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My Favorite Things(2) 個人が所有しうる最大かつ最も精密な装置について。Mercedes-Benz GLS400d

「ハローCQ CQ ・・・」と無線機のマイクに話しかけると、それが電波に乗って遠くの人に届き、運が良ければ誰かが返答してくれることもある。それが私が中学の頃、趣味としてやっていたハムことアマチュア無線だ。

周波数によって、たとえばHFと言われる短波だと、思いもしないほど遠い地域や国の人とやりとりすることもあるし、春から夏にかけて上空100kmほどのところに出現するスポラディックE層という電離層の影響で、本来であれば空を突き抜けて遠くまでは届かない高い周波数帯、たとえばVHFの50Mhzであっても、スポラディックE層で電波が跳ね返り、遠くのところまで電波が届き交信できることがある。それを狙って夏は50Mhzで記録を競う人も多かった。

知らない人との会話、それが行ったこともない遠くに住む人との交流になると感動もひとしおだ。交信を終え地図を眺めて、自分の無線機から発した電波がここまで届いたのかと驚くこともあった。これから先、自分がその地に足を踏み入れることはあるのだろうか。その遠い遠い場所のことを思い、そこに飛ぶ自身の分身としての電波について考えるのだった。その辺りがハムの楽しさの本質なのだろう。

しかし、私の場合は、そういうハム本来の楽しさもあったが、ハムに魅了された主たる理由はちょっと違った。ボタンやダイヤルや液晶やメータが整列して並んだ無線機、無線機のことをリグとも言うけど、そのリグのメカメカしさに、かっこいい・・・と鷲掴みにされた感がある。特に夜、そのかっこよさは最高潮に達した。多くのリグは計器やボタンがイルミネートされるように作られていて、暗闇で光るのだ。野外でのキャンプ、僕はボーイスカウトだったのでキャンプにはよく行ったが、日が沈んだ夜にトランシーバを取り出して交信すると、その緑や赤や黄色のイルミネーションに照らされた計器類がなんともいえずかっこよかった。室内の自分の部屋でリグに向かうときにも整然と並んだ計器類が発する光に恍惚としたものだった。


その頃、通っていた塾からの帰りはいつも夜だった。距離にして2kmぐらいあっただろうか、友人らと夜の繁華街を通って歩いて帰るのが日課だった。バブル経済真っ只中の街は賑やかで、あちこちから人々の歓声や当時はやっていた音楽が南国の風に乗って街に漂っていた。

ある日、友人の父親が車で塾まで迎えに来たことがあり、その友人と家が近かった私も送ってもらえることになった。それは初めて乗るBMWだった。恐る恐る後部座席に乗り込んだ。私の家には車がなく、もっぱらタクシーに乗っていたのだが、友人の父親のBMWはタクシーとは全く違う佇まい、黒い革の内装でいかにもイイモノ感がむんむんしていた。そして後部座席から前を見ると、私の目にオレンジ色のインジケータが飛び込んできた。

闇夜を切り裂くオレンジの光、エンジンのコンディションやさまざまな車の状態を正確無比に伝えるべく、コンパネのタコメーターやスピードメータはその針を俊敏に回転させ、いくつかの計器が点灯していた。ボタン類の周辺もオレンジ色に光っていた。それは、私のリグをさらに高度に集積した感じで、濃密で、シャープで、クールだった。低く車内に立ち込めるエンジン音、おそらくストレートシックスが奏でる音を聴きながら、するすると通り抜ける街あかりとBMWのインパネのオレンジに光り輝く計器類を眺めていた。それは、私の心を捉えて離さなかった。

