“記憶の時間旅行”が向かう場所 映画「TENET テネット」 #514
その昔、初めて唐組の舞台を観た後、あまりの訳分からなさに、友人の演出家に聞いたことがあります。答えは、
「分かろうとするな」
でした。
唐組ってご存じですか? 1960~70年代のアングラ演劇ブームを支えた唐十郎さんが、1988年に「状況劇場」を解散し、その直後に起ち上げた劇団です。通常の劇場や芝居小屋ではなく、神社の境内などに「紅テント」と呼ばれるテントを張り、その中で芝居がおこなわれます。
そのため、樽から水がジャーブジャーブとあふれて客席に飛んでいったり、テントの一角が破れて「さよーならー」と出演者が消えていったりと、かなりロックなお芝居なんです。
ストーリー自体はとてもメルヘンなものでしたが、とにかく演出がよく分からない。その頃、「演技のリアリズム」を追求する演出家のところで仕事をしていたこともあって、舞台の突拍子のなさにビックリしたのでした。
分かろうとするなと言われても、目に映る世界を理解したいと思うのが人情ですよね。もう一回観れば、ちょっとは分かるんでは。違う演目なら楽しめるんでは。そうやってズルズルと沼にはまり、たぶん100本くらいの舞台を観ました。
結論。
「分かろうとするな」
でした。笑
映画で「分かろうとするな」の横綱なのは、デヴィッド・リンチ監督と、クリストファー・ノーラン監督ではないでしょうか。“記憶の時間旅行”といえる「TENET テネット」は、設定自体に翻弄されました。
<あらすじ>
キエフのオペラハウスでテロ事件が発生。CIA工作員の主人公は、特殊部隊に混ざって突入し、スパイの救出に成功する。しかし、ロシア人たちに捕らえられてしまう。自決のための薬を飲んで死んだはずが、薬はすり替えられており、目を覚ました主人公は、あるミッションを命じられ……。
あらすじだけだと、「ミッション:インポッシブルっぽい?」と思えますが、安心して観ていられるのはここまで。未来からもたらされた「逆行する兵器」の説明を受ける辺りから、どんどんこんがらがってくるので、友人の教えを思い出しながら鑑賞……。
「分かろうとするな」
回転ドアとか、アルゴリズムとか、特殊な用語に惑わされてはいけない。せっかくIMAXという超高解像度のカメラを使っているんだもん。注目すべきは、俳優たちの演技だと思います。
主人公の「名もなき男」を演じたジョン・デヴィッド・ワシントン。デンゼル・ワシントンの長男で、品のよさを感じさせてくれる青年です。彼と、ロバート・パティンソン演じるニールが忍び込んだ施設で、フルフェイスのヘルメットを被った「ナゾの人物」と遭遇。格闘戦になります。
このシーンが、後で「逆行」状態で再現されるのですけれど。
撮影する時も、「逆行」状態で演技していたのだそう。俳優としては、かなり無理のある演技になりますね。
(画像はIMDbより)
演技は、相手の動きに対する「反応」でできています。優れた演技とはすなわち、「反応」に嘘がないこと。
その意味で。
訳分からないけど、演技に嘘のない映画だったなと思います。
わたしは町山智浩さんのコラムで予習してから観に行きました。
「街角のクリエイティブ」では、橋口さんが狂気にあふれた解説をしてくれています。
同じく「街角のクリエイティブ」のライター金子さんは、noteに書いています。
映画鑑賞後に、「あーだ、こーだ」と盛り上がる状況を、監督自身はどんな風にみているのでしょうか。「クフフフフ」とほくそ笑んでいるのかもしれない。いえ、そうであってほしいと思う。
“記憶の時間旅行”の向かう先は、次のクリエイターが生まれる場所かもしれない。沼にはまり、「わたしも創りたい!」と思う人がいるかもしれないから。
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