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日本学術会議メンバーの66歳男性による白昼の自慰で問題にすべきこと

 2020年12月5日、兵庫県のショッピングモールで飲食店の座席に座って自慰行為をした66歳の男性が逮捕されました。男性・K氏は、現役の日本学術会議メンバーであり、阪大教授・日本物理学会会長などを務め、逮捕された時点では民間研究所フェローであり、日本学術会議のメンバー(現在も)でした。

参考:白昼堂々ショッピングモールで自慰行為逮捕 66歳容疑者は「日本学術会議メンバー」の東大卒物理学者だった(文春オンライン)

「これで逮捕されるのか」という驚き

 「へえ、これで逮捕されるのか」というのが、私の正直な印象でした。自慰といっても着衣の上からということです。警察官がやってきても、「インキ◯タムシが痒かったから」とか答えたら逮捕のしようはなさそうな気がします。でもK氏は、pokochineは出していないと警察官に答えた、と報道されています。客観的には良くわからないけど、自ら認めたから逮捕されたということでしょうか。

たぶん、私も怒っていいんだろう(怒るヒマないけど)

 私も、同じような場面には何回か遭遇しています。車椅子に乗っている女性を見たら、そういうスイッチが入ってしまうようなことがあるのかもしれません。

 私から少し離れたところでそういう行為が始まったら、すぐにスマホのカメラを向けて動画撮影、あるいは撮影のふりをします。現在のところは100%、それだけで相手は行為を止めてしまいます。その場面の証拠は取れませんが、止めてもらうことには成功しているわけです。

 至近距離で始まり、私の身体に着衣越しにナニが押し付けられる場合もあります。たいていは真横からです。車椅子は横には(通常は)動けないということを知っているからでしょう。

 至近距離だし、相手は立っていて両手を上から下に下ろすことが可能です。逆ギレされて暴力に発展したら大変です。私は脳内で、相手の次の動きをいくつか想定し、それらの動きに対する受けを脳内シミュレーションしてから、声をかけます。

「腰を引いてくれませんか?」

 相手は、聞こえないふりをする場合もあります。また、意外ななりゆきに不快感と怒りで身体を震わせて立っている場合もあります。そのような場合、私は次の一言をかけます。さっきより大きめの、低く太めの声で。周囲の乗客にも聞こえるように。

「腰のあたりの硬いものが、私の肩にあたってるんですけど?」

 相手は黙って腰を引っ込め、車両を移動したりします。もしも撮れるようなら写真や動画を撮りたいところですが、不可能な場合もあります。男性がどこの車両にいるのか、どこの駅で降りそうなのかを注意しながら、気が気でない時間を送ります。同じ駅で降りてきて後をつけられたりしたら大変ですから。

 こういう時、とっさの反応をするためには、スマホを見たりしていないほうが良いです。見るなら本のほうが安全。でも、撮影するためにはスマホが必要。というわけで、私は本を読みながら、すぐ撮影出来る状態でスマホを指に装着していることが多いです。本だったら、そういう不愉快かつ理不尽な出来事によって読み進めることを中断されても、その後、再び安全を確保するまでの時間、チラ見くらいはできます。そもそも、そういう相手に時間を無駄使いさせられるべきではないのですが、現実には起こってしまうことなので損失を最小限にしたいというわけです。スマホだとこうは行きませんが、読書にスマホを使っていない分だけ、いざという時にすぐ撮影開始でき、利点のほうが多い感じです。

 K氏の行為が逮捕に値する行為なのなら、私はここ5年間で50人くらい逮捕させていてよかったんだろうと思います。逮捕させることが難しいとしても、「なんという酷いやつらだ」と怒っていいんだろうと思います。でもその時は、なんとか安全にその状況を終わらせて自分がエスケープすることしか考えられないし、実際に成功したら「ああよかった」なんですよね。

「物理系は女子が少ないからセクハラが起こる」とは限らない

 さて、K氏に話を戻します。もしかすると、私の知り合いの知り合い・知り合いの友人の知り合いあたり、そんなに遠くない人間関係の範囲にいそうな人物です。K氏の専門は物性理論です。私は物性実験をやっていた時期があります。

 というわけで、K氏が「物理系の大物研究者(男性)」ということを無視するわけにはいきません。

 物理系は女性が少なく、女性の地位もなかなか向上しません。大学教授クラスになれる飛び抜けた女性は昔から若干いるのですが、女性全体の地位が引き上げられていく感じはありません。そもそも、大学学部に女性が入って来にくいのです。大学院→若手研究者・若手大学教員→大学教授 と年齢とキャリアの階段を上っていくにつれて、学部時代から少なかった女性が減っていきます。

 私は学部と大学院修士課程が物理系でしたから、「自分以外は全員男」という状況に慣れています。サバサバした姉御肌の職人キャラ(けっこう地でもある)を前面に出して、少なくとも実験系ではわりとうまく乗り切れてきたと思います。

