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ディスクレビュー: skramz 2022 / Gensenkan 補足版 / 自分たちの言語で話すということ



『skramz 2022』、この言葉を堂々と背負うバンドがまさか日本から出てくるとは、という驚きがまずはじめにある。かつてSHIN GUARDが『2020』というタイトルに掛けたような自信に満ちた宣言である。先にリリースされているzeamiとのスプリットも素晴らしく、日本国内における激情ハードコアのエッジは失われていないことを証明したが、本作は更に自らハードルを目一杯引き上げた上で何を表現するのか、それは我々が受け止め解釈することで初めて成立する。

『2020』というタイトルを2019年に出しているのも良かった。
Shin Guardもそれなりに未来が見えていたのだろうし、人に何か考えさせような表現があったように思う。その後バンド名を変えて音楽性も変わってしまったので追わなくなってしまったが….。



Gensenkanの本作はEP作で5曲の楽曲を収録しており、コンセプチュアルな作品とまでは言わないのかもしれないが、タイトル及び各楽曲の背景にあるテーマや流れから読み取れるものは確実に存在する。zeamiとのスプリット作でも歌詞カードのデザインが凝ったものになっていたが、本作でもその流れを踏襲しており、サウンドと同じく詩の力をアーティスト側が信じているという姿勢がまず嬉しい。安っぽい薄紙ジャケ1枚の作品をリリースするバンドよりも遥かに信頼できる。詩とは一体なんなのか。それを証明するとしたらこの仕様じゃなきゃね、と納得させるものになっているのでフィジカルで是非手にとって欲しい。詩とは微妙なニュアンス、音の配列、想起される景色、それらを言葉の歌で表現する。それはコスパが優先される現代社会と最も遠くに位置する存在かもしれないが、彼らの表現はまさにその遠さ、距離感が重要となる。2022年に鳴らすべきskramzとは何なのか、それを詩とサウンド、アートワーク、作品の全てでGensenkanは表現していることに否応なく気付かされるのだ。

歌詞カードは今回のも良い感じ

1曲目「出エジプト」、旧約聖書のモーセの海割りが有名だが、それが何を暗喩しているのかというところ。旧約聖書ははっきりいってその奥にあるメッセージを理解するには難しいのだが、「出エジプト」というくらいなので要するにファラオの奴隷であったユダヤ人がエジプトを脱出すること=そこから始まる本作のテーマを想像する導入部だ。アートワークと通じるテーマとして、まるで琵琶法師が弾き語る昔話のように、というところもあるだろうが、欧米Screamo文脈としてでなく、ここ日本からの表現であること(=欧米カルチャーに心身を奪われた奴隷としてではなく)という要素も含まれてくるだろう。
「CITY」における"千年前の千年後"、「Overpass」における"時が凪ぐ"、「Tomorrow」における"数年後"、"二十年前"、"百年前の百年後"といった具合に、時間軸の表現がうっすらと盛り込まれており、楽曲的なテーマは別々ではあるが明確につながっている。だが、「出エジプト」の"現在がいつか濁流に呑まれることを"という一節に見られるように、基本的には一種の諦めが全体を貫いている。人はいずれ死ぬし、誰の声も残らない。それを前提として上で、なお詩にこだわるのは何故なのか。表現にこだわるのは何故なのか。

個人的に本作のハイライトとなるのは4曲目「Tomorrow」。サブカルチャー、例えばアニメやゲームも経験したことのない人間にSkramzの核心をつくのは難しいとさえ思っているが、言い過ぎだったらごめんなさい。でも事実ですよね? そして、この「Tomorrow」の中に散りばめられたメッセージこそが本作のテーマの真髄であると、オタクなら気付くはず。スカスカの音質の中で、Raeinの「Tigersuit」に通じるリアルさ、そして現代に対する確かな姿勢を示していることをメジャースケールの音階で叫ぶことに意味がある。いや、無意味でもいい。世界から見たらそれが無意味でもかまわないのだ。そう、"刻め この先に不条理と無意味しかなくてもいい" ということ。星の声ではなく"ほしのこえ"であることも、暗号が伝わらない人にとっては無意味でしかない。嘲笑の対象とすら思われるセカイ系の概念と、Skramzの根底にある価値観を見事に融合させた作品はおそらく過去存在していない。ユースカルチャーのメイン街道から距離を置いたが故に生まれた名盤。完全にskramz 2022。

