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【連載】ヒーローは遅れてやってくる!! 第三十五話 よりよい世界にしていくために

【前回までのあらすじ】
 ふて寝をしている吉郎は夢の中でサロキンと会う。サロキンは吉郎にこれまでのイデア界での出来事を教えるという。サロキンの回想の世界に吉郎は入っていく。


[第三十五話] よりよい世界にしていくために


 サロキンの細く柔らかな金髪が涼しい風に揺れている。
「教えてくれよ。全部。俺は知るべきなんだ」
 吉郎の言葉にサロキンは軽く頷くと、洋館の扉に両手をついた。グッと押し込むと、重い扉は開き、エントランスの開けた空間が目に飛び込んできた。
 白衣を着た人々がエントランスを埋め尽くしていた。サロキンは吉郎を手招きし、建物に入った。
「ここは夢の中とはいっても過去の記憶の再現のようなものだ。彼らには僕達の姿は見えないし、話しかけたりもできない」
 吉郎は無言でエントランスを歩き回る。姿は人間だが、どこかで会ったことがあるような気がする人も何人かいるようだ。そんなはずはないのだが、と思っていると、美女をつれて歩いているセリグとすれ違った。
「セリグ……!?」
「そうだ。あの人はブラック・アルケミストの幹部のセリグさん。力学に強いアルケミストだ」
 吉郎はいくつかワイングラスを乗せたお盆を持って給仕をしている男にも見覚えがあった。
「あの男はナホジェか?」
「ああ、その通りだよ」
「マジかよ、あいつここではそんな立場なんだ……」
 つまりここにいる人達の中には、この後イレナクルフによって邪悪な存在にされ、ブラック・アルケミストの刺客となる人達が混じっているということだ。言われてみれば、見覚えのある人達は今まで倒してきた誰かに似ているような気がしないでもない。しかし、吉郎の関心は倒してきた数々の刺客より、一人の女性に向けられていた。
「あ! セリグの隣にいる女の人ってアルゴンか!」
 吉郎はにこやかに他のアルケミスト達と話しているセリグとアルゴンに駆け寄ってまじまじと観察した。
「あの時はやつれていたからわからなかったけど、アルゴンってこんなに綺麗な人なんだな!」
「見えてないとはいえ、あまり近づくなよ。みっともないぞ」
「セリグとアルゴンは今どうしてるのかな。邪悪なパワーから解放されてから一度会ったんだよ、俺」
 サロキンは一瞬言いにくそうな雰囲気を出したが、吉郎に事実を告げた。
「セリグさんとアルゴンさんは、お前と別れた後、イレナクルフ様に封印された」
「何だって!?」
「ブラック・アルケミストの構成員はほとんどイレナクルフ様の呪文で言うことをきいている状態だった。お前がゼリオンさんの力で彼らをイレナクルフ様の呪文から解放した後、清廉潔白になった人達はほとんどブラック・アルケミストから手を引いた。イレナクルフ様に逆らわないことを条件にな。セリグさんとアルゴンさんはイレナクルフ様の闇の研究に深く関わりすぎたんだ。イレナクルフ様は二人から研究結果を奪い、二人が反旗を翻すことがないよう力を封印した」
「そんな……」
「セリグさんとアルゴンさんだけじゃない。お前が宿しているゼリオンさんの力も、イレナクルフ様の力で肉体から引き剥がされ、封印されそうになったものだ。それに、ヘルメスさんも力の結晶となって保管されているうちの一人だ。僕はそれを持ち出してもお前に勝てなかったが」
 吉郎はユキルがヘルメス様と呼んでいたフラスコの光を思い出す。銀色の光はサロキンの意に反して戦闘を拒み、サロキンはエルベーを置いて逃げ帰ったのだ。
「ヘルメスって。あれは勝つとか負けるとか以前の問題だったろ」
「うるさいな」
「ゼリオンとヘルメスはどこにいるんだ? それに、イレナクルフとレカラプにも会ってみたいな」
 サロキンが中央の階段を指さした。
「もうすぐ出てくるよ」
