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envyとkillie

はじめに

自分は3LAというディストロを2010年にスタートさせた当時、最初は海外のScreamo/激情ハードコア(※注釈あり)をメインにレコードを取り寄せ、コアな音楽リスナーに向けて販売していた。SNS以前の時代である当時、今考えるとどうやって自分を見つけてくれたのかと疑問を抱かざるを得ないようなディグ力半端ない方々を相手にマイナーな激情バンドを見つけてきては音源を輸入し、販売していた。当時、3LAが入荷していた到底多くのリスナーには受け入れられると思っていなかった海外激情の音源が、国内のコアなリスナーに受け入れられていたのは、2000年代の土壌を培ったenvyとkillieという存在が大きかったように思う。世界のシーン全体でのenvyの存在感と、逆に国内アンダーグラウンドで異彩を放っていたkillieの存在感は2000年代の国内激情の光と影のようにも見える。

 Windows95の発売と共に一般家庭に爆発的にインターネット環境が普及し始めるのは1995年だが、2000年代は日本ではインターネット時代の第二の幕開けだった。ADSLモデムを駅前で無料配布していたソフトバンクの孫社長の功績が大きいと思うが、インターネット環境が急激に普及したことにより、これまで知識のある者しかリーチできなかった情報に誰もがリーチできるようになり、そして発信できるようになった。もの心ついた頃からネットに触れている世代には伝わりにくいかもしれないが、家庭に1台しかないデスクトップのパソコンを家族が使い回している中でコソコソ調べ物をしてネットの世界と繋がるような環境から、ノートパソコンで個人が、または一人暮らしの大学生にもプライベートなインターネット環境が与えられたというイメージで、この変化は革命的だ。当時の国内アンダーグラウンドの発信源としての個人ブログ、個人ディストロはこのインターネットにエンパワーメントされ支えられていたのは間違いないのだけれど、2020年現在、様々なサービスが終了してしまって当時の個人ブログやサイトのほとんどは跡形もなく消滅してしまった。気づくと2000年代の音楽シーン、特にアンダーグラウンドな音楽は書籍や雑誌にまとめられている1990年代よりもずっと資料が少なく、歴史的には空白の時代になってしまっている。envyがどんな痕跡を残したのか、その後の文脈をkillieがどのように拡張していったのか。それらの前提がなく聴かれる彼らの音楽の意味を僕らは正しく受け止めることができているのか?という問いから始まった今回のテーマは「envyとkillie」。80年代に生まれ、90年代ハードコアを後追いで見つけ、2000年代は一リスナーとして、2010年からレコード売買を通してリアルタイムで激情ハードコアと向かい合ってきた自分だから書けるフラットな視点での考察を書いてみたいと思う。

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(※ここではScreamo=激情ハードコアの意として使用する。2000年以降に登場するUSED等に代表されるScreamoのことではない。画像はSeptember氏作のPUNK中年、たしかTシャツやZINEに載っていたような記憶...。killieには「ギャグ要素」っていうのが常にあって好き。)

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