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【連載】黒煙のコピアガンナー 第八話 報復部隊

[第八話]報復部隊

 あれは数年前のことだった。
 その年は異常気象で雨がよく降った。不作が続き、老人と乳幼児の死亡が後を絶たなかった。健康な人達も数ヶ月続く長雨にうんざりしていた。このままずっと晴れないままなのではないかと心配するほど雨は毎日降り続けた。
 ある真夜中、グレイブは道の真ん中で雨に打たれて立ち尽くしていた。雨の夜に出歩く人は他にいない。少し前まで灯りがついていたバーも今は静まり返っている。
 グレイブの服にはおびただしい量の血液が付着していた。雨がそれを洗い流した。赤く染まった雨の流れる先にはもっと大きな血溜まりが広がり、中央に一体の死体が転がっていた。ざあざあ降る雨は死体から流れる赤黒い血と混ざり、徐々に血溜まりを大きく広げていいった。
 あの夜からグレイブの耳の奥に激しい雨音がずっと消えない。

*     *     *

 アマンダがデモ隊の一部を率いて撤退した数時間後の朝、グレイブ率いる報復部隊は逃げたデモ隊を全員捕縛し、バーの前の道に並んで座らせていた。未成年を多く含むデモ隊が報復部隊と対立したことは瞬く間に広まり、見物客がバーの近くに人だかりを作っていた。
「グレイブ兄貴、本当にやるんすか?」
 そう質問するのはクロエを撃った男ビルだった。安いウイスキー片手に銃の手入れをしている。報復部隊は全員グレイブの指示に従って配置についていた。バーの中にはビルとグレイブがいる。テリーが道の真ん中でデモ隊に目を光らせ、少し離れた民家の屋根の上でホークが待機している。
「こんなのは報復でも何でもねえ。ガキの子守だ」
 グレイブはそう言うと、バティラ兄弟が座っているテーブル席のイスの脚を蹴って二人を立たせた。バティラ兄弟もデモ隊と同じように後ろ手に縛られていて自由に動くことはできなかった、
「お前ら。自分のやった事がどんな結果を生むか、そこでちゃんと見とけ」
 バティラ兄弟は報復部隊を騙ってデモ隊をけしかけ、暴力沙汰に発展させたことでお咎めを受けていた。罰はグレイブからの鉄拳一発ずつと半年間の謹慎だ。半年後もすぐには略奪部隊には戻れない。謹慎期間は銃の所持も認められないし、暴力事件を起こしたらギャングに戻れなくなる。バティラ兄弟はその命令を言い渡された時、不服そうにしたが、テリーから報復されないだけマシだと思えと諭され渋々受け入れたのだった。
 バティラ兄弟はグレイブに引っ張られバーから出て軒先のベンチに座らされた。グレイブが出てくるのを見て男女が一人ずつ人だかりから抜け出てグレイブを大声で呼び止めた。
「おい! グレイブ! 娘はどこなんだ?」
「うちの娘もここにはいないのよ。何したんですか? 娘は無事なんですか?」
 彼らはアマンダと共に逃げた女子達の親だった。デモ隊が危険だと聞いて子供が心配で見に来たのだった。
「うるせえ! あいつらはここにはいない」
 グレイブが声を張り上げると、男はグレイブの胸倉を掴んで揺すった。
「アンタ達が殺したのか!? 俺の娘を!」
 グレイブは男を軽く跳ね飛ばした。そばで女が悲鳴を上げる。
「そんなにガキが心配ならデモなんかさせるな。縛りつけてでも家から出すんじゃない」
 女は男を起こした。
「マルトルさん、大丈夫?」
「ああ、私は平気だ。ありがとう。コースターさん」
 男の方はクリス・マルトルと言った。女はイボンヌ・コースター。二人はこの町で普通の生活をしている一般住民だ。普通にしていればギャングになど関わることはなかったはずの人達だった。
二人が肩を落としてバーに背を向けた時、人だかりでは別の人が悲鳴ともつかない大声を上げて自分の娘の名前を呼んでいた。
「クロエ! どこにいるんだ!? クロエ!!」
 それはクロエの父親のサントス・メリーナだった。サントスはクロエがいないとわかるとどこかへと走って行ってしまった。
「う……っ」
 クリスは左脚を柱に強打していた。ふらつくクリスをバーの裏手の人気のない所に座らせて、イボンヌはクリスの左脚の状態を診た。おそらく打撲だろうとイボンヌは思った。
「しばらくここで休んだ方がいいわ。もう年なんだから無理しないで」
「ああ、そうしよう……すまない。娘が一大事だっていうのに……」
 クリスは手で顔を覆ってめそめそ泣いた。イボンヌはその姿を見まいと頭を下げていた。

