歳差運動3-⑯
退勤時刻が過ぎ、職員室は俺と細井教頭の二人だけになっていた。 よく見るシチュエーションだなと訝った。デジャブかなと思ったが違和感がなかった。
「種田クン! 今度の授業参観は何やるんだね」
「えっ?」
藪から棒だし、正直に答えるのを躊躇した。このまま返事をしないと長い沈黙が起こりそうな気がした。それだけは避けなければならない気もした。
「道徳っス!」
とふざけて誤魔化すつもりだった。
「はあ?」
と負の強化的口調で言ってきた。
「どうしてまた?……神の啓示でもあったのかな、それとも…」
「んー、何とも…どうしてなのか皆目…」
またとぼけようとした。 ついでに
「道徳に神様は出てきませんよ、教頭先生。神様が出てくる話は宗教かと…」
何とか取り繕うとした。
「何やら嫌な予感がするが、道徳を見せる自信があるのね?」
カチンときたので
「ありますとも!目玉商品を用意していますよ。そうだ、教頭先生、この前は道徳の研修会ありがとうございました」
「そうか、それでか。道徳をヤル気になったのは…」
「それで…その目玉とやらは?」
勿体ぶって
「これですよ」
と自信満々の表情をつくって
「道徳教材を自作してみました」
1枚のA4用紙を教頭に差し出してみせた。 教頭は真剣に読んでいる風に見えた。
「教頭先生、私には考えがあったんですよ」
「ん?」
「道徳の教材文って、ドラえもんのようだと思いませんか?」
「はあ?」
今度は否定的な態度には見えなかった。 続けて
「しずかちゃんは明るくしっかりもんで正義感が強い。ところが友だちのジャイアンはけんかが強く暴力的で、スネ夫は強い方の味方はするし嘘はつくし優柔不断で、のび太はおっちょこちょいでへまばかりしている。道徳の教材文を見ると、女の子はしっかりもんで、男の子たちは思慮が浅く失敗をしでかす…ような物語が多いですよね。それって偏見を作り出しませんか?早い話、男は悪で女は善と…」
「まだあります」
「あと…教材文の中には登場人物の心情をニュアンスさせる情景描写やらト書きが出てきますよね。あれって、誘導尋問みたいで嫌なんです」
「…という考えで…教材文を自分で作ってみたんです!」
最後の言葉には力がこもった。
「すごいじゃないか、種田クン!この文、全部自分で考えたんだ!」
と珍しく俺のことを褒めた。
どうしたのだろうと不思議な感覚に襲われた。
そして、細井教頭は本当はいい奴なのかなあ、といつの間にか思い直していた………
………気づいたらよだれを垂らして事務机に伏していた。
第3章完
~第4章に続く