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『初めてづくし』の読書でインスパイアされた人

吉村萬壱『哲学の蠅』

初めて知った作家の初めて読んだ本が、初めての作家の初めての自叙伝という、『初めてづくし』の読書に興奮をしたことを今日は書きたい。

この作家は、どなたかの本の中に見つけた言葉で、名前とタイトルが心に残り、読みたい本リストに登録していた1冊だった。 先日書店へ足を運んだ際、書棚に見つけた。カバーは白。そこに可愛らしい蠅が飛んでいた。(フフフ^^)

都合のよいことしかキャッチできない人間の目と耳は、白の真実を捉えないが、そこで虹色に輝いていたのが彼の本だった。

元々哲学系の本が好きな私は、単純に『哲学』の言葉に惹かれたことも一つだが、その好きなものが『蠅』と言う言葉と融合され、インパクトが大きかった。

蠅~~~~!!!!(笑)

自分の頭蓋骨をパかっと開けたら、ブンブン飛んでるんじゃないか?そんなことを考えることもある。それだけ、日常私の頭の中には、言葉がブンブンアチコチ飛び交っている。その整理を試みるため、哲学系の本を読むこともあるし、こうやって言葉を書くこと自体を楽しむ。

ジェットコースターに乗り合わせたみたいに、一気に読み終えてしまった。いや~、気分爽快!こういう作家、大好きだ。私は大揺れした。そして、明らかに自分の中のなにかが開き、空白が誕生した。

ウィーン、ガシャ、ウィーン、ガシャ
起動してしまった。

翌日、即座に文房具屋へ飛び込み、無地の白いノートを購入した。2022年に入り、おやすみ日記をつけている。夜寝る前、薄明りの中、キャンドルの灯の前で1日を振り返る。書くことは、『今日のできごと』と簡単な感想。5行ぐらいですぐ書けちゃう日記。それはそれで、取り掛かりやすく一つの習慣になりそうだが、それとは別に何でも自由に書けるノートだ。とにかく、『書くことを愉しむ』。萬壱さんに教えてもらった。

なんでも書きたい。絵でも愚痴でも誰かの悪口でも、自分という人間のダークサイドの部分も、とにかくなんでも。書くことにも、書かれるものにも、なんの制約も縛りも受けたくない。

私にとって書くことは、とても不思議な行為でもある。手を動かし、字を書いていると、身体と脳?精神?が連結され、手が勝手に動き出し、次から次へと暗号みたいな文字を書き連ねていく。その暗号のような文字は、この宇宙の地球の中の『日本人』という名の生物しか読めないし理解できない。

実体の掴めないものが、右手を通じ外へ出ていく。これが不思議でたまらない。こんな時、自分が人間である?ことをとても不思議に思う。

だから、もし私が蠅だったとしたら、頭の中をブンブン飛びながら、私ではないもう一人の私が、私を外へ追い出す。蠅のままでは叩き潰されてしまうのがおちだから、外へ放り出された私は透明なものになる。

そう私は一体誰なんだ?私は一体なんなんだ?わたしはいるのか?自覚的に生きていないと、手のひらからポロリと落ちてしまう頼りない生がこのわたしだ。

しかし、この本を読み終え、自分の存在を思いっきり主張しようではないか!

宇宙は暗闇で、方向なんてものは存在しない。どちらが前か後ろか上か下か右か左か、そんなもの分からない。私はいつも、この地球でそんな感覚で生きている。でも他の人間たちは、みんな地球の意識で生きている。だから、私は宇宙人だ。私の意識は宇宙にあって、この地球で魔法を使って存在する。魔法とは、自分の精神内の意識を自由に変革、拡大していくこと。私はやっぱり、魔法使いの魔女やったんや!彼が教えてくれた。

私の精神のどこかのなにかを開いてくれた吉村萬壱さんに心から感謝申し上げたい。ありがとさん♩(大阪の方へ贈る感謝の暗号)

(この本を読み終えた瞬間のあの開放感を忘れたくないために、忘備録としても残しておく。薄れてきたらこの投稿を読み、あの日のあの時間、自身の意識が解放されたことを思い出すために。)




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