それから何年も経ち、東京に住むようになり、大学を卒業して社会人になった私は自動車免許を取るのを契機にクルマを買おうと決心した。そこでBMWを選んだのはあの友人の父親のBMWのオレンジの光の印象が強く残っていたからだと思う。私が初めに乗ったクルマ、E36の3シリーズ。中学の頃、私の心を鷲掴みにしたオレンジの光がそこにはあった。小気味よいエンジンとシャープなステアリングは、もっと走れ!と私に訴えかけてきた。Freude am Fahren、駆け抜ける喜びがそこにはあった。あのオレンジの光は引き続き私を魅了し続け、それからしばらくしてE46の3シリーズに乗り換え、その後E60の5シリーズを2台乗り継いだ。気づけば総計4台のBMWに乗ったことになる。BMWの伝家の宝刀であるストレートシックスのエンジンと切れ味鋭いステアリングは私をあちこちに連れて行ってくれた。私の世界を広げてくれた。

その後、結婚して子供が産まれ、クルマを買い替えるのに私だけの好みで選ぶわけにはいかなくなり、妻の好みが反映されるようになった。妻の実家が長年メルセデスを乗り継いでおり、妻には妻のメルセデスへの愛着やストーリーがあったのだ。そこで車はW221のメルセデスのSクラスになり、その次はW222とメルセデスのSクラスが続いた。

メルセデスのSクラスは一度買っちゃうと続けて買っちゃうと言われるが、実際に乗ってみるとそれもよくわかる。コンパクトなセダンのメートル原器がBMWの3シリーズなら、大型高級セダンのメートル原器はメルセデスのSクラスだろう。エンジンをかけ、シフトレバーをドライブに入れ、アクセルを踏み込んで数メートル走っただけで、このクルマの作りの細やかさ、トータルバランスの良さを実感する。初めて試乗したときには、言葉を失うほどに感動した。その凄さの前に呆然とした。これがメルセデスというものなのか!と。それはBMWの7シリーズやレクサスのLS、AudiのA8などの他の同クラスのライバルや、同じメルセデスでもCクラスやEクラスともまるで違うスムーズネス。クルマの周りから重力が一瞬なくなり、魔法のカーペットのように進むのだ。もしまだ乗ったことないのであれば、一度大きめのエンジンを積んだSクラスを試乗してみて欲しい。クルマの一つの頂点のカタチがそこにはある。

同時に子供たちも大きくなりキャンプでもやろうかと中古でレンジローバーも手に入れた。BMWエンジン時代の3rdレンジローバーと言われるクルマだ。このクルマが実にユーティリティ性に溢れ、その車高やコマンドポジションと呼ばれる見切りの良さからメルセデスのSクラスより運転しやすく、日常的にはレンジローバーを使うことが多くなった。そして当初の狙い通り、荷物を満載してキャンプに出かけられるというのは我が家に大きなライフスタイルの変革をもたらした。これまでは近所の都心ばかり出かけていたのが、山奥や海沿いのキャンプ場に足繁く通うようになった。おかげで部屋のひとつがキャンプ道具でいっぱいになったほどだ。

レンジローバはまさにキャンプにはうってつけで、荷物がたくさん乗るし、多少の悪路でも走破できる。そして見た目からしていかにもキャンプ向きということもあり満足していた。しかし、最大の難点は、なにせ、とにかく、あちこち壊れるということだ。

バッテリー交換、ダイナモ交換、給油ポンプ交換、冷却ホース交換、イグニッション系交換、ドア内側の修理・・・ 実にさまざまなところが壊れ、その度にレッカーを呼んだり、適正金額だろうけど目を剥く請求書がやってきて心拍数が上ったりを繰り返していた。3rdレンジと呼ばれるこのクルマは、個体差というだけでなく、製造から結構な年数が経過し、故障しやすい車でもあった。これでアキレス腱とも言えるエアサスが壊れたらとんでもない金額になるな・・・ その恐れをずっと抱き続けていた。

このまま3rdレンジローバを維持するのはコスト的にも大変だろう。2.5tを超える車重の4.4リッターのV8エンジンの燃費だってなかなかのもので、都心ではリッター2〜3キロというところだった。ガソリンを撒きながら走っているようなものだ。そこでクルマをまとめて整理する方向で考えることにした。

