「1」の重みを知った日
4月最後の土曜日に、長男のハンドボールの試合があった。
負けたら高校最後の試合、つまり引退となる。
初めに少し、ちょうど一年前の日付けで書き留めてあった下書きがあったので、それも交えて…。
日曜日の朝、リビングでつきっぱなしのテレビに釘付けになった。
生まれつき左手が手首までしかない高校生の少年が、野球でピッチャーとして投げ込んでいる姿を報道番組の特集コーナーで紹介されていた。
両手を使える人は利き手でボールを投げ、反対の手にグローブを装着している。左手がない少年は、一部工夫を施されたグローブに左腕を通せるようにして、右手でボールを投げ終えたら直ぐに左腕にかかっているグローブを右手に装着し、ボールをキャッチするのだ。ボールをキャッチしたら左脇でグローブを挟み右手を抜き、抜いた右手でボールを掴みすぐ投げる。この動作を、両手を使って野球する皆と同じ速度でこなしていた。
こう発言したアボット投手もまた、少年と同じ腕をしていた。
親からアボット投手の存在を知ったという少年は、そのアボット投手の言葉と、片手のみで投球、捕球、送球を行うグラブスイッチ(別名「アボット・スイッチ」)と呼ばれる投法に影響を受けて野球に専念したとのこと。
私は長男が園児の時、初めてのスポーツにサッカーを選んだ。
手に不自由があるのなら、足で勝負させようと。
彼は、生まれつき左手の指が第一関節までしかない。
それから中学卒業までサッカーを続けたが、高校になって長男が選んだのはハンドボールだった。
背の高さと肩の強さは誰もが羨むものを持っている。それが彼にとって一番の自信。
あの時私が抱いた、手が不自由なら足で勝負させようという心配は、不要だったのだ。
最後の試合になるかもしれないと思うと、私も少し緊張した。
「頑張って!!」
と精一杯のひと言をかけて送り出す。
試合会場につくと、緊張感が漂うのはコート内の選手だけで、観客席は試合を終えた他校の生徒たちで騒がしい。
しかし試合が始まれば、そんな事は気にならなかった。
同点に追いついてから、入れられたら入れ返すを繰り返し頑張っていた。
だが、あと一点の差がつけられない。
土壇場で逆転勝利ができるかもしれない!と足が震える。
しかしゴールポストに当たって決まらなかった。
1回目、6人全員が決めて引き分け。
さぁどうする、と審判と監督たちで審議。
2回目、一点差がついた時点で試合終了ということになった。
観戦しているこちらも倒れそうなほどの緊張なのだから、いつの間にか全観客からの注目を浴びている選手たちのプレッシャーを考えたら、私だったら逃げ出したい…。
それでも一点ずつ決めていくからさすが現役の精神力。
開始前は騒がしかった観客席の生徒たちも、会場にいる全員が試合に見入っていた。
そしてこの7mスローの時、選手が投げ終えるまでは誰一人声を出さず、会場内は静まり返る。
その中、長男チームの二人目の選手が外した。
しかし、次の相手チームをキーパーが見事阻止してセーフ。
三人目、次に投げるのは長男だ。
止められた。
先ほどと同じ展開になってくれれば…と願うが、勝利を手にしたのは相手チームだった。
会場内は、スタンディングオベーション。
泣き崩れる選手たちに盛大な拍手を送り、私は会場を去った。
そして車の中で一人号泣した。
なぜ、私は泣いている…
悔しい負け方の最後の試合になってしまったからなのか。
決められなかったのは事実だが、でも負けたのは長男のせいではない。
「俺のせいで負けた」と思ってしまっているのではないか。
などなど、色んな思いが溢れた。
真剣勝負の時の、あと1点、1キロ、1枚、1票、1秒、1分、1日、1年…その「あと1」で明暗が分かれる事がある。
でも人生でそう多く体験できる事でもないと思う。
そう考えたら彼はまず、記念すべき人生一度目の「あと1」を体験できたのではないかと冷静になってから思った。
この、
「あと1」が結果を左右すること。
「あと1」の重さを体験したこと。
「あと1」が泣くほど悔しいと思ったこと。
誰よりもハンドボール愛の強かった長男。
この「あと1」を次のバネにして欲しい。
きっともっと歳を重ねていけば、この経験があったから…と人生を語れる日が来ると思う。
歳だけだが熟した自分が今、息ができなくなるほど緊張して、負けて悔しい体験ができるなんて、息子に感謝したい。
そしてあの空間を共有できたからこそ、
「あの時の緊張を思い出してごらん」
と、今後の勝負事の時に背中を押してあげられる。
長男たちは負けたが、その後も試合は続く。
GW後半にかけ、決勝戦まで応援に行っていた。
この大会が終わるまで付き合うのが私に課せられた役割だと思っていたため、試合会場が遠いこともあったが送迎をし、その車の中で熱く試合を語ってくれる長男との時間が貴重だった。
ふと、
「あの時俺が決めてたらどうなってたかな」
と言ってきた事。
遅かった帰宅も、夕食が一緒に食べられる時間にいて、
「マティンロウ、部活終わっちゃったよ…」
とワンにスリスリしている。
そんな長男の言葉や姿がとても切ないと感じる今日この頃。
あの日からそろそろ1ヶ月が経とうとしている今、やっと気持ちと言葉をまとめることができた。
noteでの出会いに感謝します
☺︎マティ☺︎
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