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なんのはなしですか。【長編小説】31

 榎本と別れ、宮下は昼間の酒場へ向かった。
 これまでの昼間の酒場とは打って変わって、何やら人が集まり賑やかな声が聞こえる。
 酒場『魑魅魍魎』のある路地裏通りには、イベント用のテントがいくつか設営してあった。
 そこでは二足歩行の可愛い猫(たぶん着ぐるみだろう)が一生懸命に上の方へ手を伸ばして通りの片側を垂れ幕で飾ろうとしている。

「手伝いましょうか?」宮下は声をかけた。
「あ、お願いしてもいいですか?そちらを持っていただけると助かります」
 そう言うと猫は幕の端を宮下に渡した。
 2人で左右から引っ張り、バサッと広げる。幕は素敵なデザインの背景で、その中心に横書きで大きく『なんのはなしですか』と書かれていた。
 宮下は目を見開らいた。驚きのあまり握っていた紐を離しそうになる。
「大丈夫ですか?結べますか?」
 猫の問いかけに宮下は我に返った。「いえ、大丈夫です」と紐を結ぶ。

「これは、何ですか?ここで何かあるんですか?」宮下が訊く。
「これは『#賑やかし帯』っていいます。これからこの通りで展覧会をするんです」猫は楽しそうに答えた。
「展覧会?」
「はい、そちらにいる出展者の方々と、自分の作品をお昼の間だけ展示するんです」
 猫は話しながらも、せかせかと『賑やかし帯』を運んで飾っている。
「なるほど、よければ僕もお手伝いしますよ」
 そう言うと宮下は展示作業を手伝い始めた。

 作業を終え、店の前の通りにはずらりと様々な作品が飾られた。準備中から薄々感じてはいたが、どうやら全て例のタグ関連のようだ。宮下は、どうせなら一網打尽にしようと思った。
 まずは先程『賑やかし帯』と言っていた飾りを見渡した。それはポップな絵柄からシュールな絵柄まであり、中には動物や風景、抽象的な背景など、かなりの種類が並んでいる。
 全て『なんのはなしですか』ではあるが、冒頭がニャンだったり、文末が果や蚊や歌など言葉のパターンもある。そのどれもがこだわって作られているようだった。宮下は素直に感動した。

「これはどなたの作品なんですか?」宮下は訊いた。
「『賑やかし帯』は私の作品です」先程の猫が話す。
 胸元にある名札には『いつき』と書かれている。
 いつきは飾られている帯を嬉しそうに眺めた。
「すごいですね、素敵です」
 宮下も一緒に作品を眺める。つい、見入ってしまったが、捜査中だった。宮下は自分を律した。

 隣には書道の作品が飾られていた。ひょろっとした文字ではあるが良い具合にバランスが取れていて味がある。文字だけではなく生き物や果物のまるっこくて可愛らしい絵も一緒に描かれている。書画と呼ばれる分類なのだろうか。絵はがきの書道版のような雰囲気があって素敵だなと感じた。
「こちらの書道は…」
「あ、それは私です」と黄色のボーダーのシャツを着た丸メガネの女性が控えめに手を挙げた。
 名前は…『ねんねん』と言うのか。
「素敵な作品ですね。なんだか楽しそうに書いた感じが伝わってきました」宮下はねんねんに伝えた。
「ありがとうございます。もっと書いたらいいよ、って、とある人に背中を押してもらえたんです」ねんねんは少し目を潤ませながら話した。
「そうなんですね。これからもぜひ書いてください。また機会がある時に見に行きますね」宮下は微笑んだ。
ねんねんは嬉しそうに、はいと頷いた。

 宮下は思った。こんなにも素敵な作品達をここで披露するなんて、もったいない才能の使い方だ。なぜここなんだ。絶対に方向性を間違えている。宮下には理解できなかった。

 もう1人も書道だろうか。たった1文字だけ展示している作品があった。そこにはただ一文字『な』とだけ書かれていた。
 これはいったい何の作品なのだろうか。宮下はまじまじとその文字を見つめた。よく見ると模造紙にマッキーで書かれている。
「それ、私です」『けい』と書いた名札の女性が言った。色白で静かな雰囲気を感じる。
「これはいったい、どういう作品なんですか?」宮下は訊いた。
「模造紙に『な』と、マッキーの細で書く、今の気分に少し似ている」けいは静かに詠んだ。
 突然の5・7・5・7・7。いったいなんなんだ。あ、『な』なのか。いや、どういうことだ。宮下は困惑した。
「私、満足いく『な』を書けたことがないんです。今は模造紙に『な』の気分なんです」
 どういう気分なんだ。よく分からないがセンチメンタルなのか?
「えっと…」
 榎本が返答に困っていると、けいは言った。
「私だって困っています。でも今は、他の物で書いた『な』ではなく、太でも極細でもない。マッキーの細で書いたくらいの『な』の気分なんです。だから、そんな時は私と同じように唱えてみてください。『な』です」
 宮下は受け入れた。心の中で『な』ですね。と唱える。そして伝えた。
「なんの話しですか」
 けいは満足そうに「ですね」と微笑んだ。