昔からのカーファンの方なら共感いただける価値観かもしれないが、私はクルマといえばスポーツ系のクルマ、実用性からするとクーペとまでは言わないけどセダンが欲しいと思う。これまで乗ってきたクルマもレンジローバ以外はセダン、それもまあまあ速いセダンで、ずっとセダンが家にあった。

だが、レンジローバがやってきてSUV的な生活を過ごしてみると、案外悪くないなと思えてきた。そもそも子供を抱えて峠を攻めたり、ステアリングフィールを気にするような運転をしていないことに、はたと気づいた。子供たちはロングホイールのSクラスでさえ、後部座席でぎゅうぎゅうに押し込められている感じがするようで、ロングドライブの際には文句を言っていた。あまり家族的なクルマではないのだ。

それならば、レンジローバが示してくれた方向、SUV的な大きなクルマ1台に集約するのがいいのではないだろうか?

当たり前の結論に思えるかもしれないが、往年のカーファンからすると、この結論に至るまでには葛藤はあった。SUVはクルマ好きのクルマではない、その考えをひっくり返し自分がその世界に飛び込むのだから。

さて、一旦そうと決まると選択肢はそれほど多くはない。それなりのいわゆる高級車でSUVのクルマ、それもキャンプ道具が詰めて、5人が快適に移動できる・・・ そうなると検討に値するクルマとして思いつくのかこんなクルマたちだ。

  ・メルセデス GLSクラス
  ・メルセデス Gクラス
  ・BMW X7シリーズ
  ・レンジローバ
  ・ポルシェ カイエン
  ・ベントレー ベンティガ

これらのショールームに出かけ実車に乗ってみたりした。どれもゴージャスだったり速かったり、なかなかスペシャルなクルマたちだった。ただ、改めて条件を突き詰めてみると、子供たち3人含めて5人という大人数の問題、キャンプ道具を積載する荷物のスペースの問題、これらをクリアするのはそう多くはなかった。

普段、街中で移動するときに広々座るには3列シートが必要だ・・・ そうなると、上の候補の中からさらに絞り込まれる。メルセデスのGLSとBMWのX7の2台である。

どちらも3列シートの7人乗りで、3列目のシートを倒すと巨大なラゲッジスペースが表われる。子供たちは普段は2列目、3列目に分散して乗ることで席の間隔が確保され、やれ誰が押しただのぶつかっただのといったくだらない喧嘩はなくなるだろう。

エントリーグレードで十分だと、それぞれのメーカーのエントリーグレードになるディーゼルの直6が搭載されたモデルを試乗した。まあ実に似た者同士だった。

BMW X7は、BMWに乗るのは10年ぶりぐらいだったが、当時から存在していた路線でインタフェイスが構成されていて懐かしくなった。ドライバー主義で計器やスイッチがドライバー側に向いているのがいかにもBMWだ。パドルシフトがあるにもかかわらず、マニュアル車のようなシフトノブがあるのもBMW風で、運転の心を忘れないという熱のようなものを感じる。

ちなみにこのシフトノブ、以前5シリーズ同士で乗り換えたときに仕様変更があり、以前は引いてシフトアップ/押してシフトダウンだったのが、逆の引いてシフトダウン/押してシフトアップになった。改良版の方がマニュアルトランスミッションの動きに近しいので初見で操作しやすいだろうが、その逆に慣れた身としては混乱したものだった。もちろんこのX7のギアは改良版である。

エンジンのリニアなフィールやステアリングの遊びが少なくクイックな感じはBMWそのもので、このボディなのに実にシャープに走る。狙ったラインを外さずに攻めることができる、それがたとえ大きな体躯のX7であってもだ。そして、これが個人的に最も刺さるのだけれど、あのオレンジ色でインパネやスイッチが光るのだった。わーお、この感じこの感じ!と懐かしく感じた。

インテリアやスイッチはなかなか凝っていて、シフトノブはクリスタル製で他のスイッチにも金属が奢られ、ギラギラしている。天井のガラス製ルーフにはスカイラウンジパノラマガラスサンルーフという名の1万5千個のLEDが散りばめられ星空のようにきらきら光るオプションもあり、まあ派手な内装だ。落ち着いてクルマに乗るというより、運転の味付けも内装も、ちょっと攻めている。


