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名前を忘れる夜

こんばんは。今日もお疲れさまでした。

名前が出てきません。彼に「もう会えなくなるなんて嫌だ」と何度も言っていたはずなのに。もう、名前も覚えていないのです。

彼とはマッチングアプリで出会いました。ふわふわとしたやりとりで、何を求めているか分からない人だと思いました。会って、素敵なスイーツを食べて、部屋に通されました。

慣れた手付きで、ワンピースに手をかけ、口笛を吹きました。楽しそうに。そんな人を現実で生まれてはじめて見ました。首筋からは、ブルガリの香水の品の良い香りがしました。

いつもちょっとしたことですぐヘソを曲げるので、言葉は慎重に選びました。

「あなたしかいないわ」

何度も何度も言いました。「嘘でしょ」と疑われて、「すぐに会いたい」と何度も言ったのです。そうすると、夜中にベンツが家の側に停まるのです。

私の言った言葉は嘘でした。その場を取り繕う軽い言葉でした。彼は知っていたのです。それでも会いに来たのです。

そんなやりとりを何度も繰り返す濃い1年を過ごしていたのに、コロナが来てから彼とは会わなくなりました。連絡は来ましたが、私は彼に会うことを恐れていました。私は誰も引き止めたくはないのに、彼のことは何度も引き止めたからです。それは、もう知りたくない感情でした。

彼への返信が滞り、名前も滅多に呼ばなくなりました。何万回とは呼んだその名前を。そして、今日名前が分からなくなりました。

彼の顔は覚えているのに。あの香りもすぐ出てくるのに。名前だけがふわふわしています。名前を思い出したいような、思い出したくないような…。

彼の車の音はもう思い出せません。どんなエンジン音で、彼を見つけたのでしょうか?夢の中なら名前を呼ぶのでしょうか。おやすみなさい。

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