*     *     *

 アマンダ達は日の出前に枯れ木小屋を出発し、見晴らしのいい丘でバークヒルズの状況を探っていた。アマンダとニッキーが草むらに身を忍ばせてジョンの望遠鏡で町を見回す。
「ダメね、この望遠鏡。片方のレンズが割れてて見づらくて仕方ない」
 ニッキーが明るくそう言うのをアマンダは黙って聞いていた。朝の寒さで手がかじかんで小刻みに震えていた。ニッキーがそれに気付き、アマンダの手を握る。
「緊張してるの?」
 アマンダは横を向いてニッキーと視線を交わらせる。ニッキーの目はとてもあたたかくて優しかった。
「私が皆を巻き込んだ」
 ニッキーはアマンダがそう言うと呆れたように溜息をついた。
「まだそんな事言ってるの? 私達は自分の意思でアンタについてきたんだって何度も言ったでしょ」
「でも、あの場に私が行かなかったらこんな事にはならなかった」
 ニッキーはアマンダの気が軽くなるようなことを言おうと口を開いたが、何かを言う前にアマンダの後ろに女子達が集まってくるのを見て言うのをやめた。
「遅かれ早かれこうなるって思ってたのよ、私」
 そう言ってアマンダの隣に寝転んだのは、デモの時にアマンダの隣に座っていた女子だった。その隣にもう一人の女子が寝転んでアマンダに笑顔を向ける。
「ギャングへの不満は溜まる一方なのに、私達はギャングがいなければ生きていけない。いつか不満が爆発してギャングに反旗を翻して、報復されて死ぬんだろうと思ってた」
「アマンダがいなかったら私達皆殺しだった。あなたがいたから状況が変わったのよ」
 アマンダは納得していない様子だった。だが、二人の女子はアマンダを励まそうと言葉を続けた。
「私達は自分の力で未来を勝ち取りたいの。そのためならギャングと戦うことだって辞さない。もう決めてるのよ、私達」
 手前の女子がアマンダの手を握った。奥にいる女子も手を伸ばしてそれに重ねた。その場にいた全員が手を取り合って団結していた。
「私、ギヨーム・マルトル」
 手前の女子がそう名乗った。マルトルという苗字は聞き覚えがあった。町で唯一の床屋をやっていたはずだった。その跡取り娘がギヨームだとアマンダは察した。
「私はリリアン・コースター。よろしくね」
 リリアンのこともアマンダはどこの家の子なのかすぐにわかった。母親が快活な人で、声が大きいおばさんだ。乳牛の農場を営んでいて、町から少し離れた所に住んでいる。リリアンの鼻はおばさんそっくりの団子鼻だった。
「皆、ありがとう」
 そう言うと、アマンダは向きを変えてジョンとダニエルとクロエがいる地点まで戻った。女子達もそれに続く。
ジョンとダニエルは馬車の前で武器のチェックをしていた。馬車の中でクロエがかすかに寝息を立てている。
 鉄工所はギャングの所有している武器の定期メンテナンスを請け負っているので、ダニエルも銃の扱いには手慣れていた。弾を補充し、照準が狂っていないか構えて確認する。ジョンとダニエルの手際の良さに女子達は見惚れてしばらく声をかけられなかった。
「ジョン、デモ隊の皆はバーの前の道に座らされてる。テリー兄さんが見張ってて、ホーク兄さんが3軒先の家の屋根にいる。ビル兄さんとグレイブ兄さんはバーの中」
「そうか」
 ジョンは作業を終え、立ち上がった。
「覚悟できてるか?」
 アマンダ達は首を縦に振った。