メルセデスGLSは非常にメルセデス的だった。運転席に座った感じが、ああこの感じだよねというメルセデスの文法に則っていた。ボタン類、操作系、どれもが慣れたSクラスとほぼ同じだ。そういう意味ではBMWもメルセデスも自社のポリシーを守っており、それぞれの味付けを大事にしているのだろう。

このGLSという車の成り立ちには色々あって、元はメルセデスのSUVは小さい順にGLK、ML、GLと並んでいたが、これだとヒエラルキーが分かりにくいし統一感がないので、セダンのCクラス、Eクラス、Sクラスに倣って、GLC、GLE、GLSと改名された。頭に"GL"がついてセダン同様のクラス名が付加され、非常に分かりやすく整理された。GLのGとは、もちろんゲレンデワーゲンことGクラスから取られたものだ。

以前のGLやモデルチェンジ前のGLSは、どことなく「メルセデスという名前だけど、ちょっと違うクルマ」という感じがした。操作系は本流のメルセデスのセダンとはやや異なり、インテリアのクオリティは、まあアメリカ製だからなぁと諦めていたが、ちょっと低かった。メルセデスっぽさはあるけど、アメリカで咀嚼され、実用車方向に振られたかなぁ、そういう感じがしていた。

フルモデルチェンジした現行のGLSは、実にメルセデス的な文法に則って作られていた。操作系もクオリティもメルセデスっぽくなった。これでようやくSUVのSクラスとなった、そういう感じがした。セダンの世界ではSクラスは別格で、最上級に位置しているが、ここにきてようやくGLSもSUVのSクラスを名乗っても違和感がなくなってきた。

ちなみに、BMW X7がドイツ製であるのに対して、メルセデスのGLSは厳密にはドイツ車ではなくアメリカのアリゾナ州で製造されている。それもあるのか、乗り心地はどこかアメリカンで、運転した感じがシャープというよりおおらかに感じる。メルセデスの元来のキャラもあって、攻める走りというより、ゆったりと長距離を走るような、そういうイメージもある。

さて、BMW X7とメルセデスGLS、どちらにするか? この選択は、おそらくこのクラスを選択する人はほぼ通過する分岐点なのだろう。我が家でもこの検討は最後の最後まで、ギリギリのところまで話し合われた。

まず価格。X7には標準装備を削ったモデルもあるが、それなりに装備が拡充したDesign Pure Excellenceというパッケージを選択するのが通常だろう。一方GLSは標準でほとんど付いている。この条件で見積もりを双方取ったが、これはどちらも拮抗しほぼ同じ。なので、好きな方を選びなさい、ということになる。一般からするとかなり高いだろうが、このクラスのクルマでいうとこのくらいの価格帯にはなってしまう。

ボディサイズで比較するとX7が全長5165mm、全幅2000mm、全高1835mm、GLSが全長5207mm、全幅1956mm、全高1823mm。X7の方がやや車幅があり、GLSの方がやや長い。ただどちらも巨大なことに変わりなく、特に都心では取り回しが大変だ。

3列目シートの広さ、快適さは、X7の方が上だと思う。GLSよりやや広い。とは言ってもこのサイズのクルマなので、GLSだって十分に広い。

運転の楽しみはX7が圧勝。A地点からB地点までの移動そのものを楽しむのがBMW、できるだけ楽に移動するのがメルセデス・・・ そんな風にそれぞれのメーカーの違いを比喩することがあるが、まさにそのセオリー通りだ。

(我が家にとって)操作しやすさはGLS。というのも過去にBMWに乗っていたとはいえ、現在のところはメルセデスの操作系に慣れている。そしてSクラスから乗り換えても、コックピットドリルをほとんど受けることなく初見で全てを操作することができる。

