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二本松泰子さん ー 被虐待歴を書籍として世に問い、そして消えたライター

「二本松泰子」とは?

 二本松泰子さんという、将来を嘱望されていたライターがいました(研究者の二本松泰子さんとは別人)。被虐待歴と自らの依存症からの回復を赤裸々に記事化し、35歳だった2001年には単著『愛されない愛せない私』を上梓。内容と表現力が注目され、各種メディアに広く取り上げられました。そして、姿を消しました。

両親の願いは「その姓を捨てて」

 書籍『愛されない愛せない私』には、二本松さんのご両親が「格式ある家である二本松家にふさわしい婿を迎える娘」として一人娘の泰子さんを育てようとして失敗した経緯が、詳細に記されています。お母さんはアルコール依存症、お父さんは伴侶の依存症状態を支える「イネイブラー」。男親ではなく女親が依存症者であるというところは若干珍しいものの、壊れた家庭のよくあるパターンです。
 娘を自分たちの思い通りにできなかったご両親は、二本松さんに「二本松の名を捨ててほしい」と迫りますが、彼女は無視しました(書籍内に記されています)。そしてこの書籍が、実名の「二本松泰子」名義で出版されました。
 その後、二本松泰子さんは姿を消してしまいました。「ご無事だといいんだけど」という私の思いは、それほどズレたものではないと思います。
 なお、2001年当時は、児童虐待や生きづらさをテーマの一つとしている数多くのライターが、二本松さんの味方や支援者として振る舞っていました。中には、現在も同じテーマでの執筆活動を続けている人々もいます。でも、その中には「虐待された子どもたちの味方であるかのように振る舞いながら、実は親の思惑の実現に協力する」といった人間のクズ若干名が含まれていたという事実を、私自身の経験も含めて記しておきます。若干名でも極めて有害なんですよね。その人に当たってしまった人にとっては、確率100%ですから。

「都合が悪い」とされた娘のその後(1) あからさまな監禁

 私は、二本松泰子さんと重なる経験を多数持っていること、そのような経験をしてきた人の集まりに出入りしていた時期がかなり長いことから、両親あるいはイエにとって「都合が悪い」とされた子ども(特に女性)のその後の「あるある」について、おぞましい実態を相当数知っています。
 2018年12月、大阪府寝屋川市で、33歳の女性が15年にわたる監禁の末に凍死するという事件がありました(障害者ドットコム記事)。女性が監禁されていたのは自宅敷地内の隠し部屋、監禁を主導したのは父親、協力したのは母親でした。この両親に対しては、2021年に懲役13年の判決が確定しています。
 二本松泰子さんのその後として、まず懸念されるのは、このパターンです。
 寝屋川市の監禁事件のような成り行きに至る可能性は、私自身の界隈ではそれほど珍しいものではありません。さらに、精神科医が協力する場合もあります。いずれにしても、監禁されたままで通信手段もないのであれば、存在が他者に知られることはありません。
 私が知ることができるのは、監禁される前に逃げ出すことに成功したり、何らかの形(たとえば協力者であるはずの精神科医が裏切るなど)によって救出されたりした事例ばかりです。しかしながら、そういう親たちが、思い通りに監禁されなかった娘を無事にしておきたいわけはありません。さらなる仕打ちに怯えながら暮らす地獄のような日々が、親がこの世から消えたり無力になったりするまで、延々と続くわけです。

「都合が悪い」とされた娘のその後(2) 合法的監禁

 ついで懸念されるのは、合法かつ若干マイルドな監禁、すなわち、精神科病院の閉鎖病棟への入院を継続させることです。実は子どもをそうしたいと考えている親たちは「そんなことができるわけがない」と言うものですが、日本には「医療保護入院」という制度があります。わかりやすくいえば、家族が「この人は精神疾患の症状があり、自傷または他害の可能性があります」と主張すれば、それが事実であってもなくても入院させることが可能であるという恐ろしい制度です。

 もちろん、入院させられた後で退院を申し立てることはできます。都道府県の審査会が審査し、「入院継続の必要性がなければ退院」ということになっています。でも、本人の申し立てによって退院が認められることは非常に少ないのが実態です。
 これは、必ずしも「精神科病院側の利権うんぬん」というわけではなく、「退院後の生活が安定しないようであれば、安心して退院させられない」という判断があるからです。家族と同居していた状態で、家族の同意によって医療保護入院となったのであれば、退院先の第一候補は家族のもとです。家族が懸念を示すのであれば、退院は難しいということになります。医療保護入院に同意する際、家族がウソをついていたのかどうかは医療機関には判断しにくいところなので、まず、そこは問題になりません。費用? 適当な時期に適当な名目で生活保護に移行させてしまえば、家族の費用負担はありません。
 本人が自分の力で、退院を支援してくれる法律家や障害者団体につながることができれば、「資金援助を得てアパート生活を開始した後で生活保護」といった可能性が生まれます。でも、それに成功する人は、入院させられた方のごく一部でしょうね。
 「都合が悪い家族は、精神科病院に医療保護入院させてしまえばいい」という人々は、決して想像上の産物ではありません。「誰かが亡くなった時、相続争いで自分を有利にするため、都合の悪い血縁者を医療保護入院させ、その間に虚偽の相続放棄の申立をする」というミステリー小説まがいの出来事は、私が知っている範囲だけでも、1970年代から2010年代まで発生しつづけています。
 ご両親に「二本松の名を捨ててほしい」と望まれながら、「二本松泰子」名義でご両親の都合の悪い事実を書籍化してしまった二本松さんのその後として考えられるパターンの一つは、「精神科病院に閉じ込められたまま」です。近年は、特に30歳代までの比較的若年の人々に対しては長期入院を避けるように医療報酬で誘導されていますが、2000年代前半であれば、まだまだ大いにあった可能性です。入院させられたまま5年や10年が経過してしまうと、入院の経緯や妥当性とは無関係に、閉じ込められることによる精神疾患の数々で退院が困難になり、その後の精神医療制度改革の恩恵も受けにくくなります。

二本松泰子さん、生き延びていますように。会いたいです

 2001年に35歳だった二本松泰子さんは、1966年ごろのお生まれと思われます。今風にいえば「毒親」ということになるであろうご両親は、1930-40年ごろのお生まれでしょうか。生きていても84歳から94歳。もう、娘を思い通りにする力は残っていないでしょう。
 二本松さん、生き延びていらっしゃいますように。お話できる状態でいらっしゃいますように。いつか、会いたいです。

ノンフィクション中心のフリーランスライターです。サポートは、取材・調査費用に充てさせていただきます。