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フクシマ・セルフスタディーツアー~事故後初めてフクシマを訪れた。~①いわき駅から双葉駅へ向かう。


0. 報告

 去る2022年10月29日及び30日、私は1泊2日で福島第一原発事故の被害地へ訪れた。主に訪れた被害地は、双葉駅周辺、浪江駅周辺、大野駅周辺である。宿泊先はいわき駅近くのホテルである。宿泊先をいわき駅近くのホテルにしたのは、駅の近くにコインロッカーがある等利便性が高いと思ったからである。

1. キッカケ

 事故から11年と8ヶ月過ぎた頃に、私が福島第一原発事故の被害地へ訪れようと思ったキッカケは、フリージャーナリストである烏賀陽弘道氏(以下、烏賀陽氏)のYoutubeチャンネルや福島第一原発事故に関するnote記事や著作である。

【烏賀陽弘道氏のYoutubeチャンネル】

https://youtube.com/@ugayatv

【烏賀陽弘道氏による福島第一原発事故に関する書籍】



【烏賀陽弘道氏によるnoteの記事】


福島第一原発事故に関する烏賀陽氏の言論に触れて、「そこまで言うのなら自分の眼でフクシマを確かめてみよう。」、「自分にも所縁のあるフクシマの土地をこのまま一度も見ずに過ごしていてはいいのか?」と思った。(私は、幼少期から中学2年生までの夏休みの間、大熊町にある母方の祖母の姉妹の家に遊びに行ったことがある。しかし、その家の近くに福島第一原発があったことは3.11で原発事故が発生した後に初めて知った。)
 烏賀陽氏の福島第一原発事故の言論に触れ始めた2021年の3月頃から、福島第一原発事故の被害地を訪れてみようと思っていたが、コロナ禍や私自身の個人的な事情があり、訪れるタイミングを逃していた。
 個人的な事情が落ち着き、コロナも落ち着いてきたと思ったので、去る2022年10月29日及び30日に私は初めて福島第一原発事故の被害地を訪問した。

2. フクシマへのアクセス

 私が現在住んでいるところは、新横浜駅に近かったので、新横浜駅まで徒歩で向かい、新横浜駅から品川駅へ新幹線で向かった。品川駅に着いた後、ひたちでいわき駅まで向かった。
 10月29日、私は12時を少し過ぎた時刻にいわき駅に着いた。

新幹線から降りると、すぐ向かいに原ノ町行きの常磐線が停まっていたが、コインロッカー等いわき駅に荷物を預かってもらえるスペースがあるかどうかを確認したかったので、ホームを出て、いわき駅のコインロッカーに向かった。幸い、いわき駅のコインロッカーに空きがあったので、私はそこにスーツケースを預けた。
 スーツケースを預けた後、私はいわき駅にある時刻表を見に行った。次の時間の原ノ町行きの常磐線を調べたかったからだ。しかし、ここで盲点だと思うことがあった。原ノ町方面へ向かう常磐線は、私が思ったよりも本数が少なく、この時点で一番早い常磐線は13時42分に着くものだった。しかも、この常磐線は広野駅行きだった。

それなら次の原ノ町駅まで行く常磐線が駅に到着するまで待とうと思ったが、それだと15時15分まで待たなければならず、限られた時間の中で福島第一原発事故の被害地を見るという目的が果たせなくなると思った。それなら広野行きの常磐線に乗って、冨岡駅まで徒歩で歩いていけるかどうかを調べてみたが、広野駅から冨岡駅まで徒歩で行くと3時間近くかかることを知って、「これでは被害地を見る前にクタクタに疲れ果ててしまう。」と思って断念した。それならば広野駅でタクシーを拾えるかどうかをスマートフォンで調べたら、料金はかかるが広野駅でタクシーを拾えることがわかった。広野駅で本当にタクシーを拾えるかどうか半信半疑だったが、私は13時42分に来る広野駅行きの常磐線に乗るしかないと思って、それまでに宿泊先のホテルに実際に行ってみたり、昼食を済ませたり、読書したりしていた。
 13時42分、広野駅行きの常磐線がいわき駅に到着したので、私はそれに乗り、広野駅に向かった。広野に着いて、広野駅のホームを出ると、目の前にタクシーがあった。私は、すぐにタクシーに乗り込み、「双葉駅までお願いします。」と言った。運転手の男性は、「双葉駅…?良いですけど、遠いですよ?最低でも1時間近くかかる。」と言ったが、すぐにでも福島第一原発事故の被害地を見たかった私は構わずに「良いです。向かって下さい。」と言った。運転手の方は了解して下さり、双葉駅まで行ってもらえることになった。

3.双葉駅までの道のり

 広野駅から出発する際、私は個人線量計を取り出し、首元に着けた。そうすれば、福島第一原発事故の被害地に入った時に被曝量の変化がわかると思ったからだ。

広野駅を出発する際の被曝量

 広野駅を出発した後は、双葉駅へ向かって約1時間近くのタクシーの旅になった。タクシーの中では、運転手の方と、福島県は北海道、岩手県の次に面積が広いこと、福島第一原発周辺の地域のことを話していた。タクシーは国道6号線をずっと走っていて、私の右側には福島第二原発の煙突を見ることがあった。

タクシーの車窓からの福島第2原発の煙突

福島第二原発を見ることができるということは、冨岡に入ったということでもあり、その先の右側にさくらモールとみおか、左側にかっぱ寿司、ファッションセンターしまむらを見ることができた。(タイミングの関係で、さくらモールとみおか、かっぱ寿司、ファッションセンターの写真を撮ることはできなかった。しかし、かっぱ寿司とファッションセンターしまむらは原発事故当時のままと思われるような姿をしていて衝撃的だった。)
 冨岡の更に先に行って大熊町のヒラメ養殖場への標識を見た後、私は首元の個人線量計を見て更に驚いた。被曝量が変化していたからだ。

私は思わず「今どの地点ですか?」と運転手の方に訊くと、運転手の方は「今双葉に入ったところです。」と言った。私は「成程双葉に入ったのか…。」と思いながらタクシーに乗っていた。
 その数分後、タクシーが双葉駅に着いた。私は運転手の方に代金を払い、お礼を行ってタクシーを出た。広野駅から双葉駅までのタクシー代金は、10, 330円だった。

広野駅から双葉駅までのタクシーの代金が書かれたレシート。双葉町の東日本大震災・原子力災害伝承館内で撮影。

私は「2万円近くかかると思っていたから意外と料金がかからなかったな。」と思った。

4. 双葉の地へ

 こうして私は双葉駅に着いた。ここから私は東日本大震災・原子力災害伝承館や双葉駅周辺を見て回った。そのことについては、「②双葉駅周辺を歩いて回った。」に記していこうと思う。



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