自動運転のレベルはX7の方が優位か。X7の方が積極的にステアリングに介入するのを感じるし、ステアリングから手を離してもある程度の速度だと自動運転される。GLSは自動運転時にステアリングに触ってなければならない。さらにX7ではバックする際にもと来たルートを自動で辿って戻るシステムまで搭載されている。狭路で対向車と出会ってしまった際、広い箇所まで戻るのに冷や汗を描く必要がないということだ。

というわけで、どちらも拮抗しており、最終的には「もう、どっちでもいいじゃん」となった。うん、どっちが車庫に収まっていても、楽しいカーライフは送れそうだ。

最後の決め手は妻の嗜好だった。BMWよりメルセデスがいい。その一言で決まった。GLSだ。

というわけで、2台あったクルマはGLS 400dというクルマ1台に集約された。子供が言うには「Sとレンジローバーを"んー"(PPAP風)したクルマ」と言うことになる。

さて、GLS、居住性はとてもよく、3人の子供たちは2列目に2人、3列目に1人と、それぞれ分割して座っており、狭いと喧嘩することは無くなった。3列目にまでUSB-Cの口があり、それぞれiPhoneを充電することもできる。USB-AではなくUSB-Cなので専用のケーブルを買わなければならないけれど。おまけに3列目までシートヒータが付いているので寒い日でも文句を言うことはない。これまで乗っていたSクラスとは異なり、後部座席にはシートから涼しい風が吹いてくるベンチレーターは付いていないが、これはGLSでも上位モデルになると付いているようだ。運転席はベンチレーションシートになっているが、以前乗っていたSクラスについていたマッサージシートは400dでは搭載されていない。

運転席の操作系は先にも述べたようにほとんどSと同じなので迷うことがない。車高を変えるボタンが加わったぐらいで、その他に違いはない。"ハイ、メルセデス!」と呼びかけてさまざまな操作コントロールができるMBUXが搭載されたが、今のところあまり使うことはなく、むしろ会話の中で「メルセデス」という単語が出現すると「ご用件は何でしょう?」と起動しちゃうので、ちょっと面倒だ。

これはレンジローバーとの比較だが、レンジローバーと比べると運転しづらい。レンジローバーは高い視点の運転席からクルマの四隅が見える「コマンドポジション」と言う設計思想がある。このおかげで大きなクルマでも目視でクルマの角が把握でき、狭いところでも運転しやすい。一方のGLSは四隅、それも前方は全く見えない。デザイン製を重視してボンネットが湾曲しており、そのためますます角が見えづらくなっている。ボディイメージを持ちづらく鼻先をぶつけないか心配になる。

なので、GLSで狭いところを走る時にはアラウンドビューモニターに頼ることになる。車幅もあるので狭い駐車場の通路を入る時、例えば西銀座駐車場に東急から入る時や、日本橋の日本ビル駐車場の出入り口などでは、感覚だけで走るのが不安で、カメラモニターのボタンを押さないと不安に駆られる。大きなクルマなりの困難さは、室内のゆとりとのバーターで、それなりにある。

もうひとつ、レンジローバーと比較して使い勝手が悪いのが荷台にアクセスするテールゲートだ。レンジローバーは上下分割式というのだろうか、上のテールゲートを開けても、下のテールゲートが閉まっている。そしてさらにボタンを押し込むと下の部分も開くようになっている。

これのどこが優れてるかというと、まずモノが落ちないこと。上を開けても下が荷物のストッパーの役割を果たしているので、たとえば買い物袋を詰め込んだとして、目的地に着いてテールゲートを開けても袋から卵やオレンジなどが地面に落下しなくて済む。荷物を詰め込む時も便利で、下のゲートを閉めたまま荷物を積むとしたのテールゲートが壁になり押し込んでギリギリまで詰め込める。

上下ともに開けておくと、下のテールゲートの内側がちょっとした作業台のようになり、キャンプの時はこの台で道具を組み立てたり、片付けたりできる。その気になれば座ることもできる。アウトドアには向いている。

