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8月の怪物

小学校の近くに健太くんという同級生の家があった。
放課後はよく3人で集まりドラクエやらウルトラマンの格ゲーやらをしていた。
スマブラでもポケモンでもマリカでもない。
あくまでドラクエとウルトラマンの格ゲーである。

健太くんの家に行くと決まってブルドッグ似のばあちゃんが出迎えた。
そしてみんなが持ってきたお菓子を没収するのである。入場料だ。
だが俺たちが部屋でドラクエのレベル上げを交代でしていると手作りの肉まんをくれた。

皮の外はコンビニの肉まんのようだったが噛んでみるとふわふわしておらず小麦がぎっしり詰まっており硬く、薄かった。潰したパンを想像してほしい。ただ中身が普通の肉まんよりもかなり塩辛い味付けで、それがなぜかあの皮と相性がよかった。
噛めば噛むほどというより噛まざるを得ないのだが、噛むたびに塩辛い餡の味がハードな皮に染み込んでいくのだ。

ドラクエで雑魚モンスターを倒しながら肉まんを咀嚼しているとまるで自分がモンスターと歯を食いしばりながら戦っているように思えたし、ウルトラマンの格ゲーで怪獣を使いウルトラマンと対峙しているとウルトラマンに噛みつきたくなった。
今思えばあれはVR体験の先駆けだったのかも知れない。

そんなある日、夏休みに健太くんの家でゲームをしている最中尿意を催した俺はトイレに向かう途中である光景を目撃した。
足に湿布を貼った健太くんのばあちゃんが俺たちが持ってきたお菓子を食べながら昼間から酒を飲んでいたのである。
大体予想はついていたが、自分で買いに行けば色々選べるからいいのになぜいつも没収するんだろう?と思った。

ある時、小学校近くの沼でザリガニを釣っている時に思い切って健太くんに聞いてみた。
「健太くんのおばあちゃん、なんでいつも俺たちの持ってきたお菓子を没収するの?」
「足が痛くて車が運転できなくて、お店にお菓子を買いに行けないからだよ。」
俺の住んでいた田舎はスーパーが健太くんの家から車で30分、コンビニも同じくらいかかった。
自分で運転しなくても、店内を歩き回るだけで辛いので外出も控えていると。

たまに家の掃除をするらしいが、痛み止めを飲んでどうにかやっていたらしかった。
あの肉まんを作るのも、わざわざ玄関に行くのも気を遣ってやってくれていたのか、と思うと少し申し訳なく、以来、健太くんのばあちゃんの顔を見るのが躊躇われ、しばらく健太くんの家では遊ばなくなった。

あれが食べたい、あそこへ行きたい、そんな理想の人間(自分)を思い描いた末に足の痛み、孫たちへの気遣い、家に籠る時間、段々と不自由になっていく身体…様々な気持ちを墓場から縫い合わせ、8月の侘しい昼間に誕生した、ブルドッグ似の強面のフランケンシュタインの怪物だったのか?

時は流れ、二十歳になった俺は中学校(小学校のメンバーがそのままいる)の同窓会に呼ばれた。
健太くんと再会し、あの時の事を振り返る。
「ばあちゃん元気?足はどうなの?すげーなんか、昔気を遣わせちゃって無理させてたみたいでごめんね。」
「え?」
「足が痛くて車も運転できなくて、掃除も痛み止め飲んでやってたとか健太くん言ってたじゃん?それなのに俺らの為に肉まんわざわざ作ってくれたり玄関来てくれたりしてたじゃん…」
「…」
「覚えてない?」














「ああ、ばあちゃんが買い物めんどくさくて玄関でお菓子取り上げてるの恥ずかしくて言えなかったから嘘ついてたんだ、ごめん!」








その日の夜、健太くんのばあちゃんに没収されたお菓子を思い出し、コンビニで買ったポリンキーをつまみにハイボールを飲んだ。




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