今、恋をしていた。
いつもと違うのは、名前も知らないあの子に合わなかったからだ。
毎朝通勤で使う電車の、前から3両目の車両3番ドアの前にいる同い年くらいの女の子が居なかった。
そりゃあ、見知らぬ誰かなんだけど、毎朝毎時間同じ車両でよく会う人のことだから、居ないことに違和感を覚えるくらいは覚えてしまった。
なんでだろう?
その子は、ショートカットの似合う人で、いつも姿勢が良く改札を抜けてホームへ出ると、ぽっと、さも「私はここの妖精です」と言うように立っているのが見えた。
同い年の人とは少し変わった、でもよく居る様な、そんな女の子だった。
すらっとしているのに加え、姿勢が良いから印象に残ったのだろうか。
そこまで思い出して、やっとわかった。
あの子はいつも、まっすぐ前を向いて立っていた。どんな朝も周りが自分の手元を見つめて猫背になる中、あの子は凛と佇んでいた。
横目で見ていたその子の横顔は鼻筋が通って、華奢なガラスみたいな透き通った色白肌だった。笑ったら、きっと、朝顔や紫陽花みたいな、淡くて、少し寒い印象だろう。
その子の立っていた横の列へ並ぶのが日課だったが、今日はその子の代わりに自分が立つ。
どうして、いないことに気が付いたのだ?
こんなにたくさん思い出せるのに。
しとしと朝を濡らす雨をかき消していつもの電車が到着し始めた時、やっと思い出した。
一目惚れ、だったんだ。
初めて横顔を見た日から、始まりもしなかったこの気持ちを、吐き出す場所さえ無くして初めて知ったんだ。
暑くもなく寒くも無い、季節を塗り替えていく小雨日和の今日。
今、恋をしていた。
おしまい。
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