 階段の向こうの扉が開き、中からサロキンと中高生くらいの女の子が出てきた。両側で扉を押さえていると、続いて、白髪で口髭を生やした、古代ギリシャの哲人といった風な大男と、銀色の髪に透き通るような白い肌の女性が出てきた。吉郎はそれがゼリオンとヘルメスだと一目でわかった。さらに、黒くて足元まで引きずる長いカールした髪を靡かせて背の高い女性がレカラプを連れて出てきた。ということは、あれがイレナクルフだと吉郎は理解する。
「あのちっちゃい女の子、どっかで見たことあるんだけどな。誰なんだろう」
 吉郎は回想の中のサロキンと一緒に扉を押さえている女の子に目を凝らした。誰かの面影があるようだが、ピンと来なかった。
「わからないのか?」
「え、わかんないんだけど」
「ユキルだよ」
「嘘だろ!?」
 吉郎は女の子をさらにじっと見る。
「猫耳も羽もついてないじゃん!?」
「バカ。あれはイレナクルフ様がユキルの力を封印する時にふざけてつけたものだ」
「そうだったの!?」
「ユキルは戦闘向きのアルケミストではない。ユキルはどんなに分が悪くなってもブラック・アルケミストに対抗し続けた。けど、あまり強くないからイレナクルフ様は大目に見てやったんだ。完全に力を封じ込めない代わりにファンシーな見た目に変えられた」
「そんな理由だったんだ!?」
「始まるぞ」
 サロキンは階段の上に集まったゼリオン達の方を顎でしゃくった。吉郎もそちらに注意を向ける。
 ゼリオンが手をパンパンと二回打って一同の注意を自分に向けた。洋館にいた人達の視線は全員階段の上のゼリオン達に注がれている。
「皆の者、よく集まってくれた」
 それが吉郎が聞く初めてのゼリオンの声だった。温かな日光のような、皆を包み込み見守ってくれるような優しい声だった。
「昨日の研究発表会では、皆の成果をこの目で見られて大変に有意義であった。今日は懇親会だ。難しいことは忘れて、大いに楽しんでくれたまえ」
 エントランスでは拍手が巻き起こる。吉郎も釣られて拍手に加わる。
「挨拶が済んだら、私達もそちらへ参ろう。では、一言ずつ、こちらにいる3人から言葉を頂こうと思う」
 ヘルメスが一歩前に出て、階下に微笑みかける。満月に照らされるようなほっとする感覚を吉郎は感じた。
「私達イデア界のアルケミストは、この素晴らしい理想郷を享受する同志として、互いに慈しみ合い歩んでおります。そのようなよき日が永遠に続くように願っております」
 またもや拍手が起こるが、吉郎の手は止まっていた。この後フラスコの中に封印されてしまう未来をヘルメスはまだ知らないのだ。ここにいる人達も、これから互いに敵対し合うことを知らない。
 ゼリオンは、斜め後ろでイレナクルフの肩を抱いているレカラプに前へ出るように促す。
「レカラプ、君からも何か言ってくれないか」
「私はいい。イレナクルフの言葉が聞きたい」
「遠慮するな。さあ、こちらへ来たまえよ」
 レカラプの胸に頬と手を当て、ピッタリとくっついているイレナクルフは、ほんの少し顔を斜め上に傾けてレカラプの方を見つめた。黒真珠のように吸い込まれるような輝きを放つイレナクルフの目は、その反面、刺すような鋭さも感じさせ、イレナクルフの内面のエネルギーを彷彿とさせるものがあった。
「あなたが良いと言うのなら、私は構わないわよ」
 レカラプはイレナクルフの言いなりのように見えた。自分の意思で行動していると本人は思っているようだが、周囲からはイレナクルフの美貌に目が眩み、真実を見極められていないのがはっきりと見て取れた。
 レカラプから離れて、前に出るイレナクルフ。一歩踏み出すごとに美しい黒い羽が舞い落ちるかのような軽やかさだった。
すぐそばで控えている回想の中のサロキンはレカラプの方をじっと睨みつけていた。その目には嫉妬の炎が燃えていた。鈍い吉郎でもサロキンがイレナクルフに好意を抱いていることに気付いた。吉郎は自分の隣で回想を見ているサロキンの顔色を見る。すると、そのサロキンもやり切れない表情でレカラプの方を見ていた。
「お前、イレナクルフが好きだろ?」
「はっ? な、何を言ってるんだ」
 サロキンは言葉とは裏腹に動揺しまくりだった。
「わかりやすすぎだろ」
「わかりやすくない。僕はただイレナクルフ様のお役に立ちたくて、こうしてやっているだけだ」
