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要求のないものに不満はない

他者の行為に僅かでも不満を感じるなら、それはあなたの中に要求がある証拠です。

要求とは『~でなければならない』という思いで、この要求が強い、多いほど不満は大きくなります。

人間なら誰もが要求をもっていて当然のように思いますが、実はこの要求は相手の立場を無視する行為なんです。

なぜなら『~でなければならない』以外許さないからです。

ここに相手の立場など入り込む余地がないのがわかると思います。

つまり要求がある=自分の立場しか見えていない状態ということです。

だから当然『相手の立場がある』ということに気づけないんです。

これは相手の立場を無視する行為ではないでしょうか?

もし相手の立場に立てるなら『~でなければならない』がないので要求にはならず、不満にもなりません。

この世界は神の行為しかありません。

神は一切の喜びのために行為するから、自分の立場に固執する我善し行為とは対立します。

故に個人の思い通りにならず、不満にしかならないんです。

不満になりたくなければ、自分の立場という狭い世界に閉じ籠るのをやめることです。

現実に目を向け、いろんな立場があるのを知ることです。

以下は師匠が同情について教えてくれた時のお話です。


【師匠の教え】
貴方に攻撃的な人の立場になってみろ、自分が人に攻撃的だと苦しいと言うこと分かるはずだ。

自分の立場で反発せず相手の立場で相手を理解することが同情で、一つになる鍵なんだ。

相手の立場になっているといつかは自分が誰なのか曖昧になってくるんだ。

自分の立場にだけいると自分と言う感覚強くなるんだ。

誰かの過去の悲しい出来事の話に聞き入っていると自分のことのように悲しくなったりしないか?

この時、相手に少しなっているんだ。

これがまるで自分のことのようになってくると自分曖昧になるんだ。

エゴとは夢と言う体験通して出来た立場で、自分の立場の中にだけとどまっているからそれが自分となるんだ。

『夢の中の世界に生まれ出ると物を見ることは分離だからその体験は個人となり、個人の立場でもの見ているとそれが私となり、私の立場でもの見て考えることをエゴと言うんだ』

エゴとは立場なんだ。

立場を変えてみるんだ。

立場変えて見る癖つけると自分が誰なのか分からなくなってくるんだ。

壁を壊す鍵は立場変えて現れる同情なんだ。

『一切の生きとし生けるもの達よ幸せであれ』

これが神の立場なんだ。

違う道もあるけれどこれが自然で素直な神の大道なんだ。

だから究極を極めたマスターは神と同じように愛や慈悲を説くんだ。

全体の中に溶けさって全体の中で生きるんだ。

積極的に愛溢れさせる道があるんだ。