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私とおるんだから

地下鉄谷町線南森町駅を出たすぐのところに「大陸風」という中華料理店がある。私はそこのラーズー麺が好きで時々ランチをしに行く。その日も6人掛けテーブルでの相席に案内され、ラーズー麺を食べていた。隣には60代のお洒落なご夫婦がその日の日替わりランチを食べながら、妻が機関銃のように口を動かし、夫はおとなしくあいずちを打っていた。よくある光景の一つである。

食べたかった料理を食べ自分の身体が「幸福」で膨らんでいくのを味わいながら、その二人の会話と私の存在の境界線が薄くなっていくのを感じていた。


「そんな心配しなくて大丈夫よ。私とおるんだから。」

「その根拠のない自信はどこからくるんだ?」

何やら夫の方が何かを心配している様子である。

「一日一日大切に楽しまないとね。人生いつどうなるか分からないから、美味しいもの食べて行きたい場所へ行かなきゃね。」

「まぁな。」

「せっかくパスポート更新したのにまだ真っ白よ。今の騒動が落ち着いたら私フランスに行きたいわ。美術館に行きたいのよね。」

海外旅行へ行く予定が何かの事情で行けなくなったのだろうか?

「食後の運動がてら日本橋までボチボチ歩いて行く?」

「ここから日本橋は遠いんじゃないか?でもまぁ、食べた分歩くか?」

「そうよ、歩きましょうよ。まぁ、心配しなくても全てうまくいくと思うわよ。大丈夫よ。」

そんな会話でご夫婦のランチ時間は終わったようだった。おててとおててを合わせて、「ご馳走様でした。美味しかったわぁ。」妻の方がキラキラした笑顔で満足そうな顔をしているのが印象的だった。


明るく無邪気で楽観的、そんな奥様に旦那様は惹かれたのだろうか?あんな調子で根拠のない自信から生まれる「大丈夫大丈夫!私とおるんだから。」なんて言われてしまったら、根拠なんて関係なく「大丈夫かな。」と思えるようになるのではないだろうか?


力とパワーの象徴でもある太陽は男性を現し、慈悲と癒しの象徴である月は女性を現すと言われている。太陽は陽で月は陰。双方で陰陽の対となる。自然と調和した人間の男女の形である。あのご夫婦にはまさしくそんな言葉がぴったりだった。彼女が身に着けていた根拠の無い自信をとても微笑ましいものとして私は記憶した。

「自分を信じること」に根拠なんて全く不要である。


「私はわたしといるから大丈夫。」愛が詰まるシンプルな一言が一番強いのだ。パチン!ご馳走様でした!

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