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#3 元カノからの手紙が出てきた。

たしか、こんな一文から始まっていた。

親愛なる○○君へ。==な日を、いかがお過ごしでしょうか。


所々読めない部分がある。
いつもらったモノなのか、なんでもらったのかさえ思い出せない。
数学や英語の勉強の後が見えるルーズリーフにかかれているものだから、
高校生か、あるいは大学生のときにもらったのだろうか。
なんでルーズリーフに手紙を書いたのかもわからない。
授業中か自分で勉強中に飽きて書き始めたところ、
思ったより良いものが出来上がったから僕にくれたのだろう。
裏表の空きスペースにびっちり書かれた文字から、
当時の彼女の気持ちが読みとれる。

表は他愛のない内容が書かれていて、最近の出来事とか、
楽しかった思い出とかに触れられていたと思う。
裏面は僕の寝顔について書かれていて、こんな文章で締められていた。

○○君の寝顔は、==のような==でちょっとブサイクです。
それでもまだ誰も、誰も見たことのない、
いや、もしかしたら誰かが私よりも先に見た寝顔なのかもしれないけど、
それでも今は、私にしか見せないその顔を、私にだけ見せてくれる。
そんなことがたまらなくうれしくて、とても幸せです。大好きです。
これからもよろしくお願いします。


普段なかなか見せない彼女のテンションがたまらなく愛しくなった。
友達の延長でつきあい始めたからか、付き合いたての期間も、
付き合いたてのカップルのような関係じゃなかった気がする。
あっけらかんとした性格で、フットワークの軽い彼女は、
本当に良き理解者で、親友で、恋人だった。
手紙を読んでそんなことまで思い出したから、
この手紙を書いてくれたこと自体に、驚いた。
僕もすごくこの子のことが好きだった。


それでもまだ思い出せずにいた。この子と付き合ったのかどうかを。
昔の記憶が曖昧になるという言葉では片づけられないほど、
彼女との思い出が蘇らない。
3ヶ月ほどしか付き合っていなかったのか、3年くらい付き合えたのか。
それすらまともに思い出せない。
どんな性格で、どんな顔で笑って、
どんな声で話しかけてくるのかもすぐにわかるのに。


少し、彼女の話をしようと思う。
高校の同級生だった。
学年で1番可愛いと思ってたし、男子の人気も常に高かった。
肩よりも少し長い髪を時たまお団子にしてくる。
それがまた可愛くて、好きだった。
ほんの少しだけ低めの声は聞いていて心地よくて安心できた。
男女分け隔てなく接する性格にも惹かれていた。
媚びず、打算をせず、
いつも自分が自分らしく生きるための行動をしていたように思える。


話は大学生の頃に移る。僕は大学入学と同時に上京し、
彼女もまた浪人を経て一年遅れで上京した。
そういえば、大学生で思い出したことがある。
友達と飲んでいるとき、用事が出来てと言われ早めに解散したある日。
彼女の家が近いことを思い出して、ふと連絡を取ってみた。
いまドコドコにいるんだけど、よかったら飲まない?と。
21時を過ぎていたし、何年かぶりの連絡だったから
返事も期待していなかったけど、すぐに返ってきた。
もちろんいいよ、と。
このとき、電車の中でメールを開いたドキドキ感と、
予想外の文面に高揚したテンションはいまでも鮮明に思い出せる。
久しぶりに会う彼女はやっぱりフランクで、楽しくて、可愛かった。
半分打算的に終電に気づかない振りをしていた僕が、
案の定終電を逃したとき。
彼女は朝まで嫌な顔をせずに付き合ってくれた。

いま思えば、急な連絡をしたにも関わらず、
嫌がることなく会ってくれたのは、
僕と彼女がすでに付き合ったことがあったからなのかもしれない。
思い出せない。あの日の前と後で、僕らがどんな関係だったのか。
少なくとも飲みに行ったあの日、
僕たちはもう付き合っていなかったのだけど。

そんなことが巡り、また彼女に会いたくなった。
でも、彼女はもう既婚者だ。
2、3年前か、地元が一緒だという人と結婚した。
その報告をFacebookの投稿で知り、
そこに載せられたYouTubeのウエディングムービーから、
旦那さんの顔を知った。
さすがにもう、連絡を取っていない。
だけどどうしても確かめられずにいられなくなり、
およそ5年ぶりにメッセージを送った。
なんと送ったかも思い出せない、大したことのない文面だった思う。
とにかく会いたい、会って確かめたいことがあると伝えた。

もともとフットワークの軽い彼女は、
変な警戒も、疑いも持たずに会ってくれた。
どうしようもなく的外れな質問だとわかりながら、
ずっと気になっていた疑問をぶつけてみた。
「俺たちって付き合ったことあったっけ?」
我ながら頭が悪そうだと思う。彼女もポカンとしていた。そりゃそうだ。
わざわざ呼び出してきた元カレが
「付き合ってたっけ?」なんて聞いてきたんだから。
でも、その表情は僕の想像していた反応の表情ではなかった。
「付き合って…たっけ…?そう、だよね。付き合ってたよね、私たち」
信じられないことに、
彼女自身も僕と付き合っていた過去を忘れかけていた。
ぽかん顔はまさしく「何言ってるんだこいつは」だったけど、
「当たり前のことを何言っているんだ」ではなく
「意味わからないことを何言っているんだ」の顔だったのだ。
なぜ互いに忘れてしまったのかわからない。
そして、なぜまた思い出したのかもわからない。
思い出したくのない記憶だったのか、偶発的な集団記憶喪失の一種なのか。
でも、確かに、僕たちは付き合っていた過去を思い出した。
彼女が当時付き合っていたことをどれだけ思い出せたかわからないし、
どれだけ好きだったのかを思い出せたのかもわからない。
それでも僕は、まだまるであいまいな記憶がなんだか愛おしく感じられた。
確かその時も、まあ、いいかと思ったんだ。
こうして、なにかの縁で、彼女に会えたんだから。
よりを戻すとか、不倫しようとかではなくて、
一つずつその時の記憶をたどって、
思い出を確かめながらコーヒーを飲もう。
こんな風に落ち着いた気持になっていた。
「ところで、この手紙なんだけど」そう切り出そうとして、目が覚めた。
起きたらいつもの部屋で、いつもの天井だった。
もちろん、彼女は隣にはいない。ところで、「彼女」ってだれだ。
もう、思い出せなくなっている。

ちなみにこの記事の読了感は、
僕が夢から覚めた時の絶望感をトレースしてます。

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