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一度、諦めた人 

3月が中旬に差し掛かろうとしている日曜の夜、何かに追われるように、もしくは追うような、そんな忙しない気持ちで隣町まで車を走らせた。
何があったわけでもない。ただ、もやに取り巻かれたような、すっきりしない気持ちをリセットしたかった。

車に乗りエンジンをかけるとフロントガラスが白く曇り、物凄く風の強いそんな日だった。
少しずつ暖かさを感じるはずの3月なのに、一向にそれを体感させてもらえない。それもこんな気持ちにさせる原因なのだろうか。


少し車を走らせると、1kmに渡って眺められる桜並木があるが、そこに立ち並ぶのはまだ寒々しい茶色の木々。
しかしこの日の強風の唸りは、桜の木々が春本番を迎える為の、膨大なエネルギーの音だとも感じた。

さらに走ると街路灯だけが頼りの信号もない夜道が続く。その街路灯には靄の轍ができている。とても幻想的だ。私の心の靄も幻想的だったら良かったのに…。
30分ほど走りその道を抜けると大通りに出る。その一角にあるスタバに車を停めた。

こんなに寒くて強風の日の20:00を回った頃なのに、どうしたことか、スタバはほぼ満席だった。
運良く一人座れる席が一つだけ空いており、両隣の人に挟まれる形で座った。


熱いほうじ茶ティーラテのカップを両手で包むように持ち、口に運ぶ。
落ち着かない。
なぜなら、挟まれた人間には両隣のそれぞれの会話が全て聞こえる事を知ったから。



右には、何かのモデルさんだろうか。2人とも座っているのに背が高いことが伺え、そして美男美女。
左には、6人の大学生たち。騒がしい。
当然、耳は右側の会話に傾く。


美しいと思う定義は人それぞれだが、美しい物や人はずっと見ていたいと思う。
滅多に出会う事がなく、特に人に関しては実世界ではなかなかお目にかかれない。
それが今、私の隣にいる。
おそらく40代くらいのお似合いなお二人。
コーヒーカップを持つ指の長さまでもが美しい。
2人の会話の内容から、訳ありな恋人なのだろうとさらに興味がそそられる。

挟まれている私になるべく聞こえないように、女性は小声で男性に話しかけているのだが、それは全て私に聞こえていた。

「会えないのが辛いと思うようになってしまった。私は多分、3ヶ月が限界なんだと思う。前に喧嘩した時もたしかそのくらい会えない時で、メールのやりとりも上手くいかなくなったから…」

「次の約束もないし、きっとこれからも会えない時が続くんじゃないかな。メールもそんなにやらなくなったし、それなら今なのかなって…」

「お別れしたい…です」


それは、別れ話だった。
肩幅が広い私は今頃になり、両肩をキュっと上げて身を縮め、両隣りとの間隔を確かめた。
ほうじ茶ティーラテを飲む速度が早くなり、これでは私が話を聞いている事がバレてしまうと少し焦り、バッグから本を取り出して読む振りをした。
女性のお相手の男性は、口数少なく手元のコーヒーを何度も口に運んでいた。

どうしてスタバを選んだのか疑問に思ったが、静かではないし、コーヒーを飲みながら何気ない会話を交えて切り替えるには、ちょうどいい場所なのかもしれない。


「コナンの主題歌を歌う人って、絶対昭和生まれなんだってー」
左隣の大学生の会話が耳に入る。

結局男性はその場で答えを出す事はなく、
「とりあえず出ようか」と言い、女性も、
「先に帰って」とは言わず、男性の後をついて2人で店を出て行った。
やはり2人は背が高くてスタイルも良く、絶対何かのモデルさんなんだと思う。


右側が空き少し広くなったおかげで、ふぅーと肩を撫で下ろした。
まさかの出来事に遭遇し、緊張した。
残りのほうじ茶ティーラテはもう冷めていたが、飲みながら少し彼女の気持ちを考えてみた。


何となく、別れを告げた彼女の気持ちには覚悟が感じられなかった。きっと男性は「わかった」とは言わないだろうと確信しているようなそんな感じに聞こえた。


彼女の気持ちを邪魔しているもの、それは紛れもなく恋愛感情だろう。


相手を想う気持ち全てが恋愛感情で占拠されないように。
数日連絡を取らなくても平常心でいられる、友情のような思いも持ち合わせられるように。
依存がなく、信頼できる間柄になれるように。

それができたらずっと続くのかどうなのか、人の気持ちの事はわからない。
私のたった一人だけ、一度諦めた人を思い浮かべる。


左隣から「tukiはツキ?トゥキ?」という相変わらず平和な会話。大学生なのか?
店でも公共交通機関でも、'隣の人は聞いている'を忘れないようにしようと思った。
違う、私はコーヒーを飲んでいるだけだと言い聞かせた。

帰り道。無心だった。
車を走らせ隣町まで来た理由をすっかり忘れていたが、きっとあの2人は続いているんじゃないかな、とふと思う。何ならあの美しい2人の歩く姿をもう一度見たい。
風の音は相変わらず凄かった。



あの時茶色の木々だった桜並木は、今は澄んだ空気と空の下、桜若葉で青々としている。
その木々の葉が、そよ風に揺れる景色を1km先まで見渡せ、そして私の心の靄も晴れていた。





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                 ☺︎マティ☺︎

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