「あっそ」
 吉郎はサロキンの弱みをゲットしてご満悦だった。
「私には今回の研究発表会ではっきりとしたことがありますわ。私の研究がこのイデア界のありようを一変させ得る可能性を秘めているということです。イデア界を更なる高次元世界に引き上げるために、よりよい世界にしていくために、私が先陣を切って研究に携わることをここにいる皆様にお約束いたします」
「ブラボー!」
 どこからともなく声が聞こえてきた。アルゴンの声だった。拍手が起こるのは今までと同じだが、どことなく雰囲気が違うのを感じる。まるで、拍手を強制されているような、心のこもっていない乾いた音が響いているだけだった。ただ、アルゴンだけは心の底からイレナクルフを賞賛しているのだとは読み取れた。
 ユキルとヘルメスに無理矢理突き出されて、レカラプもスピーチをさせられた。仕方ないといった様子でレカラプは話し始める。
「私は彼らの研究に対する熱心さにいつも驚かされる。特にゼリオンとイレナクルフは別格だ。イデア界のために力を尽くそうとする彼らのサポートになれるよう、これからも頑張っていくつもりだ」
早口で言い終わるとレカラプは照れ臭そうにまた後ろの方に引っ込む。すかさずイレナクルフはレカラプに近づき、レカラプの頬に手を当てる。
「全く、目立ちたがらない人ね」
「私は君さえ良ければそれでいい」
「愚かね」
 背後でレカラプとイレナクルフがいちゃついているのを無視して、ゼリオンは会を進行る。
「さあ、それでは私達も下に降りるとしよう」
 ゼリオンはヘルメスの手を取り、レカラプはイレナクルフの肩を抱き、階段を降りて人々に混ざっていった。回想の中のサロキンと人間の姿のユキルも仲良く料理のテーブルにダッシュする。
「この時は皆、仲良しじゃないか」
 吉郎はサロキンに言う。サロキンはゼリオンやイレナクルフ、ヘルメス、レカラプを注意深く観察しながら答える。
「だけど、もう既にここに火種があったはずなんだ」
「はずって何だよ」
 サロキンは目だけはゼリオン達を追ったまま、説明を始める。
「僕はイレナクルフ様の陣営で戦ったから、ある程度のことは見てきている。でもそれは全てじゃない。僕の知らないことがもしかしたら繰り広げられていたかもしれないんだ。例えば、お前がゼリオンさんの力を宿すに至った経緯も、その場で見て確認したわけじゃない。ゼリオンさんが失踪したことや、ヘルメスさんの封印、それにゼリオンさんの本体が入った容器が見つからなかったこと、お前がゼリオンさんの力を使っていることなどから導き出した憶測だ。第一、最強のアルケミストと言われていたゼリオンさんがこうもあっさりと封印されそうになったこと自体が不思議なんだ。僕はそれを知りたくてここに来た」
「なるほど、それがお前の目的か。やけに親切だと思ったけど、俺のためじゃないのね」
 吉郎は本気でサロキンが手助けしてくれるのだと思っていたことは黙っていた。
「僕の記憶の中だけでは僕の知りたい答えは見つからないかもしれない」
「お前の記憶の中?」
「そうだ。ここは主に僕の記憶に基づいて作られた回想の世界だ。僕の視点からだけでは、僕の見つけ出したいものは見つけられない」
「じゃあ、他の視点から見た回想はどうやって見るんだよ」
「お前を通してゼリオンさんの記憶を見せてもらう」
「なるほど……って、そんな事できるのか!?」
 吉郎は納得しかけたが、すぐに矛盾に気付いた。。
「さっき、ゼリオンは固く心を閉ざしてるとか言ってなかったか? 手伝ってくれるのかよ、そんなんで」
 サロキンは回想の中のゼリオン達から視線を移し、吉郎の目を見た。
「ゼリオンさんはここの回想にも何割か記憶を使わせてくれた。他の場面も少しは見せてくれるかもしれない」
 サロキンは歩き始める。
「行くぞ。今度はイデア界を真っ二つにした戦争が始まってからの出来事だ」
 サロキンの後ろを吉郎は素直について行く。階段を上り、ゼリオン達が出てきた扉を開けて中に入る。

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