3秒、山頂、はざまで
21時。スマホにメッセージが届く。
『今から会える?』
ユウトからだ。大学の同級生で、付き合ってもうすぐ1年。
『高校の友達が帰ってきててさ、チホに会ってみたいって。3人でドライブ行かない?』
『会える』まで打った手を止めた。ユウトの友達とはいえ、知らない人とドライブ。どうしよう…。
『無理ならいいよ!ほんとに!』
うーん、どうしよう。悩むな…。まあいっか。やることもないし。彼氏には会いたいし。
『いいよ!行く!』
『ごめんな急に』
無難な、青いジーンズに白のフリル袖ブラウスで外に出る。
見慣れた軽自動車が玄関から見える。後部座席に急いで乗り込む。
「待たせてごめんね」
「いや、全然。あ、友達のケンスケ」
「ケンスケです」
「は、はじめまして。チホです」
「あれ……もしかして…高梨さん?西小じゃなかった?覚えてないかな、俺、北川ケンスケ」
「え!北川君?!」
「え?2人同じ小学校だったんだ」
「まさか、ユウトの彼女が高梨さんとは思わなかったわ。びっくりした」
私もびっくりした。
北川君とは5・6年生で同じクラス。中学以降は別の学校。小学生の頃なんて記憶が曖昧で、北川君のことは顔と名前しか記憶にない。目立つ男の子ではなかった。
・
2年ぶりに会ったユウトと北川君は、ひたすら喋っている。私の知らない名前や思い出が飛び交う。やっぱ来なきゃよかったな…。
すっかり飽きた海沿いをドライブし、信号のない道を進む。
「コンビニ寄っていい?トイレ行きたい」
30分ぶりに見たコンビニを逃さず、車を停め、ユウトはそそくさと降りた。
2人きりは何か気まずい…私も降りよう。
「高梨さん、連絡先交換しない?」
北川君が振り向き、すっと話しかける。
「えっと……いいよ」
まあいっか。最悪、無視すればいいし。
2人だけの空間に、椅子1つ分の距離。少し戸惑う。
・
海に着くと
「なんか青春っぽい」
とか言って3人で笑ったり、スマホで写真を撮ったりしながら、遊歩道を進む。
半月が分厚い雲に隠れては、時々顔を見せる。
海でも2人の話は弾むばかり。私はひとり離れ、波で足を濡らしたり、砂に絵を描いたり、たまに2人を見ていたり。
北川君は、もはや初対面だ。
坊主からサラサラなミディアムヘアになり、身長はぐっと伸びた。細身のチノパンに、ネイビーのシャツ。
月明かりと眼鏡が余計だ。とろけそうな笑顔がたまに照らされる。
「チホーそろそろ帰るかー」
話すネタが切れたのか、ユウトに声をかけられ駐車場に向かう。
・ ・ ・
帰宅し、海で撮った写真をベッドで眺める。北川君、明日帰っちゃうんだ…。
ウトウトしそうな0時半。通知で一気に目が覚める。
『今から2人で会える?』
北川君からだ。嘘。え、待って。こんな時間に?しかも友達の彼女に?
心拍数が上がるのが分かる。とっさに手が動く。
『会えるよ』
『迎えに行く。着いたら連絡する』
彼氏以外の男性と2人きりで会うなんて、人生で初めてだ。深呼吸し、ユウトを無理やり脳内から追い出す。
大丈夫。同級生と話すだけ。大丈夫。
海で少し汚れたジーンズから、ワインレッドの花柄ロングスカートに着替える。単純だな、私。
玄関先には見慣れない車。心拍数がまた上がる。
「ごめん。急に」
「ううん、ありがとう」
「よかったらさ、大竹山に行かない?遠足で行ったとこ」
「懐かしい。行く!」
北川君は小学校のクラスメイトがどの大学に行ったとか、先生が定年退職したとか、いろいろ知っていた。
さっきはまともに話さなかったのに、今は横に座って会話し、天井の高い車に揺られている。
徐々に、罪悪感と恥ずかしさが車内に漂う。誰かに見られたら私、何て言おう?今だけでいい。電灯も月もオフにして、隠してほしい。
・
山頂付近の駐車場に着いた。車はない。まさかホテルに…なんて思った自分をその辺に埋めたい。
駐車場の脇にある階段から、すぐ山頂へ行ける。
階段で、電灯に照らされたロングスカートがふわっと揺れる。『油断禁物』と警告するかのように。
大丈夫。今、右を歩くのはただの同級生。
大丈夫。山に来ただけ。
スカートを束にして、左手で持つ。右手に何も期待はしない。
山頂に着き、
「懐かしー」
「暗いねー」
とそれぞれ口にする。
2人占めの山頂、遠くには豆電球ほどの明かりがぽつぽつ。夏と秋のはざまに突然訪れた甘酸っぱい雰囲気に、どうしても照れる。
ふと北川君が立ち止まった。深呼吸後、話し始める。
「その、実はさ、小学生の時……好きだった」
何かあると思ってた。まさか、そっか、そうだったんだ。
「ありがとう」
私にはユウトがいる。これしか言えない。
「あー!言えてよかった!ユウトには内緒な。教えてないんだ」
近くでそんな顔見せないで。溶けてしまう。
明日には帰ってしまう。
もう会えないかもしれない。
また会えるかもしれない。
今ここには2人しかいない。
ユウトは知らない。
突然、背中から風が吹く。
「10秒…いや、3秒だけ。ユウトには内緒ね」
風に吹かれ、好きだと言ってくれた男の子を柔らかく抱きしめた。
スカートがバサバサと揺れ、北川君の脚を包む。私は、ユウトじゃない大きな腕に包まれる。
大丈夫。今だけ。3秒だけ。
月も隠れた深夜。3秒、山頂。初めて触れた肌。はざまの風。
何も見えない、聞こえない。
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