのモチベーションに繋がる。

このサイクルが完成し、より多くの人が「職業」としてのクリエイターやアーティストになることができるからです。
これからクリエイターやアーティストを目指す人も、このサイクルを上手く回している人が増えることで、「自分も諦めなくて良いんだ」と思うことができ、目標を持ってものづくりに取り組むことができると思います。

中には、自分で作りたいものを作っていればそれで満足だ、という人もいるかと思います。

しかし、僕やUnFRAMEが構想する未来はあくまでも「ものづくりを仕事にしたい人」を掬い上げるプロジェクトなのです。

「お金になるわけでもないし…」と諦めてしまう人は多いと思います。
それでもこのnoteというサービスやTwitter、Instagramを見ていても自分の作ったものを世の中に発信している人が大勢いることがわかります。

潜在的なクリエイターは非常に多いのだと思います。
そんなクリエイターが日の目を見ることのできる未来が「ものづくりを諦めることのない」未来です。

では、なぜそのような未来を構想するに至ったのか。
僕の経験を踏まえてお話しします。

美大出身ではない僕は、ものづくりを諦めかけた。

僕は高校時代、美大を志望していましたが、具体的な職業が想像できなかったり、そもそも美大向けの予備校や学費の高さなどから進学を諦めてしまいました。

一方で、当時のクラスメイトはいきなり進路を変更して絵に没頭し、美大に進学しました。

大学進学後、度々会っていたのですが、会うたびに彼はクリエイティブに対する知識、実力、審美眼などをメキメキと伸ばしていました。

話していて全く別の世界にいる感覚でした。
彼の周りには高校時代からプロとして活躍している学生や、業界の第一線で活躍しているデザイナーなどで溢れ、そこで様々な刺激をもらっているようでした。

それは圧倒的な環境の差。
もちろん彼自身も相当な努力をしていましたが、努力するべき方向性やそれを刺激する環境に身を置いていたという事実は、埋めようと思っても埋めることのできないものだと思います。

それに対して僕は、大学で人文社会学系の授業を受けながら、趣味としてイラストを描いている状態でした。
しかし、周りに同じように創作を行っている人は少なく、どのようなベクトルで頑張っていけば良いかもわからなかったため、思うように前には進みませんでした。

その結果、同年代で有名になっているトップのイラストレーターや同年代の美大生・専門学生を見ては比べてしまい、肩書きの有無や環境の差にばかり目がいき、「絵を描く」ということが楽しくなくなってしまった時期があります。

明らかに制作の頻度や質は落ち、クリエイター方面の職業を諦めかけていました。

何をするにも方向性が全く見えず、どうしたら良いかわからない負のスパイラル的な状態です。

そんな時、同じく音楽や映像制作に意欲はあるものの、何から始めれば良いかわからずに悩んでいる幼馴染がいました。その幼馴染の存在をきっかけに調べてみると、「横/縦の繋がり」「学びの場」「実践の場」に悩み、課題を抱えているクリエイター志望が多いことに気がつきました。
さらに、その多くが「お金にならないから」という理由で職業にすることを諦めてしまったり、創作自体を辞めてしまったりしていました。

なんとも悲しい現実ではないでしょうか。

格安のクラウドワーキング系サービスが増加している。

他にも、この未来を構想する理由になったのが「格安のクラウドワーキング系サービス」の台頭です。

あらゆるサービスが存在しますが、例えば僕が専門とするイラストに限ってみると、「似顔絵イラスト1枚500円」「1枚絵で1500円」など破格の値段でイラストが売られている状況です。

時給換算してもおそらく100〜200円程度にしかならないのではないでしょうか。これも、あまりの単価の低さに夢を諦めかけた要因です。

「買う側」は「できるだけ安く済ませられた方が良い。まして趣味の延長なのだから。」
「売る側」も「どうせお金にならないんだから安くても売れてお小遣い稼ぎができればラッキー。そう割り切るしかない。」

という価値観が浸透、あるいは強化されてしまっているのではないでしょうか。

僕は似顔絵やアイコン向けイラストに関しては時給換算で1000円は超えるように4000円から提示するようにしています。それでも最低賃金程度なので十分な額にはなりませんし、「相場」からしたら高く見え、あまりたくさん依頼がくるわけではありません。

しかし、それでも依頼してくださる方は総じてクリエイティブに理解があり、しっかりとその額を支払ってくれ、創作物に対するリスペクトがあります。

この「リスペクトし合う」という行為をもっと当たり前なものにしていきたいのです。

SNSや各サービスを見ていても、実力はあるのに破格の値段で自身のクリエイティブを売っている人が膨大な数いることに気がつきました。
本当はもっといるはずの「ミドルレンジクリエイター」の存在が可視化された社会が必要だと感じました。

この層が目に見えて増えることで単価や「リスペクト」が底上げされるべきだという課題意識を持っています。

僕の描く未来が構想されるに至った理由をまとめるとこうなります。↓

まとめ

長々と語ってきましたが、
決まって「努力をして自分で環境を作れば良い。」という努力至上主義というような考え方が反論として存在すると思います。

しかし、誰もが一歩を踏み出しやすい環境を作りたい、「努力不足」で自分を責めたりものづくりを辞めてしまう社会を変えたい、という願いからこの未来を構想しています。

作りたい人が作れる、それで生活ができる世の中を作りたいと思います。


自分の生み出したもので生きていきたい。幼い頃からそう想って今も生きています。これからも創ることが喜びでいられるように、いただいたお金を使おうと思います。