 物理学の実験系の研究室で、ゆる体育会的な雰囲気が作られている場合、実はセクハラは非常に少ないです。完全な「体育会」ではなく、「ゆる体育会」がミソです。責任系統がはっきりしていて、安全衛生など重要なところは体育会的に締めて、でもそれ以外は自由放任で風通しよく、頭の中を精神論で縛りあげたりしないということです。実験系の研究室は、毒劇物だの放射線源だの高出力レーザーだの危険物がゴロゴロしていますから、ネチネチぐちゃぐちゃした風土を作っておくと、研究室の器具を武器にしたトラブルに発展するリスクがあります。そういう意味でも、研究室の風土は重要です。

 私の偏見だったら申し訳ないのですが、物理学の理論系の研究室では、実験系ほど組織づくりや組織運営に関心が注がれていないという印象があります。人間関係がこじれはじめたとき、実験系なら「そうはいっても同じ実験装置を使って研究を推進する仲間」という事実が、こじれを食い止める可能性があります。

 理論系には、こじれを食い止めるバッファになるものが概ね何もないように見受けられます。私の直接知る範囲でも、理論系でのセクハラやパワハラの強烈さや、被害を受けた人の深い傷は、実験系では考えられないものがあります。大学時代、極めて優秀な同級生女子がいて、修士課程で理論物理学に進んだのですが、先輩院生の強烈なハラスメントで大学を去っています。そういう問題に関する意識を向けている指導者がいれば成り行きは変わるのでしょうけど、あまりにも女性は少ないのです。多くの場合、ハラスメントを受けている女性がいても、「その女性は優秀じゃないから」ということで片付けてしまえば済むという状況が温存されてきています。

 K氏が研究者人生を送ってきた分野の社会は、良くも悪くも、そういうところです。

ショッピングモールだったから明らかになったという可能性

 K氏について、私は報道されていることがら以上に何かを知っているというわけではありません。しかし一般論として、次の3つの可能性が考えられるかと思います。

1. 2020年12月のショッピングモールでの行為は、K氏としては人生初の出来事だった。

2. K氏は常習的にセクハラを行ってきており、何人もが泣き寝入りさせられている。周囲の人々にとっては常識だが、男性ばかりなので問題にされない。

3. K氏は、実は場面と相手を選んでセクハラを行ってきた。現在までのところ、明るみになっていない。周囲の人々は今のところ、本気で「まさか」と思っている。

 一番ありそうなのは1または3、一番なさそうなのは2でしょうね。「実はセクハラで密かに有名」ということなら、学術会議メンバーどころか日本物理学会で要職に就くにあたって、「いや、ちょっと」という物言いがついた可能性もあります。「やってなかった」あるいは「やってたけど知られていなかった」だとすると、後者の場合は被害者がいます。放置すべきではありません。

 難しいのは、「研究者の社会は基本的に相互信頼で成り立っている」ということです。相手が悪意であったり、隠すべきではない事柄を隠していたりする可能性は、他の可能性が消えていった後に残れば消去法で「そうかもしれない」と考えるのが基本です。これは研究不正でも同じです。だから、2と3の可能性については、研究者コミュニティの方から問題にするわけにはいかないのです。

被害者がいるのなら、本人が名乗り出ないと始まらない(残念ながら)

 被害者が名乗り出てくれば、「えらい人のセクハラだから問題にされない」とは限りません。

 あくまで「原則として」ですが、研究者の相互信頼という原則は、信頼している研究者の被害者だと言っている人に対しても適用されます。きちんと対応される場合、「被害者だと名乗るその人も、悪意は持たず、嘘は言っていない」という原則で聞き取り等が行われるわけです。もちろん、K氏に対しても聞き取り等が行われます。誰もが悪意なく嘘を言っていないという前提での聞き取りや調査ですから、もう、かったるいかったるい。事実関係を確認して結論を出すまでには、時間がかかります。でも、警察でもなんでもない仲間が、強権を持って取り調べをするわけにはいきません。かったるいけど、そうあるべきものです。

 迅速に事実関係を明らかにするためには、やはり法的手段でしょう。警察への被害届の提出を行うこともできます。民事で損害賠償請求を行うこともできます。ただし、法的に意味のある「証拠」とは何であるのか、まず素人には判断できません。必ず弁護士に相談すべき。

信頼を回復するために必要とはいえ、だが、しかし

 日本学術会議としても、日本の物理学研究コミュニティとしても、K氏に他のセクハラの可能性、特に職場でのセクハラの可能性がないかどうかは、自らへの社会の信頼を裏切らないために明らかにする必要があることではないかと思います。しかし、そのために取れる手段は極めて限られています。何が出来るのか。

 とりあえず私には、

「もしも被害者がいるのなら、何らかの形で名乗り出てください」

ということくらいしか言えません。「傷の上塗りになるようなことは絶対にない」ということも保障できません。

 この現状を変えることは困難です。どんなに困難でも変えなくてはなりませんが、やはり困難で時間がかかることは、間違いありません。

ノンフィクション中心のフリーランスライターです。サポートは、取材・調査費用に充てさせていただきます。