 宮下は次にAIアートの展示コーナーを見た。今はもうAIで様々な物が生み出せる。一般人でもAIを上手く活用できれば、クリエイティブなアーティストと同じ土俵へ上がれるのだと思った。ただ、自立した人工知能を扱うのはそう上手くはいかないようだ。
 それを象徴するように、目の前に飾られたAIイラストはツッコミどころ満載だった。
 宮下がイラストを見ていると横で女性が話し始めた。『春永睦月』というのか。
「これはボツになった作品達なんです」
「なるほど、だからどこかおかしな感じがするんですね」
「えぇ、この絵なんか、茶畑・八十八夜を表現するつもりだったのに、お嬢さんが茶葉で絵の具でも作ってるようなイラストになってしまって」と春永は少し困ったように笑った。
「たしかに、こっちのイラストなんかも、こんな狭い倉庫の中で火花散らしてバイクを乗り回している感じが、良く考えればおかしいですもんね」と、宮下も笑う。
「そうなんです。それにこのバイクのお姉さん、どうやってハンドル操るんですか?って感じで」
「ほんとですね」と宮下と春永と一緒に笑った。
 宮下はなんのイラストか分からないからこそ、盛り上がる話もあるのかと思った。
「こういうボツの作品もドラマのNGシーンみたいで面白いですね」
 宮下がそう言うと、春永も「そうですよね」と笑って答えた。
 よく分からないおかしなことも面白い、か。宮下はこういう作品もどこか悪くないのかもしれないと感じた。

 最後の1人は名札に『優谷美和』と書いてあった。宮下は思わず二度見した。奴は難民No.5読み聞かせの優谷…!
 宮下は当初の目的を思い出した。
 そうだ、ここにいる出展者は全て難民だ。危うく満足して帰るところだった。
 優谷のあの聞き入ってしまうほど素敵な朗読。なるほど、ここでも聞くことができるのか。それに絵本も展示してある。
 AIだけでなく、自分の表現も織り交ぜながら試行錯誤しているわけか。宮下は感心した。
 ぐるりと見渡すと、最後のブースには判子ハンコや名刺のデザイン音楽映像まである。手広くやっているようだ。
「朗読と絵本をしていると以前耳にした事がありましたが、それ以外も色々となさっているんですね」宮下が訊く。
「いえ、これは友人の作品なんです」優谷は判子を手に取り話た。
「ご友人?」宮下が訊く。
「はい、そちらにいらっしゃる3.7さんです」
 優谷は『3.7』を宮下へ紹介した。
「すごいですね。これ全部3.7さんの作品ですか?」宮下が3.7を見る。
 3.7は「はい」と笑顔で答えた。
 それから宮下は飾られていた名刺を手に取った。
 『なんのはなしです課』と、『どうでもいい課』の2種類がある。宮下は昨日のコニシの記事を思い出した。やはり、難民がこれを知っているということは、『なんのはなしです課』通信という記事は難民の巣窟か。
 もう1つの『どうでもいい課』の名刺に載っている男の写真は短髪で清潔感のある男前な顔だった。名前は『南野 話』と書いてある。こんな男この街で見たことない。本当に存在するのだろうか。#どうでもいいか。たぶん妄想だ。

「アイディアがすごいですね」宮下が3.7へ言う。
「いえ、もうポンポンと数分で作りました。みんなが使ってくれるので、楽しくてつい」3.7は笑いながら話した。
「そうやってnoteの街での輪が広がっていくんです。ここにはそんな優しい人達が沢山います」優谷が嬉しそうに言った。
 noteの街の住人は基本的に優しくて温かい。宮下もそう思った。
 榎本が優谷のことを素敵な女性だと言っていた理由が宮下にも分かった。
「繋がりって素敵ですね」宮下は作品を見渡しながら言った。
「そうですね。私もそう思います」優谷も優しく微笑む。
 宮下はそれぞれの出展者の情報が載ったパンフレットを手にして本部へ戻った。




次へ続く





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