*     *     *

 時間はすでに午前11時を回っていた。
 捕まったデモ隊の男子達は顔をボコボコに殴られて抵抗する意思すら残っていなかった。縛られて道端に並んで座らされて、水も飲ませてもらえず監視されている。住民が起きてきて見物客が増えてくると今度は見られている精神的苦痛も加わって一層惨めだった。
 女子達がアマンダと一緒に逃げたというのは彼らの耳にも入っていた。じきにアマンダ達も捕まるだろうと男子達は思っていた。
 一台の馬車がこちらに向かって走ってくる音を聞いて男子達は顔を上げた。前方に見える馬車を引いている馬はジークフリートとスプラッシュだ。男子達はアマンダとジョンが助けに来たのだとわかって表情を明るくした。
「あらあら、あんなに顔をボコボコに殴られて」
「アマンダと一緒にいて正解だったのかしらね、私達」
 ギヨームとリリアンは自分の持ち場の物陰から男子達の様子を窺っていた。建物と建物の間の細い路地で待機している二人からはバーの前の道が見えていたのだった。
 男子達は初めは助けが来たと顔をほころばせたが、馭者が座っているはずの場所に誰もいないことに気付き、ざわつき始めた。これから何が起こるかわからない不安を各々が自覚した次の瞬間、馬車の左右の扉が開き、銃口が男子達に向けられた。
 パシューン!
 撃たれると思った男子達が目をぎゅっと閉じたり喚き散らしたりしている後ろで普通の銃声とは違う発砲音が鳴った。黒煙が辺りを覆いつくし、野次馬達が散り散りに逃げて行く。
「おい! どうなってるんだ!」
 視界が遮られたテリーはナイフを出して手当たり次第に振り回す。その少し先でギヨームとリリアンがハサミと包丁でデモ隊の男子達の手足を縛っているロープを切って回る。
「逃げて!」
 リリアンの掛け声で男子達が一斉に走り出した。
 この黒煙は報復部隊の人間以外の視界は遮らない。ものの数秒で30人分のロープを切ったリリアンとギヨームは男子達と一緒に馬車の背後に回った。ジョンはそれを確認するとジークフリートとスプラッシュに合図して馬車をUターンさせた。
「町の外まで走れ!」
 馬車から顔と腕を出し、威嚇射撃をしているダニエルが男子達に向かって叫んだ。ジョンとダニエルは報復部隊に追いつかれないよう銃弾を少し先の地面に向けて発射し、足止めしていた。馬車の中でクロエが銃弾を込めてジョンとダニエルに渡していた。男子達は気力を振り絞って腕を振り足を前に出し町の外へと突き進む。
「ギヨーム! 何やってる!?」
「リリアン!!」
 しかし、騒ぎを知って大通りに出てきたクリスとイボンヌがギヨームとリリアンが馬車のそばを走っているのを見かけて追いかけてきた。
「お父さん!」
「ママ、放して!」
 ギヨームとリリアンは親に腕を掴まれて路地に連れて行かれた。
「ギヨーム! リリアン!」
 ダニエルの叫び声に返事はなかった。

*     *     *

 一方、民家の屋根で待機していたホークはどこからか立ち上った黒煙に視界を遮られ、ライフルを抱えて屋根伝いに移動中だった。だが、黒煙はホークを追ってきているのでどこへ逃げても視界は回復しない。
「うりゃあ!!」
 ある地点で待ち伏せていたアマンダがホークに突進してきた。ホークは屋根から転がり落ちた。そこには布の袋で作った罠が仕掛けられていた。ホークが落ちてきたことを確認すると、ニッキーが紐を引っ張り袋の端を閉じた。
「おい! 開けろ!」
 ホークが巨大な巾着袋の中でもがいているのを見てニッキーはちょっぴり笑った。簡単に口が開かないように柱に紐をしっかりと結んで、アマンダとニッキーはその場を離れた。

