見出し画像

「出禁のモグラ」が面白い

という記事です。
マンガのことを描くのは予定になかったんだけど、このマンガとにかく面白いので、どこがどう面白いのかを語りたいと思って描きたくなった。
※物語についての多少のネタバレがありますのでご了承の上お読みください

全然関係ない話から始めます

僕は会社員で主にマーケティングの仕事をしている。
マーケティングの仕事をしてる人間なら、消費者の行動モデルをいくつか耳にしていることだろう。
AIDMA、AISAS、SIPSあたりが比較的有名なやつか。それ以外にもたくさんある。ありすぎて、そんなの聞いたことねえよみたいなのもある。ULSSASとかDECAXとかって、全然ゴロもよくねえし、ぱっと想像つかねえよなあと。まあ詳しく知りたかったら、下の記事みたいなのを読むとよろしいかと。

AIDMAもAISASも始まりはAttention(気づき)だ。SIPSでも2つめのIはIdentify(確認)である。ちなみにDECAXのDもDiscovery(発見)だ。つまり、マーケティングにおいて、常に商品は「気づかれること」は重要なのである。当たり前の話だが。

「出禁のモグラ」はこの世を舞台にしたあの世の物語

「鬼灯の冷徹」で地獄を丁寧にそして徹底的に描き切った江口夏実の新作「出禁のモグラ」は現代を舞台にした物語だ。

主人公は「あの世を出禁になった自称仙人」百暗桃弓木(モグラモモユキ) 
あの世へ行くための「生命の火」を霊から拝借してカンテラに貯めながら抽斗通りという路地の奥にある銭湯(ちゃんと営業しているかは不明)で、できるだけ金を使わないようにしながら生きている。
浮世絵の贋作をしていたなんて話もあるので、少なくとも江戸時代にはいたのだろう。弓矢のほうが得意なんて描写もあるので、もしかしたらそれどころじゃないのかもしれない。というか、そもそも、本当に人間かどうかもわからない。
モグラと偶然出会ってしまった大学生の真木と八重子は、彼を追いかけて抽斗通りに迷い込んだ結果、霊が見えるようになってしまう。真木と八重子のゼミの教官で幻想文学作家(が表向きの仕事で、実は化け猫を使ったお祓い屋)の猫附教授や八重子のバイト仲間の詩魚など、いつの間にか人脈が広がりながら物語は展開していく。猫附教授の息子の梗史郎(高校生だがお祓い屋の見習い)が真木の弟の同級生で詩魚の先輩だったりと、人間関係はどんどんと重なり合っていきながら、霊がもたらすトラブルを解決していく。途中、真木がレッサーパンダの霊に取りつかれてしまったりもする。
設定を細かく作り込みながら、魅力的な登場人物たちが動き回るストーリーテリングはさすが、地獄を舞台にした群像劇としか言いようがない「鬼灯の冷徹」の江口夏実だと舌を巻く。
しかし、この物語は単なるオカルトコメディではない。

「出禁のモグラ」の最大の個性は「霊の見え方」

オカルトもののフィクションではしばし「何らかの超常現象に出会い、または、先天的な能力で霊やあの世のものが見えるようになった」もしくは「何かのきっかけで、人類全員が霊やこの世のものが見えている」なんて設定が出てくる。
しかし「出禁のモグラ」では、見える人、見えない人がある程度わかれている。3巻までの現状では、もともと見えていたモグラや猫附親子、モグラと交流を持つことで見えるようになった真木と八重子に対して、猫附の妻杏子や詩魚は見えていない。
真木も八重子も何らかの超常能力を得た結果として、霊が見えるようになったわけではない。真木や八重子はモグラに出会ったことで「霊に気付ける」ようになったから、見えるようになったのだ。
彼らは、たまたまケガをしたモグラを助けてしまったことで、彼の住む抽斗通りに入り込む。おそらくは彼らは抽斗通りのモグラの家に来たことで「気付ける」ようになったのだろう。そもそも抽斗通りそのものが、どうやら人には見えたり見えなかったりするらしい。

「出禁のモグラ」のテーマは「気付き」だ

モグラは霊が見えるようになった理由を「『見える』は『気付く』だ」と言い切る。そして、この「『見える』は『気付く』」は物語の中で、何度も繰り返される。
2巻の39ページから1ページだけ紹介しよう。本編とはあまり関係ないので、ネタバレにはそれほどなっていないと思う。手元の紙の単行本をスマホでとったので若干ピンボケなのはご愛敬で。

