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エッセイ『純文学を手っ取り早くでっち上げる方法』

鬱で、ヤバい幻聴が聞こえる。

朝方、多分午前三時頃から、マンションの廊下から犬の鳴き声がした。クーン、クーンと悲しそうに鳴く声。悪さをして追い出されたかなんかしたんだな、と思って、そのまま寝ていて、朝起きたらまだ鳴いているから、そんなに長い間鳴いていたらきっと喉が渇いているだろうと思って、ボールに水を入れて置いて上げようと思ってドアを開けたら、そこにはなにもいなかった。

幻聴は何時間にも渡って聞こえていた。


二日前だかのこの娑婆のお勧めに初めて小説が載った。世の中には意外なことがあるんだな、と思って読んでみたら、それはショートショートの要綱を全て満たしたショートショートだった。

ショートショートは言葉のお遊びで、小説ではない。私の感触で言うと、文学の要素の十分あるショートショートは全体の、0.1%だ。私の算数でいくと、それは千分の一だ。つまりショートショートは、小説でも文学ではない。

140字小説も、三行小説も、なんだかんだも、「小説」ではないから、「小説」が書きたいんだったら、自らの作品を「型」にはめてはいけない。もっと自由に個性的に書いて欲しい。ショートショートはなにを読んでも全部同じだ。今の内にショートショートを書くのを止めないと、文学が書けなくなる。変な癖が付くだけだ。小説にはショートショートのような、変な落ちはない。そのうち落ちがないとなにも書けなくなる。


五年近くいて、小説が初めてお勧めに載ったらそれはショートショートだった。結構トラウマになったから、この際この娑婆から脱却しようかと思う。あんまりいいことはなかったな。私の小説『超純水みたいに』がプチヒットしたことと、サークルは楽しかったけど。スキャンダルは一回あったな。今、思えば懐かしい。しかし、スキャンダルって凄いね。何百人という人が見に来た。だから芸能界なんかもあれで商売しているんだな、ということが分かった。

これからは動画投稿サイト一本になるけど、小説を発表する場がなくなる。どうせ誰も読んでくれないから同じことか。まあ、動画にしてもどうせ誰も観てくれないんだから同じことだ。動画投稿サイトもregulationが厳しいから、がっかりすることは多い。三年先の成功を夢見て地道にやるだけだ。


そんなことより、私が死んだ時のことを考えて、なにかを遺すことをやる。



YouTube「百年経っても読まれる小説の書き方」
小説の書き方 167、純文学を手っ取り早くでっち上げる方法。


まあ、鬱の時とハイの時に物事を判断してはいけないらしいから、ちょっと考えます。

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