*     *     *

 アマンダとニッキーはゆっくりと町の端へ向かう馬車に追いつき、ジョンに声をかけた。
「ホーク兄さんは上手くいったよ!」
「こっちもだ」
 ジョンは銃を撃つ手を止めずに返事をする。ニッキーはギヨームとリリアンの姿が見えないので絶叫する。
「待って、ギヨームとリリアンは!?」
「親に連れて行かれた!」
 アマンダはそれを聞くと考える間もなく元の道へと走って戻った。
「アマンダ! 行くな!」
 ジョンが叫ぶがアマンダには届かない。アマンダは二人を探しに真っ直ぐ駆け戻っていく。
「これ頼む」
「ええ!?」
 ジョンは馬車から飛び降り、ニッキーに銃を渡した。ニッキーは驚きつつも咄嗟のことで銃を受け取ってしまう。
「ちょっと! 私、銃なんか撃てないよ!」
 ニッキーの悲痛な訴えも届かず、ジョンはアマンダを追ってずっと先まで行ってしまった。
「ニッキー!」
 ダニエルが射撃をやめ、クロエの膝をまたいで反対側から顔を出し、ニッキーに手を差し出した。
「乗れ!」
 ニッキーはその手を掴んで馬車に乗った。
「だ、大丈夫かな……」
「でもやるしかないだろ」
 ニッキーは震える手で予め教わった通りに銃を構え、トリガーを引いてみる。
 けたたましい音を立てて銃弾が発射された。銃を握った手が熱くなる。弾がどこへ飛んで行ったのかは見えなかった。
その衝撃で、ニッキーは己の奥底がすっと軽くなったような気がした。
ニッキーは今度はしっかり銃を構え、地面を狙って銃をぶっ放した。

*     *     *

 バーの前にはグレイブが立ちはだかっていた。
 野次馬連中は黒煙に驚いて逃げ回り、近くには一人も残っていなかった。
 アマンダとジョンは二回り以上大きいグレイブの巨漢に気圧されることなく、前に躍り出た。
「かかってこいよ」
 グレイブが言うと、アマンダとジョンは同時にグレイブに突撃した。
「うおおおおお!!」
 グレイブの力はバティラ兄弟とは比較にならない強さだった。どんな攻撃も簡単にかわされてしまう。グレイブは赤子の手をひねるように同時に二人を相手し、その間アマンダもジョンも一発も当てることができなかった。
「どうした。お前達の恨みはそんなものか!」
 グレイブは二人の攻撃をかわしながら叫ぶ。
「そんなんで俺に歯向かうつもりだったのか!」
「どりゃあ!」
 アマンダが渾身の蹴りをグレイブに放つが逆に足を取られて投げ飛ばされた。
「ガキが自分の思い通りにならねえからってわがまま言いに来たのか!」
 グレイブはジョンの腕を掴んで捻り上げ、関節技を決めた。
「ぐああっ!」
「報復が治安維持のために必要だってことくらい、お前は理解しているはずだよな、ジョン? お前は前からギャングの仕事に従事してきたじゃないか。それも自分から志願して入って最も厳しい俺の部隊に配属された。そのお前が何で今俺に歯向かってるんだ? あ?」
「やめろ! ジョンを放せ!」
 アマンダは小さな拳でグレイブの広い背中をドンドンと叩くが、グレイブには全く効果がない。ジョンが抵抗する気をなくしたとわかるとグレイブは手を放した。ジョンはその場で崩れ去って涙を流しながら吐いた。
「アマンダ。お前にはしっかり教え込まないとな。報復の意味を」
向きを変えアマンダと正面から向き合ったグレイブはものすごく大きく感じた。アマンダは思わず後ずさる。
「妹だと思って大目に見てやっていたが、もうやめだ。第一お前は俺と同じ人殺しなんだからな」
 グレイブからは明らかな殺気が駄々洩れていた。半端な覚悟じゃ立っていることすらままならない。アマンダはガクガク震えてコピアガンを構えた。
「そいつは便利な銃だ、アマンダ。力のないお前でも扱えるし、やり方によっては相手を殺すこともできる。そいつを持ったお前と俺、どちらかだけが許されて、もう片方が許されない道理はねえだろうがよ」
 グレイブはアマンダのコピアガンの前につかつかと歩み寄ってきた。アマンダはなぜだか全く撃てる気がしなかった。コピアガンはキラキラ輝いているのに、アマンダの中の激しい怒りより恐怖の方が勝っているようだった。
「う、撃つぞ……たとえ兄さんでも、私は……」
 グレイブはドンッと足で地面を踏み鳴らした。アマンダはその音でビクっと跳ね上がる。
「撃ってみろ! この俺をな! 親友を殺して報復部隊を結成したこの無様な俺を撃てるもんならな!」
 グレイブは血走った目でそう言った。アマンダはそのあまりの気迫に身動き一つ取れずにいた。鬼気迫る表情でグレイブはアマンダに詰め寄った。
「どういうこと……それ……?」
 辛うじて働いていた思考がグレイブの言葉の意味を遅れて理解する。
 グレイブは胸にコピアガンの銃口を押し付けていた。アマンダは震えたまま狂気に満ちたグレイブの顔を見上げる。グレイブの血走った目はアマンダではない別の何かを見ているようだった。