江口夏実「出禁のモグラ」第2巻P39より

僕はこの1Pを読んですさまじく感動した。
例えばこういう写真がある。

https://www.reddit.com/r/pics/comments/4p517i/when_you_see_it/

写真に何が写ってるのが見える?というネタだ。有名な写真なので見た瞬間に「何か」を見つけられる人も少なくないだろう。答えはこちら
これもまた引用したページと同じ話だ。この写真に「写っている何か」を明確に指定されたら、発見できる人はおそらく圧倒的に増えるだろう。そして一度「何か」に気付けたら、そのあとはいつ見てもすぐに気づけるようになる。「ウォーリーに探せ」や「ミッケ」は一回読んでしまえば、次からはサクサクと見つけられてしまう(忘れてしまえば別だけど)
心霊写真だってそうだ。ぱっと見でわかる心霊写真もあれば、ご丁寧にここにいますよと〇で囲んでもらわなければ、気付けない写真も山ほどある。
このマンガでは、あくまで「霊が見える」とは「霊に気付ける」であり、それはまるでアハ体験や間違い探しみたいなものという扱いなのだ。だから、真木や八重子の霊の見え方とモグラのそれは違う。たぶん猫附親子も違うだろう。そして、詩魚のように見たいのに見えないままの人間もいる。
たぶん、モグラが彼らの認識や視点に何らかの新しい刺激を与えたことで、彼らは気付けるようになった、凡庸なオカルトマンガで言えば「霊が見える能力を得た」のだろう。
そして、モグラはこのようにも言う。

ホラな
気付いてないだけで
お前の周りにもずっと
奇妙なものってのは
あったんだよ

江口夏実「出禁のモグラ」第1巻P143より

俺は最初から関わらなくてもいいって言ったんだ
でも気づいちまった以上
今までとは認識を改めて 今後楽しく生きていこうぜ

江口夏実「出禁のモグラ」第1巻P145より

それが示すように、今まで「見えて=気付けて」いなかった様々なものを見たことをきっかけにエピソードが展開する。
さて、後はぜひともこのマンガを読んで楽しんでほしい。とにかくどのキャラもいとおしくなるくらいイキイキと魅力的だ。そこは群像劇の天才、江口夏実の本領発揮ともいえそうだ。
とりわけ、3巻から始まった人魚伝説篇は、期待をマックスに超えてくるくらいに面白いので、今が読み始めとして最高だと思う。

余談

なんで、僕がこの「気付き」という点にすさまじく感動したか。
冒頭に書いたように僕はマーケティングみたいな仕事をしている。世の中にあるあれやこれやを、どうやったらもっと使ってもらえる、どうやったらもっと買ってもらえるかを、手を変え品を変え提案するような仕事だ。(これくらい平たく言わないといろいろまずいので)
最近はこの業界もデジタル化が進んできていて、大体のことは数字で確認できる。(多少言い過ぎではあるが)
最近のトレンドは割といかに顧客を深く関与させ、優良な顧客に囲い込んでいくかだったりするか(下図のデュアルファネルなんかはまさにそういう考え方)なのだが、現場の仕事をしていると、意外とそうじゃないシーンがいくつも存在することに気付く。

よくある分析フレームの例電通デジタルの「デュアルファネルモデル」

それは「認知こそ最強!」ということだ。「好意が大事」だとか「ブランドは思い出の小箱」とか、温いんだよと言いたくなることがままある。結局、絨毯爆撃してきた広告コミュニケーションにシェアを根こそぎ持っていかれたり、企業好意度を逆転されまくったりがままあるのだ。
そして、そういう時、僕らはいつも気付かされるのだ
「あ、俺ら(社内のチーム)やクライアントは、この商品のこと1から100まで知ってるけど、世間のほとんどの人は、競合商品との違いどころか、この商品の存在すら分かってねえんだ」
ということに。
そして、この競合との違いや商品の存在そのものを知る機会を作ることこそが、マーケティングの第一義、もしくは、営業の本筋なのではないだろうかといつも襟を正すのだ。
だからこそ「見えるは気付く」をテーマとして徹底的に掘り下げていく、この「出禁のモグラ」がいとおしいのだ。

この記事が参加している募集

読書感想文

マンガ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?