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【読書記録】ラズロ・ボック「ワーク・ルールズ!」

グーグル人事担当上級副社長である著者が、同社の職場環境、採用、育成、評価の制度設計について書いた一冊。

今日、所用で渋谷ストリームの近くを通りがかった。グーグル日本法人がオフィス部分を丸ごと占める高層ビルだ。GAFA と呼ばれる巨大 IT 企業の中でも、グーグル日本法人の国内での存在感は頭一つ抜けているのではないだろうか。渋谷駅一帯におけるこのビルの存在感からもそれは感じられる。なにしろ見上げると首が痛くなるのだ。ビルのフロアにもちょっとだけ足を踏み入れる。川の流れのような、曲線的に伸びるフロアが印象的。ビルのエントランスの目の前を流れる渋谷川のイメージと重なる。グーグル帝国の膝元ならぬ股下あたりのビル 2, 3 階には、レストランも多い。フリーランチがあると話題のグーグル社員でもたまには使うのだろうか。ロブスターサンドのお店で食べたシュリンプサンドが美味しかった。ちなみにグーグルの採用面接を受けたわけではない、念のため。

記憶が確かなら、2000 年代半ば頃(中学生頃だ)には既に、一地方中学生である筆者にさえ、「グーグル=最高の人材が集まる職場」という認識があった。当時ネット上で目にした、グーグルが採用活動に使用したとされる、真偽不明の画像のことを思い出す。高速道路脇の掲示板に書かれた、カルトクイズのような数学パズル。パズルを解いたものだけがアクセスできるウェブサイトが、次の面接への招待状を兼ねているという。こういった噂話からは、高度に知的なギーク人材を魅了する、遊び心とパラノイア精神が透けて見える。まるでスパイのヘッドハンティングのようだ。妄想しがちな中学生には、グーグルは巨大 IT 企業よりもむしろ CIA の同類のように思われた。

なぜ、グーグルは世界最高の職場と呼ばれるのか?逆に、「最高の職場」という言葉からイメージされる、グーグル的職場──仕事と遊びの境界が曖昧で、時間的自由度が高く、福利厚生面も充実──は、どのように発明されたのか?最高の職場で働く人材が不満を感じるとしたら、どのような点なのか?こうした疑問に一言で答えるのは難しいが、この本を読むことでいくつかの回答を得られるだろう。

個人的に興味深かったのは、グーグルの人事戦略の徹底したデータ主義と、認知バイアスの排除に尽力した制度構築についてだ。面接官によらない評価を実現するための面接時の質問ジェネレータの仕組み化、個人の面接の制度の限界を示すデータ、候補者を採用するか見極めるのに必要な面接回数、などなど、すべてが客観性に基づき、採用活動自体が「やりっぱなし」でなく適切なフィードバックのもと反省されている(第5章「直感を信じてはいけない」)。また、人事関連にとどまらず、認知バイアスを是正するための仕掛け「ナッジ」を社員のマネジメントや、経済状態や健康状態管理にまで適用した事例も述べられている(第12章「ナッジ/選択の背中を押す」)。具体的には、新入社員への行動指針チェックリストの配布によるモチベーションの増大や、錯覚を応用して実際以上に満腹感を得られる料理の提供、確定拠出年金の拠出額が少なかった社員への、増やした場合の積立額予想の通知などだ。単なる生産性の向上だけでない、社員の健康と富の増大までを視野に入れた制度の設計。弱い人間の意思の「つまづき」の元を、大きな会社の叡智が、そっと取り除いてくれるのだ。まるで自由意志による選択を捻じ曲げるトリックのようで、不快に感じる人もいるだろう。筆者には何とも言えない。その他には、日本とアメリカでの人事評価の違いを感じる内容として、トップテール人材の話が印象的だった。真に生産性の高い「トップテール」に属する一部の優秀な社員は、会社の業績に重大な影響を与えること。そして、彼らには能力に見合った(時に巨額の)報酬を与えることが重要だとも述べられている(第10章「報酬は不公平でもいい」)。

最後に。本文中では上に書いたパズルを用いた採用方法についても記述されており、問題の詳細を知ることができる。実はこの採用方法によって採用された人数は 0 人だったそうで、「資源の無駄遣いだった」と著者は振り返っている。初期グーグルの採用活動では、賢い人にアプローチする単刀直入な方法として、学校の成績証明書や、こうしたカルトクイズを使用していた。だが特定の分野に突出した人材だからといってチームプレイヤーとして価値を発揮するわけではないこと、学業の成績と業務遂行能力には相関が見られなかったことから、初期のこうした活動は失敗だったと考えられているようだ。

以下は抜き書き。

上級経営者は、広告の背景色に最もふさわしいのは黄色か青かを議論して時間を浪費すべきではありません。実験してみればいい。そうすれば、経営者は余裕をもって定量化しにくい事柄について頭を悩ますことができる。
内発的動機は成長の鍵だが、従来の業績管理システムはその動機を破壊してしまう。何かをマスターした、何かを成し遂げたという高揚感は強力な動機付け要因だ。
トップレベルのスキルの持ち主は学習への取り組み方が私たちとは違う。雨のゴルフ練習場で何時間も同じショットを打つように、動作を細かく分割して何回も繰り返すのだ。しかも、常に状況を確認しながら、小さな横ほとんど気がつかないような横修正を重ねて改良する。


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