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覚めない悪夢を蹴破るSFミステリー 『クラインの壺』 #418
「はじめのところからはじめて、終わりに来たらやめればいいのよ」
“終”のない世界で、どうやってやめるタイミングをみつければいいのか?
いまでこそ、映画にも現実世界にも当たり前に登場するヴァーチャル・リアリティの技術。まだまだそんなの「夢物語」と感じていた頃に読んだ小説『クラインの壺』は衝撃的でした。
ゲームのシナリオ大賞に応募したことがきっかけで、ヴァーチャルリアリティ・システム「クライン2」の制作に関わることになった上杉彰彦。小説は彼が山荘でひとり書き綴る日記から始まります。
「クライン2」に取り入れられたゲームは、原作者の上杉でも難しいレベルのもの。苦戦しつつも、リアルな幻想世界を見せてくれるゲームに夢中になってしまいます。アルバイト仲間の梨沙とも仲良くなりますが、やがて彼女は失踪。真相を探ろうとする上杉は、「クライン2」に隠された秘密に気がつき、というストーリーです。
作者の「岡嶋二人」は、文字通り、ふたりの小説家によるコンビネームです。デビュー作の『焦茶色のパステル』や、第10回吉川英治文学新人賞を受賞した『99%の誘拐』など、たぶん全作読んだんじゃなかったかな。
人気コンビではありましたが、この『クラインの壺』を最後にコンビを解消しています。現在でも小説家として活動しているのは「井上夢人」の方です。初期の頃からのパソコンオタクらしく、『クラインの壺』もほとんどのアイディアは井上さんによるものだそうです。
超高度に進化したAIが“病んだ”ら、世界はどうなってしまうのかを描いた小説『タイタン』。ARゲームのバグが現実世界を侵食していくドラマ「アルハンブラ宮殿の思い出」など、SFとミステリの融合作品はたくさんありますが、わたしにとっての原点はずっと『クラインの壺』でした。
「クラインの壺」とは、境界も、表裏の区別も持たない曲面のことです。考案したのはドイツの数学者フェリックス・クライン。
(画像はWikipediaより)
(なんでこんなものを考えたんだか……)という疑問はそっと心の中にしまって、あらためてこの図を見てみると、“終”がないものであることが分かります。表も裏もないため、時間的な感覚も消えてしまう。
覚めない悪夢に閉じ込められてしまった、ゲームの参加者たち。上杉は、強烈な孤独の中で、自分が生きていること、いま見ているものが現実であることを証明する、ただひとつの方法をみつけるのですが……。
1989年に出版された本ですが、いまもまったく色あせないストーリーだなと思います。むしろ、現実がどんどんと小説に近づいているように感じます。
「はじめのところからはじめて、終わりに来たらやめればいいのよ」
何事も、やめる方が難しいんですよね。
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