補足編

Tomorrow
映じたあの日のユースカルチャーは讃美歌
暗い部屋 遅い時間 世を恨んだ数年後
不能な墓標に未だに憑かれている面白さ
倫理や政治の手の届かない此処で

名指した 眼差した 五メートルの世界観を
言外に 不明快に 間違いだって言っていた
至れない情動 狂えない代償
虚構/現実の無用な思弁と
二十年前の思考と昨日を暗い商品に奪われたくないんだ

未来 死骸 試行 期待

先生達、不能な悲哀を俺は今もまだ秘めていて
全て創作は不可能世界だとしても
刻め この先に不条理と無意味しかなくてもいい
聴こえなくなったほしのこえは今も此処に
今も此処に

https://gensenkan.bandcamp.com/album/skramz-2022

もはや勝手な解釈をしていくのが自分の趣味となっている気もするが、解説していく。
1バース目の4行の歌詞は、まさに自分たちの表現していることそのものが時代遅れになっていることを自覚しつつ、Skramzとはそういうものであったということを刻んでいる。それらはパーソナルなものであり、ポリティカル性を帯びていたとしても、それらの核心はやはり倫理や政治的正しさでは計りきれないもの。2020年代の音楽はこれまで以上にポリコレ重視されているが、本当に大事なものはそこではないことに自分も同意する。だからこそのこのSkramzという音楽性なのだということに100%の信頼感があるし、EPタイトルの「Skramz 2020」にもつながる。

2バース目は1バース目の宣言を受けて更にパーソナルな領域へと焦点が移る。「五メートルの世界観」から新海誠の名作「秒速5センチメートル」を連想させ、言葉は違えど"セカイ系"的であることを批判されがちな激情ハードコア/Skramzにおいて、それらを否定するのか、肯定するのか、それともその批判にすら無頓着に気づかず生きていくのか。このバースには"肯定"がある。
自分たちの音楽性への肯定、そして昨日まで生きていきた自分たちを構成するもの、つまりは自分たちの価値観を肯定すること。音楽性は違えど、このバースはローカルなシーンをREPするHIP HOPの価値観とも通じるところはあるだろう。または東京ではない地方の音楽家が、その地方独自の方言を歌詞/リリック、歌唱に含めていくような表現に近い。よそ者にはわからない自分たちの言語、記号。今のアンダーグラウンドなSkrazmにはそれがある。Gensenkanがそこまで意識しているのかはわからないが、現に音楽的評価をまったく受けていない2010年代のショボSkramz達にシンパシーを抱いた表現、であるならば彼らの表現もまた、世界各地の同じSkramzリスナー達に通じる言語/記号が内包されている。そのことを勝手に感じとるリスナーがすでに海外にも存在している。
厳密に言えばRaeinの「Tigersuit」も同じ話だと思われる。(下記動画参照)

結果的にRaein『Il N'y A Pas De Orchestre』をガチ解説する回になってしまった編 (2021.11.07 さよなら日曜)

そして3バース目で場面は反転する。ここはまさに「Tigersuit」 的展開。ギターの刻みで楽曲のテンポをいったんリセットし、4バース目に向けて加速していく。レビュー本編に時間軸の話を出したが、新海誠的解釈をすると、過去と未来をつなぐ「君の名は」的な時間軸の架け替えがここで行われており、この時点を境にして前が過去、そして後ろが未来(今)という構成になっている。

4バース目、楽曲は先の静パートを経て加速しているが、それがサウンド上の変化としてだけでなく、歌詞の面でも未来へ(今へ)加速しているという表現がうまい。ここまでの新海誠的解釈で自分も突き進んでいくと、「先生達」とは過去影響を受けた巨匠達のことを指しており(もちろん新海誠も含まれる)、「ほしのこえ」もまた新海誠がほぼ1人で完成させた初期作である。聞こえなくなった「ほしのこえ」、という表現は、その巨匠達の今の作品群が響かなくなったとしても、自分の初期衝動としては抱え込んでいる。Skramzも同じように、そしてそれを明日へ引き継いでいるという表現になっている。

自分がいちばんグッとくるのは、過去から未来への歌詞の流れとサウンドの必然性が完璧であること。そしてこの歌詞の中で「明日」という単語は出てこないのだけれど、タイトルが「Tomorrow」として明確に未来のことを指しているという巧さかもしれない。明日という言葉を、単純に次の日という意味ではなく、どのように表現するのかってこと。]

音源はこちらで買ってください。

skramz 2022 / Gensenkan (CDR)




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