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息子が急性散在性脳脊髄炎になって倒れた話14

でも、信じるって決めたじゃないか。

そう自分に言い聞かせ、深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。

まだ小さな身体だ。

倒れてから何日も様々な薬が投与されている。

それだけでも体には相当な負担だろう。

薬が抜け切っていない、という可能性もあるのではないか、と頭に浮かぶ。

「そうですか…。この後はまた鎮静剤の量を増やすのでしょうか?あ、あと免疫グロブリンはもう投与されたのでしょうか?」

朝に電話を受けてから、免疫グロブリンのアナフィラキシーや副反応が起こっていないのかが気になっていた。

「夜中は看護師や医師の人数も限られますので、意識レベルが回復して急に暴れた場合、色々な面で危険です。

ですので、夜には鎮静剤の量を増やすつもりでいます。

また、免疫グロブリン療法はちょうど午後、そろそろの予定ですよ。

今看護師が持ってくると思いますから。」

そう言って医師は看護師に確認しに行ってくれた。

免疫グロブリンの投与はまだだった。

ということは、今からアレルギー反応が出てしまうかもしれないのだ。

すぅっと息を吐くと、頭が冴えた気がした。

自分の中で覚悟を決めた。

投与の瞬間に立ち会えて良かった。

あとは信じて見守ろう。

そう決めて、改めて息子を見た。

着いてすぐに医師からの説明を受けた為、長男にはまだ話しかけることができていなかった。

「長男、ママ来たよ。声かけるの遅くなっちゃってごめんね。会いたかったよ。

昨日はパパだったから、今日はママが来させてもらったよ。

そのかわり、パパにお手紙読んで貰ったんだよ。

まずは聞いてあげてね。」

話しかけても沈黙だけが返ってくる。

長男の声が聞きたいな。

そう思いながら、ボイスレコーダーを取り出した。

長男の耳元で夫の声で読まれた手紙の音声を聞かせる。

恥ずかしいから、と言って誰もいない部屋で録音をしていたけれど、少し涙声だった。

録音を聞き終わると、ちょうど看護師さんが来て免疫グロブリンの投与の準備を始めてくれた。

「重篤な副反応が出るとしたら、どのくらいで出るものですか?」

一番気になっていたことを聞いてみた。

「んー、そうですねぇ、もちろん絶対とは言えませんが、一番多いのは投与してから30分以内だと思います。」

まぁ、そんなに多いことでは無いですからね、と安心させるように笑顔で話してくれた。

正直、10万人に1人以下の発症率と言われる病気に罹っている以上、多くはないと言われても緊張はする。

でも、安心させようとしてくれたあたたかな気持ちを感じ、力が沸いた気がした。

着々と点滴の用意を済ませ、あっという間に投与が始まった。

しばらくしたら様子を見にきますね、と言ってその場を離れる看護師の背を見送り、眠る息子の顔を1人見守る。

PICU内は複数のベッドが並んでいて、その手前の通路を常に看護師や医師が巡回してくれていた。

長男の身体につけられた多種多様なコードは、二酸化炭素量や体温、その他様々なものを数値化し、かなり厳しい基準値を設けて、そこから少しでも外れるとすぐにアラートがなるようになっていた。

実際、看護の途中でコードが少しずれただけでアラートがなり、そのように管理していると教えてもらった。

なにかあれば、すぐに分かる、助けを呼べる環境に感謝しながら、面会時間中精一杯声を掛け続けようと決めた。

絵本を取り出して読み聞かせる。

どれも長男が好きで何度も何度も読み聞かせてきたものだった。

3冊ほど読んだころ、息子がもぞもぞと動いた。

息子が倒れた日からこの日まで、指先だけでも動いているのをみたことは無かった。

鎮静剤の他に筋弛緩剤も投与していた為、全身から力が抜けており、動く様子は一切無かったのだ。

そんな息子がうなされているかのように片方の腕を左右に動かしたり、頭を少し揺らしていた。

ちょうど免疫グロブリンの投与開始から30分程経ち、看護師さんが様子を見に来てくれた時だった。

「これは…意識が戻ろうとしてるんでしょうか?それとも副反応で苦しんでいたりするのでしょうか…?」

興奮気味に、でも不安気に問いかける私に、少し悩みながら看護師さんが答えてくれた。

「うーん、数値的に問題は無いですし、この様子から見ても副反応ではないと思います。

昨日鎮静剤を減らしてからこれくらいの動きも少しずつ出てきているんです。

ただ、これ以上の反応が無いんですよねぇ…。」

たしかに小さな動きだった。

けれど、なんとなく私の声に反応しているような気がした。

「長男、ママだよ。聞こえる?」

少し大きめの声になりながら、長男の耳に語りかけた。

すると、左足を動かし、毛布を蹴った。

偶然かもしれない、でももしかしたら反応しているのかもしれない。

目の前がパァッと明るくなった気がした。

それを見ていた看護師さんも、

「こんなに動いたのははじめてですね。ママの声、聞こえているかもしれませんよ」

と言ってくれた。

今、声をかけ続けなければ。

そう感じた。

「長男!聞こえる?ママの声聞こえたら目をあけてごらん!長男!」

手をにぎり、耳元ではっきりと言った。

すると、右目の瞼がピクッと動いた。

そこから5分程手足をさすりながら同じように声をかけた。

「目をあけてごらん!」その言葉に反応して、

2回、3回とまぶたが動き、一瞬目をあけては瞑る。

これは聞こえているのだ。と確信した。

挿管が苦しいのか顔を歪ませ手足を動かしながら咳き込む場面もあった。

必死で声をかけ続け、身体が動くのを見守っていたが、しばらくするとまた身体が動かなくなり、私の声にも反応が無くなった。

それでも、その短い一連の出来事が私の中のもやもやとしたものを確信に変えてくれた。

何度か両手足を動かし、耳からの音に反応した。

あぁ、この子は生きようとしている。

足掻いて足掻いて、私の声に反応してくれたのだ。

そう思うと涙が溢れた。

息子が倒れた日から初めて流した嬉し涙だった。







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