歳差運動2-①

子どもの人懐っこさにうんざりするときもあるがかわいく思えるときもある。

あれほど学級王国づくりに邁進したこの王様にたった1日で接近してくるあたりは小学生のなせるワザだろう。上司に媚びを売る小賢しいオトナとは明らかに違う。まあ、周囲の人間に同化することで身の安全を取り敢えず確保しようという人間の習性はいくつになっても変わらないだろうが…

5分休みにトイレから戻ると、

「センセイ…聞いてもいいですか?」

と少々小太りの女の子が近寄ってきた。

「はい…何でしょ?」

とこちらが警戒心をもっている。

「先生は何才?」

他愛もない質問だが、お近づきのあいさつなのだろうよ。初対面では、いきなり“天才”とかオヤジギャグをかますわけにはいかない。かと言って正直に答えてもつまらない。

「んーん、超難問だなあ」

としらを切るつもりだった。

「40才くらいでしょ?」

と質問した女の子の厚みのある背中に隠れていた別の女の子が小声で言った。

「うちのお父さんと同じくらいに見えるもん」

今度は小太りの女の子の脇にしゃしゃり出て言った。

間髪入れずに、

「その通~り!」

テレビでよく見かけるピアノのコマーシャルのまねをした。椅子から立ち上がり、その女の子に握手を求めたが、向こうはすぐに後ろに退いた。

おっといけねぇ。小学生相手とはいえ、むやみに手を握ったりすると昨今はあらぬ嫌疑をかけられる。小児性愛者だとかロリコンだとか…自己防衛が求められる哀しい時代だよ。

「うそだよ!50才は過ぎてるよ、うちのお母さん言ってたもん」

と色白の第三の女の子が横やりを入れてきた。かわいくない子どもだ。友好関係の破壊者だよおまえは…


年度初めのこの時期は、猫の手も借りたいほど忙しい。5分休みであっても、多岐にわたる学級事務を少しでも片づけたい衝動に駆られる。だが、今は努めて子どもの相手をしてやらねばならない。子どもが話しかけてきたのに門前払いをしていたら王様どころか、それこそ悪代官に格下げになってしまう。ここは我慢のしどころ。悪代官ではなく笑顔笑顔の水戸黄門を演じなければ…ご老公より老けてはいないが…

そろそろ次の授業に移ろうかと思った矢先、今度は小柄な男の子が接近してきた。俺の座高よりも身長が低い。座って話すのには都合のいい高さだ。