【短編小説】寂しいブロッコリー。
私はブロッコリーとして生まれ、育てられました。
ですが、今日ほどその人生を後悔したことはありません。
私はてっきり、サラダとか洋風の料理として調理されると思っていたのですが、なんとカレーに入れられることになったからです。
カレーには、玉ねぎ・人参・じゃがいもが当たり前だと思われており、実際カレー煮込みの中には、仲良く3人組で並ぶ玉ねぎさんたちがいます。
適度な大きさに切られた私は、まな板の上でドキドキしていました。
私が中に入って大丈夫なのかな。遺伝子的に、もう既に仲のいい3人に入って大丈夫なのかな。
私の心は不安と恐怖でいっぱいです。
嫌だ嫌だ、せめて茹でてサラダとして、別の料理としてカレーと一緒に食べてくれ!
私のそんな叫びは、人間たち主人には聞こえません。
まな板の上から、鍋を覗き込む形になりました。
3人は、「何だ?」と異物を見るような目でこちらを見てきます。心なしか、睨んでくる人参が見えた気がしました。
ぎゅっと目を瞑って、その時を待ちます。
根菜の彼らに比べて、私の入る順番は遅いのですが、それがまた不安を掻き立てます。
ドボンっ!!!
鍋に入れられた瞬間、熱くて寂しくて、泣きたい気持ちになりました。
そっと目を開けると、3人がこちらを睨んできました。
お肉さんは、知らん顔です。
「なんでお前がここにいるんだよ!」
人参さんが、真っ先に大声を上げました。
「まあまあ、主人の意向だろう?」
と、人参さんを宥めてくれたじゃがいもさんも、目はとても鋭く、私が何物か見定めているようでした。
「……」
玉ねぎさんは、だんまり何も話しません。
「あの、主人の意向なので、私も本当はサラダになりたくて…」
と、つい本音を話してしまったら、私の言葉を遮って、
「はぁ!?カレーが悪者みたいに言うのはやめてくれるかな!?」
と人参さんが強く主張します。
「ご、ごめんなさい…!!」
「…確かに、その言葉は差別的で頂けないかな」
じゃがいもさんも、怖い笑みを浮かべて話します。
「……最低」
玉ねぎさんの言葉は、言葉が少ないからこそ胸がズキっとしました。
どうやら、私の印象は最悪なようです。
くるくるとオタマで回されながら、少しずつ自分の身体が柔らかくなっていくのを見ながら、私の思考は停止しました。
ただ、これだけは譲れないものがあります。
「たっ…確かに、私はサラダになりたいと思いましたが、何より、主人が美味しいと思ってくれるのが1番です…!だから、仲良くしたいです…!」
それだけは、伝えなければと、鍋に入る前から考えていました。
「「「…………」」」
一瞬、沈黙が降りました。でも、
「口だけでは何とでも言えるからなぁ!最初に出てきた言葉が本心なんだろう!?」
人参さんの中での「私」はもうすでに形成されているようでした。
悲しい。寂しい。何でこんなことに。私はただ、役目を全うしたいだけなのに…異分子だから?遺伝子レベルで仲良くはなれないの?
まだ殆ど会話もしてないのに、突き放されたと言う事実が悲しくて、涙が出てきました。
その分、私の煮込み具合もどんどん早くなります。
「ごめんなさい…」
言えたのは、ただそれだけでした。
3人は、「ふんっ」という顔をして、オタマをすり抜けながら、私から離れていきました。
一人残された私は、もし自分がサラダになっていたらどうだっただろうと考えます。
きっと、レタスさんやキュウリさんと、どんなドレッシングが掛けられるのかを楽しみに、当てっこゲームでもしていたんじゃないか。
最初に食卓に並べられるの嬉しいね、と笑っていたんじゃないか。
ありのままの自分で食べて貰えて嬉しかったんじゃないだろうか。
なんで、よりによって私がカレーに入らないといけないんだ。
また涙が出てきて、身体は萎んでいきます。
そうして暫く、一人で煮込まれた後、私は掬い上げられて、奥さんのカレーに盛り付けられました。
人参さんたちはこっちを向いてくれません。
後悔ばかりが募り、涙は枯れ、もうため息しか出なくなったその時、「頂きます」という言葉と共にスプーンで口の中に運ばれました。
主人たちの口の中で咀嚼されながら、「美味しい」「ブロッコリー入れるとまた違った味になって良いね、今後も時々やろうか」という言葉が聞こえた時、私は枯れたはずの涙がまた出てきました。
あぁ、ブロッコリーとして、生まれて、良かった…!
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