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シンクロニシティ!光の人☆覚めの道! 身口意と鏡の法則の巻

霊能者も宗教も解決できなかった
問題を解決してくれたのは
従妹の親友の専業主婦で
神託ヒーラーの真理さんでした。

最近は、人に使命、天命を伝えている。
私は、税理士で神仏を見えも感じも
しないのに不思議な話が大好きで
ムー民だ。

楽々開運術、自己啓発本は
大好物だった。
※ムー民とは雑誌ムーの読者

全く開運することもなく、
逆に歳を追うごとに
追い詰められていった。

前回の身口意が整い、感謝で
生き人に恵みをシェアできていれば
開運術も、成功本も、
特別な信仰もいらない。

理屈ではわかる。
自分は身口意の三業はない。

人を貶めても、愚痴も
言ってませんが…。
別段困りもしないし…。

私の思考は↑だった。
人は自分の事は解らない。
昨年こんなことがあった。

共時性、シンクロニシティだ。
共時性は、私のように神仏を
視えも聴こえもしない者への、
叡智からののサインだ。

Bさんから、電話があった。
内容は、
「Cさんは非常識だ、酷い仕打ちを受けた。」
「私は何も悪くはないのに。」

次の日、Cさんから電話があった。
内容は、
「Dさんは非常識だ、酷い仕打ちを受けた。」
「私は何も悪くはないのに。」

次の日、Fさんから電話があった。
内容は、
「Bさんが、Aさんに酷いことをした。」
「Aさんは何も悪くはないのに。」
というオチだった。

酷い仕打ちをしたのは
B、C、Dさんだ。

しかし、自分が受けた仕打ちは
理解するが人にした仕打ちは
すっかり忘れている。

認識が出来ないのだ。
いじめた側は、忘れている。

虐められた側は何時までも
覚えて恨んでいる。
自らの身口意の三業は見ていない。

意業=悪い思い、悪い思考
口業=悪い言葉、悪口、愚痴 
身業=悪い行いこれが人間なのだ。

どんなに開運本、成功哲学本を読んで
思い続けれ実現する。
口に出せば実現する。
行動すれば実現する。
を実行しようがこの状態での成功も
開運も望みは薄い。

神頼みも無意味でしかない。
神は仏と違い、身口意が整い、
慈悲を実践している人しか
願いは聞かない。

身の回りで起こる出来事を
学びとして理解しなければ、
ここを理解も抜けることも
できない。

諺にも
「人のふり見て我がふり直せ。」
がある。
「他人の行いを批判する前に、
まず自分のことを省みよ。」
がこの言葉の中に含まれている。

人こそ人の鏡であるらしい。
天命使命がわかる眞理さんは、
「ミラーの法則」とも
「ダミーの法則」ともいう。

良い悪いではなく、
「何故、その事象が起こったか。」
を考えることが重要なのだ。

さて、ここまで読んでくださった
皆さん。
何か違和感を感じませんか?

見えていない事、見過ごしている事、
気が付かない事スピリチャルや
開運本を書く人に足らない事、
小学生低学年の頃、
こんな話が流行っていた。

ある時、道で、子供が泣いているので
「どうしたの?
どうして泣いているの?」
と尋ねるとその子供が
「お母さんが殺されてしまったの?」
「誰に殺されたの?」と尋ねると、
ゆっくりとその子供は顔を上げて
「お前だ!」と叫ぶ。

近所のお兄さんが話してくれて、
何回聴いてもビックリしていたことを
思い出す。

「人のふり見て我がふり直せ。」
問題は、この記事を読んでいる方でも
↑のABCDの人でもない。
最大の問題は、私だ。

何故、上のABCDさんの話を
聞いたのか?
同じ話を、同じタイミングで
聞いたのか?

この不思議をブログに書き、
知ってもらう事?
ここの神意を推し量かれば、
それは、きっと知らないところで、
私自身が、人を傷つけている。

↑のABCDの人と同じことを
どこかでしているのだ。
「お前だ!」なのである。

それこそが視なければならない
直視しなければならない辛い
学びなのだ。

夢見る夢子、ピータンパン、
シンデレラでは何も解決しないのだ。

引き寄せ推奨の美人三姉妹Mさん夫が、
恐喝容疑で逮捕。
本人にも恐喝の疑い離婚。
本人病気テレビで見かけることは
なくなった。

自分がって、独りよがり、
自己都合ではいけない。

我良しのプラス思考の末路は悲惨だ。
「幸不幸の全ての事象を学びとして、
内観していかなければ業は消えない。」

これ思考方法が、巫女の性質の人が、
神との対話でされる思考なのだ。

視えも聴こえもしない私のような者
でも眞理さんに教えてもらった
縁ある神社で、
「どういうことでしょう?」
と神に尋ねることはできるはずだ。

私は、全くそんなことは知らず、
我力で生きてしまった。
力ではカルマは消えない。
人を神とする宗教団体でも消えない。

還暦間際に大変なことが起きた。
10年と12年の公倍数60年歴のが
0になる年に全てを失う所だった。

ぎりぎりで、救ってもらえた。
後生きて精々20年だ。
光陰矢の如し気づくのは
今からでも遅くはないと信じる。

寿命は尽きるとも、魂の寿命は
死しても続く。
と眞理さんを通じ叡智は
激励してくれる。
いつでもやり直すことはできる。

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