街中でも便利で、開口面積にしては上部のテールゲートがそんなに長さがないのでフルオープンに必要な後部スペースが少なく済む。テールゲートを開くのにボタンを押して思いっきり後ずさりしなくても良い。

これらレンジローバーの分割式テールゲートのメリットは大きいが、GLSは一枚の巨大なテールゲートがそのまま開くのでここで挙げたメリットは一切享受できない。テールゲートを開けると荷崩れした荷物は地面に落下するし、作業台としては使えないし、テールゲートを開くのに後ろの空間が必要だし、テールゲートの開け閉めに後ずさりしなければならない。ポケットに鍵を入れた状態でクルマの後方の下に足を入れるとテールゲートが開け閉めできるが、鼻先をヒットしそうになったり、頭を上から挟み込まれそうになったりするリスクがある。

なお、この上下分割式テールゲートは現行のレンジローバーはもちろん、BMW X7にも搭載されている。他にもロールスロイスのカリナンにも搭載されている。これは推測だけど、レンジローバーは一時期BMWが所有しており、その影響でBMWに採用され、今やBMWグループであるロールスロイスにも継承されたのではないだろうか。他のメーカーには上下分割式がほとんどないのでパテントの問題なのかもしれない。

高速の自動運転でのディストロニックプラスの自動停止の挙動はちょっと私のブレーキ感覚とは異なりヒヤッとする。案外手前まで速度を緩めず、最後に直前でギュッとブレーキが踏み込まれる。ひえーぶつかるーと冷や汗をかくことになる。車間距離を最も開ける設定にしているものの、この自動ブレーキの停車位置の距離には関係ないようだ。インパネの右側のメーターを前を走行するクルマの位置を表示する設定にしていて、ちゃんとレーダーが前のクルマを捉えているかチェックするようにしているが、捉えていてもギュッと直前で踏まれるとヒヤッとする。まるで崖に向かってアクセル目一杯踏んで走り、崖から落ちないギリギリまでブレーキを我慢するチキンレースに出ているような気分になる。

もう一点、些細なことかもしれないが、パフュームアトマイザーの効きが悪い気がする。これは香水のような香りを車内の噴霧する機構で、助手席のダッシュボード下のグローブボックスにボトルを差し込んで使うのだけど、全く匂いを感じない。ディーラーに見てもらったがこれで正常だという。空間が広いから匂いが薄まって香りがたちにくいのかもしれなけれど、この手の匂いに敏感な子供も無臭だと言う。正しく機能しているかもう一度確認してもらおうと思っている。

あ、そうそう。小さなことを一点言うと、GLSは、ほとんどGLEと同じと言うのは言える。ヘッドライトのデザインや全長の違い、特に3列目シートの広さは違うが、ボンネットのデザイン、内装はほぼ同じ(場合によっては全く同じ)だと思われる。ちなみに乗り込んだ時の起動画面に表示されるクルマのフロントのCGは、GLSにもかかわらずGLEになっている。そう言うわけで、GLEのストレッチ版がGLSと思っても差し支えないように思う。3列シートがあまりに狭くエマージェンシーシートと考えた方が無難で主に5人乗り以下で使うのであればGLE、日常的にもっと人数乗せるのであればGLS、そう言う選び方でも良いように思う。

GLEとほぼ同じと言うのはネガとは言い難いので除外するとして、ネガな部分はこれら4点、リアゲート、見切りの悪さ、ディストロニックプラスの自動停車、パフュームアトマイザーの効きの悪さくらいなもので、他はなかなか良好だ。

Sクラスと比べて静寂性や荒れた路面のいなし方はカーペットとまではいかないにせよ、車体の大きさ、車高の高さからすると及第点、SUVのSクラスと言えるだろう。エアサスペンションの恩恵を感じる。さらに上位機種にはE-ACTIVE BODY CONTROLという機構が搭載されており、前方の道の凹凸をスキャンして、その凹凸に合わせて油圧と電子制御で車高やダンピングを調整し、完全なるフラットライドを実現するそうだ。これはさらにすごそうだ。

