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『英雄は帰らじ』

 その日が私の初陣だった。地平線まで続く揃いのブルー・コート。戦友たちの顔は功勲への期待に輝く。

 人馬兵連隊はその存在意義を銃の登場により危ぶまれたが、その体躯と速度からの衝撃力は未だ健在。
 この一戦で武功を示し、家名に恥じぬ男であることを証明する。相手は弱体なる人間の小国連合。負ける理由はない。

 喇叭が鳴る。同胞たちが一斉に地を蹴る。負けじと走る。接敵まであと五百、四百、三百。

 向けられたのは奇妙な銃だった。キャメラのように三脚に据え付けられ、複数人がかりで操作している。人間どもめ、またぞろおかしなものを。

 それが、一斉に火を吹いた。第一列の幾人かがもんどり打って倒れるが、取り乱す者などいない。我らの皮は厚く、生命力は奴らの比ではない。装填まで数秒。我々はそれより速い。踏み込み、蹂躙し、終わりだ。

 音が、止まない。

 ―

 ドワーフの新技術は確かだった。人馬兵は瞬く間に倒れ、屍を晒した。奴らの時代は終わりだ。もはや東夷に怯えることはない。大陸は人族のものだ!

 ふいに上空を影がよぎる。鳥人の偵察か。いや、何かを落としていった?

 確認と撃墜、機関銃の隠匿を命じる。指令を出し、一息つく。その時ふいに喉の違和感を感じた。息苦しい。目鼻から止めどなく血が流れだす。これは。

「毒の煙か……!」

 ―

「なァ、この戦いはいつまで続くのかなあ」

「今年の精霊節まで」

「去年も同じ事言ってたじゃねえか」

 その時、ずしん、という遠い響きがあった。

「あー、もうそんな時間か?」

 ポケットに手をやり、慣れた様子で長い耳に栓を着ける。敵方の法撃。つまり、もうすぐ森人選抜狙撃手としての仕事の時間ということだ。

 ―

 大陸標準歴916年10月。不毛の地と化した平野のそこかしこ、爆炎が上がり、稲妻が轟く。

 冒険の時代は終わった。英雄は竜とともに死に絶え、魔術の煌めきだけが残った。

 これから語られるのは剣と魔法の世界での、最初の世界大戦の記録である。

【つづく】

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