*     *     *

 それは数年前のこと。その頃、バークヒルズはリヴォルタからの支援が打ち切られるとなって大騒ぎになっていた。ギャングが何かリヴォルタの気に障ることでもしでかしたのではないかという噂が流れ、ギャング排斥論を訴える住民まで出てきた。その時既にギャングに入って活動していたアトラスやグレイブは雲行きが怪しくなってきたことに不安や焦りを感じていた。
 武器庫番をしているだけのアトラスは自分に火の粉が降りかからなければいいと比較的に楽観視していたが、町中に出て働いているグレイブは割り切れるものではなかった。
 ある夜、幼い頃からの親友カイルが酒に酔ってグレイブに絡んできた。グレイブより三歳年上のカイルはバーの常連で暇になるとすぐに酒を飲みに来た。
 廃棄物処理の仕事をしていたカイルは汚物の染みが取れない上着を洗う暇なく毎日着ていた。長雨で廃棄物を燃やすことができない日が続き、ストレスが溜まっていたらしかった。
「なあ、最近お前らおかしいんじゃねえのか?」
 カイルはやっと倉庫の仕事が終わって帰ろうとしていたグレイブを道の真ん中で呼び止めた。雨がひどくなってきたのでさっさと帰りたいと思っていた。
「カイルか。わりいが今日はもう帰らせてくれ」
「連れねえこと言うんじゃねえよ。ちょっと話聞いてけって」
 カイルはグレイブの肩に手を回して強引にバーに引きずり込もうとした。
「カイル、もう店じまいだっつってんだろ。さっさと家帰ってくれ」
 バーの店主が呆れ顔で出てきた。看板をしまうとカイルが入って来られないようにそそくさと中に入り鍵を閉めてしまった。
「何だお前。そんなに酔って。大丈夫か?」
「大丈夫だよ。飲まねえとやってらんねえんだからよ」
 グレイブは濡れてさらに異臭を放つカイルの上着から顔を背けて、やんわりと断ろうとした。
「おい、お前。帰ろうってんじゃねえだろうな」
 カイルが今度は強引にグレイブの肩を掴みバーに連れ込もうとした。だが、扉は開かず、カイルは何度かガチャガチャとノブを回して悪態をついた。
「しゃーねえな! うちで飲もうぜ」
「もうやめろって。何時だと思ってるんだ」
「ギャング様は庶民に配給されてる安酒じゃ満足しないってか」
「なんだと?」
「図星か。お前らがリヴォルタの支援物資を横領してるって噂になってるんだぞ。俺達には余りもんだけ寄越していい思いしやがって。そいつがバレてリヴォルタから支援を打ち切られたんだろ? そうなんだろ?」
「バカなこと言うんじゃねえよ! 俺達が住民のためにどれだけ身を切って働いてるかお前は知ってるだろ!」
「その見返りがあるからだろ? 特権階級様?」
「てめえ、調子に乗るんじゃねえぞ!」
「ああ、やってやるよ、俺ァ!!」
 グレイブとカイルは互いに殴り合った。幼い頃から何度も喧嘩してきた仲だった。今回もそのうちの一つだと思っていた。
気が付いたら、カイルは足元で動かなくなっていた。グレイブは自分でも気付かぬうちにギャングの支給品のナイフを抜いたらしかった。頭に血が上っていて何も覚えていなかった。
 後日、カイルの死はバークによって報復第一号と発表された。これからはギャングに危険因子と判断された人間はグレイブの部隊が報復する。グレイブの罪は報復部隊の結成によってなかったことにされたのだ。

