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日々即曙

しっかり洗濯乾燥された着物を見るのは気持ちがいい。曇天のもとであればなおよい。ここ精神科病棟内では、洗剤をスタッフルームに頼んで出してもらわなければならず、自己管理はできない。洗剤を大量に抱えて飲み、自害を行う者が現れるかもしれないとの配慮である。

机の隣では、スマホを時間限定で使用することを認められた大学生が喜んでいる。大学一年生の、二度と帰らない時間をこの病棟で過ごすことを決定づけられた彼女の精一杯ではあるもののかえって美しい喜びであった。眼の前で楽しそうにスマホカバーをいじる彼女を見ると、幸せとは日常性の損害/阻害からの復帰である、との私見は正しそうに思う。

何もないところからこのボールペン(この文章は手書きで下書きをする)を手に入れたこと、そして今修正テープまで手に入れたこと、それぞれが嬉しく、日々を煌々と照らした。日々即曙である。隣にすわる彼女の「快適だ!」と叫んだ姿は、今この瞬間において、最も病棟内で幸せな存在であり、天まで響くものであったに違いなかった。

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