標準でついてくるブルメスターのサウンドもなかなか良好。比較的新しいレコーディングのトリオものだと、それぞれの楽器が粒だって聴こえてくるし、ちょっと古いソロのアルバム、例えばセロニアス・モンクのセロニアス・ヒムセルフあたりを聴いていても一音一音が粒だっている。クルマ用のオーディオとしてはなかなかのレベルにあると思う。子供の送迎の途中などで私一人で運転するときに、ボリュームを少しあげてマイルスのトランペットを流すと、目の前でクインテットのそれぞれの楽器が展開され、ミュートがかったトランペットが闇を切り裂くようにスケールを奏でる様子が見えてくる。それは実に素晴らしい音、そして日常の中での素敵な体験だ。

私の最初のクルマから直前まで、ずっとガソリンエンジン車に乗ってきて、このクルマが私にとっては初めてのディーゼルエンジンだ。ディーゼルがどう言う感じなのか、理屈は分かっていたが、実際に乗ってみないことにはわからないところもあるだろう。やはりアイドリング時の振動はそれなりにあって流石のメルセデスでも完全には抑え込めておらずガソリンのようにスムーズではない。ただその振動は昔のディーゼルよりかなりましだし、走り出すとディーゼルの太いトルクの波が押し寄せ、この2.5トン、人や荷物も乗ると3トンくらいになる車重をものともせず加速する。まだこのクルマでアクセルを床まで踏み込んだことはない。それだけゆとりのあるエンジンだ。

経済面、ひいては地球環境にも良好だ。ディーゼルエンジンの燃料である軽油はハイオクガソリンに比べると安い。この価格差はそれぞれの原価や付加価値の差によるものではなく、税金の違いによる。リッターあたり21円ほど税金の差があることから軽油は安い(あるいはガソリンは高い)のだ。しかもGLS 400dはこのサイズにしては燃費は良好で、街走りを中心に使う我が家で6-7km/ℓ程度だ。この数字は3rdレンジローバーの倍以上の効率性だ。一度満タンに給油すると我が家の使い方だと3週間ぐらい無給油で使えるほどだ。

かつて石原都知事がペットボトルの中のディーゼルの黒い粉塵を振り撒いて話題になったディーゼルのネガな要素は昨今は払拭されている。AdBlueという尿素水溶液を別途30ℓほど積んでおり有害な窒素化合物NOxをH2Oの水とN2の窒素に置換している。他の技術も合わさって、以前のススっぽいディーゼルとはまるで違うクリーンディーゼルを実現している。なお、このAdBlueは大体一万キロで空っぽになるので時々補充しなければならない。

ちなみに400dというこのモデル名、かつてのメルセデスはこの数字でエンジンの排気量を示したが、現在はダウンサイジングが進み、より小さな排気量でも高出力を絞り出せるので実際の排気量は少ない傾向にある。400dなら本来は4000ccのエンジンということになるが、実際には2,925ccだ。エンジンはストレートシックスこと直列6気筒エンジン、通称、直6と言われるレイアウトのエンジンが搭載されている。直6はBMWが長年得意にしてきたレイアウトで、一方のメルセデスはこの20年ほど直6は作ってこなかった。それがここ数年の間にメルセデスのガソリンエンジンで復活した。400dに搭載されるエンジンはその直6のディーゼル版のターボである。ちなみにBMW X7 35dにも3リッターの直6ターボエンジンが搭載されており、まあそう言うトレンドなのだろう。ついでに400dの"d"はディーゼルであることを示している。

近年、クルマに乗り換えるたびに、これが最後のガソリン車になるのではないかと思うようになってきた。トヨタのプリウスに端を発したハイブリッドの波は、一時期メインストリームに躍り出て、低燃費・エコといえばハイブリッド、エコカーの未来はハイブリッドにあると目されてきた。一部のドイツ車の中にもプリウスのようなフルスペックのハイブリッドではなく、マイルドハイブリッドと呼ばれる、ややモーターがアシストするモデルを細々と作っていた。

