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お爺さん(74歳)の思い出   その36 母のこと

母の実家は、私の育った家から1kmくらいの所から、嫁いで来ました。近くから嫁いだ事で、親同士は相手方の家の事情、はよく知っていました。しかし、本人同士はよく知らなかったようです。昔よくあった親同士の、話し合いの結婚です。

母の実家は傘作り職人でした。そんな事で、母は農家のことがよくわからないし、やったこともないので、あまり気が進まなかったと言ってました。

それでも、結婚したからには頑張って、父の手助けをしたようです。

仕事の内容によっては、わからないことから、衝突する事は多かったとも聞きました。

母は、性格が気丈な方でしたので、父に黙って従う方ではなく、反発しながら仕事を覚えたようです。夫婦喧嘩も多かったようです。

父が祖父の借金を返しながら、頑張っているのを見て、母も協力して頑張っていたようです。子育てしながら、父の仕事を手伝って、生活の向上に取り組んでいたようです。

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いくつか思い出を書いてみると、食事の時間は子供が多く、食べ盛りでもあります。そこで、母は皆んなが食べ終わるのを待って、食べ始めていました。時にはご飯の残りがなく、鍋に残った端にこびりついた、ご飯を集めて食べてました。ほとんど食べるほど残っていない時もあります。

また、母は料理が上手でした。当時は調味料と言えば、醤油、味噌くらいで味付けしていました。
先にも書きましたが、田舎は色々な行事があります。その度に料理を作って、集落全体で食事していました。量が多いので味付けも大変です。その味付けを母がしていました。多くの料理を作り味付けの時に、母に相談をしていたと聞きました。

もう一つ、温かい思い出があります。母の膝枕で耳かきをしてもらうことです。膝に頭をあずけると、母の匂いがしました。その匂いを今でも覚えています。気持ちが良くいつまでも、そうして居たいと毎回思っていました。

今日はこれまでです。
最後までお付き合いくださいありがとうございました。

今後もよろしくお願いします。

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