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ライブハウスって何?

音楽業界は日々テクノロジーによって更新されていくんだけど、人間の脳味噌やDNAはそんな日進月歩では進化しない。久々の読書感想文です。リンクからamazon購入してくれると俺に少しだけマネーが入ります。


ライブってなんなんだ

先日、明日の叙景のソロコンサートを観に行っていたんだけど後から人と話したことで「ああ、確かにあれは"ライブ"ではなく"コンサート"だよな」という感想が腹落ちしたわけだが、では"ライブ"ってなんなんだ、そして"ライブハウス"とは?という視点でこの本を読み進めていくといくと思うところはあり、いろいろと面白かった。

以前から度々紹介している過去記事「envyとkillie」でもロフトの磁場については触れている。文化の発信という磁場。

本書では創始者平野氏は時代的にも学生運動(左翼活動)に身を置き逮捕歴があるためなんとか自分でやっていくしかなく烏山にジャズ喫茶をオープンするところから歴史は始まるが、彼の根底にある「ロックとは」という考えには、予測不能な混沌を楽しむ器の大きさがあり、そしてライブハウスとは異なるジャンルや考えの人間が混じり合うことよって生まれるダイナミズム、カルチャーを生み出す・発信するということはどういうことなのかという核心めいたものが垣間見れる気がする。

僕はやっぱり2000年代に観たkillieのスタジオライブの濃度が衝撃的過ぎて、その余韻をひきづって未だにこんな活動をしているのかもしれない。そしてそれは、大きくて綺麗な箱じゃなくてスタジオライブと、そこに来ている人間の意識みたいなものが生み出す云々…、結局人ってことなんだと思う。


1976年の新宿ロフトの話と今に通じるものってある

1976年などという石器時代の話を聞いてもあまりリアリティを感じないというのも正直なところではあるけれど、未開拓のフロンティアが音楽業界で大きく存在していた時代に置いて、古くから(そして今現在でも)日本の音楽シーンの多くを占める「芸能」的な価値観と対峙するアンダーグラウンドの価値観には、大いに共感するものがある。

自分の立場に置き換えても、やはりレーベルも店舗にも芸能的なシステム、過去の慣例でこうなってますっていう不合理な習慣も多く残っており、そういったシステムとは別のところに別の価値観で動く村がアンダーグラウンド村なのかもしれない。村の掟を守らぬ者は村八分される。こわ。

音楽をちゃんとDIGってない人はバンド側もオーディエンス側も忘れているか気付いていないかもしれないんだけど、ビジネス/芸能的な店と客の関係ではなくアンダーグラウンドはコミュニティであるという点は忘れちゃいけない。
お互いが好きなことをやりながらも、その好きなことがやれることが許されるコミュニティに対しての敬意みたいなもの。自分が何をそこから受け取っていて、そして何を返せるのかを自覚するってこと。

ライブハウスシーンから外れたもうひとつの可能性、と書いてるけど、ビジネス的なところや大衆的なところと距離を取りたい領域っていうのはあるのかもしれない。規模が大きくなると成立しなくなるものってたくさんある。

そんで、多分その本質的なところは今の時代とかインターネットの性質と合ってないんだと思う。けど今時代がそっち寄りになっているけど、再び生身の表現に揺り戻しが来るのもまた時間の問題のように思える。
ライブの時代が来る!









という願望かもしれない。

個人的体感だけど、結局わざわざ会いに来て音源渡してくれたりするバンドだったりは付き合うことでいろいろ生まれたりするので、時代錯誤でも人とのコミュニケーション重視で生きてくほうがいいと思うわ。


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