時代が過ぎ、ハイブリッドカーはやや時代に取り残された感がある。ハイブリッドの発展形はプラグインハイブリッドカー、通称PHEVと言われるクルマだ。一般的なハイブリッドカーは走行しながら充電した電気をバッテリーに充電し、バッテリーの電力でモーターを駆動しエンジンをアシストする。PHEVは、さらに外部からの給電によりバッテリーを充電し、バッテリーもハイブリッドカーより大きく、モータも強力だ。そのためエンジンをアシストするだけでなく、限られた速度・距離であればエンジンを切ってモーターだけで走行することもできる。ガソリン車の電気自動車のいいところどり、現実解の電気自動車とも言えるだろう。

ただハイブリッドにせよPHEVにせよ、これらの形式がエコカーの終着点ではなく通過点と目されている。終着点にあるモデルはEVと言われる電気自動車、もしくはFCVと言われる燃料電池車だ。EVはバッテリーの電力、FCVは水素を燃料に発電する電力でモーターを回す。EVではテスラが先行し、他の自動車メーカーもEVにシフトするものと思われる。例えばメルセデスはEQと言う新たなブランドを作り、GLCをベースにした電気自動車EQCが発売されており、近々GLSをベースにしたEQSもリリースされそうだ。

ただ我が家でEVを購入するのはまだ無理だ。と言うのも家のマンションの駐車場には充電設備がなく、充電ステーションに行って時間をかけて充電するのは非現実的だからだ。そういうインフラが整備されてくるとEV導入を前向きに考えるかもしれないが。

FCVとしてはトヨタのMIRAIなどがあるが、車両本体価格の高さもさることながら燃料となる水素ステーションの数はEVの充電ステーションの数の比ではなく、ほとんど普及していない。多くの人が使うには不便だ。走行中水だけを排出する究極のエコカーではあるが、インフラ面で今後の普及がどうなるかは疑問である。

EVは動力がモーターであり、モーターは構造がエンジンより単純で多くのサプライヤーを抱える必要もなく参入障壁が低く、これまで自動車を作ってこなかったメーカーも参入が容易である。Appleなどがこの市場を狙っていることからも、業界再編を視野に、これから大きく地殻変動が起こることが予想される。

最近日本政府も2030年代半ばには全ての新車をEV車にすると言っているようだが、いずれにせよガソリン・ディーゼルだけを動力源にするクルマは今後はシュリンク方向に向かい、社会インフラの整備が進み、世の中の動きがそちら方向にシフトすると、一気に過去のものとして葬り去られるのかもしれない。

そこで、先程の話に戻るが、毎回クルマを買い換えるたびに「これが最後のガソリン車になるか・・・」と思っていたが、今回のクルマはガソリン車ではないけれど同じ内燃機関のディーゼル車になった。特に環境意識の高いヨーロッパではディーゼル車の比率は日本より高いが、まだ日本ではディーゼル車はマイナーだろう。ハイブリッドなりPHEVなり、あるいはEVにシフトする前に、悪あがきでディーゼルに手を出した感もある。そう言う意味では、クリーンディーゼルのクルマは実に現代的な落とし所のクルマだとは思う。

個人が所有しうる最大かつ最も精密な装置であるクルマは、ほとんどの場合、大きな買い物になると思う。だから人はちゃんと選んで、後悔のないように、いいものが買えるように、日々の使い勝手が良く満足するように、検討を重ねて決めるのだ。

私の場合はこのGLS 400dをマイカーにしてみて、まあ悪くないなと思う。私個人的にはBMWから入りメルセデスSクラスに引き継がれた系譜、そしてレンジローバが切り開いてくれた道、その交わるところにGLSがあった。さらにやがて内燃機関の終焉を迎える時代の転換点において、アンシャンレジームとしての内燃機関の最後のあがきとしてのクリーンディーゼルエンジンに乗っておくことは意味があるように思っている。偶然ではない、必然の出会いだったのだろう。

そう、世界は素晴らしいモノで満ち溢れている。

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