*     *     *

 アマンダとグレイブは固まったまま動けずにいた。グレイブはコピアガンを撃てと目で訴え、アマンダはグレイブに説明を求めた。二人は互いの要求を拒絶し合って、均衡を保っていた。
「アマンダがギャングに入った時と同じ、グレイブが報復部隊を結成することになったのは、人を殺してしまったからだ。父さんはグレイブの殺人を利用してギャングに反抗心のある人を見つけ次第殺させる報復部隊を創設した。ついでにその頃からギャングの人員整理もして、自分の親類縁者のみでギャングが構成されるようにしていった」
 アマンダの背後から声がした。質のいい革靴の足音がだんだんと近づいてくる。アトラスだとアマンダは顔を見なくても察した。
「グレイブも報復なんて不本意なことをさせられていた被害者だ。でも、父親に反抗することもできず、ズルズルとここまで来てしまった。グレイブは罪を重ね続けたし、君の怒りも当然だ。君がまだグレイブを憎んでいるならこんなチャンスは今しかない」
 そう言うとアトラスは後ろからアマンダを抱きしめた。アマンダの腕に自分の腕を重ねて、キラキラ輝くコピアガンを一緒に握った。
「さあ、アマンダ。撃ってごらん」
 アマンダはアトラスに言われるがままにゆっくりトリガーを引いた。
 が、コピアガンは発射されなかった。
「なんなんだよ……」
 グレイブはよろよろと力なく後ずさって、ドサッと尻餅をついた。コピアは輝きをやめ、コピアガンの中で穏やかに漂っていた。
「何で……?」
 アマンダには何が起きたのかわからなかった。自分はたしかに撃とうと思ってトリガーを引いた。それなのに、何も起こらなかった。
「君の気持ちが離れたからだよ、アマンダ」
 なぜかアトラスの方が知ったような口調で言った。
「真実を知ったことで君のグレイブへの怒りが揺らいだんだ。グレイブを殺したって何にもならない。だから撃とうとしてもコピアは反応してくれない」
「そうなのかな……」
 アマンダは納得いかず、コピアガンを色々な角度から見たり、音を聞いたりして確かめてみた。撃てそうな気配は全くしてこなかった。
「はいはい、兄妹ケンカはこれで終わり! 解散!」
 アトラスは手をパンパンと打ってその場を収めた。アトラスの部下達が出てきて後片付けを始める。ジョンは担架で病院へ運ばれて行った。
 アマンダは去ろうとするグレイブの背中に声をかけた。
「グレイブ兄さん」
「何だ?」
「あの、ごめんなさい」
「謝るんじゃねえよ」
「でも……」
「俺達ギャングは汚れ仕事を請け負うのが役目だ。批判も憎悪もわかっててやってんだ。お前もギャングならいずれわかる。いや、どうだろうな」
「え?」
 グレイブはそれ以上何も言わずに行ってしまった。アマンダは町の外へ逃げたニッキー達を呼び戻さなくてはと走った。

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サーシャ
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