傷を抱えた心に響くおばあちゃんの声 『西の魔女が死んだ』 #619
自分のことは、自分で決める。おいしいも、楽しいも、どの道を進むかも、そして幸せの形も。
梨木香歩さんの小説『西の魔女が死んだ』ほど、心の栄養剤になった物語に出合ったことがなかったかもしれません。中学生のまいと、「西の魔女」と呼ばれたおばあちゃんとの、ひと夏の物語です。
<あらすじ>
中学に進んでまもなく、どうしても学校へ足が向かなくなった少女まいは、季節が初夏へと移り変るひと月あまりを、おばあちゃんの元で過ごすことに。ママが「西の魔女」と呼ぶおばあちゃんから、魔女の手ほどきを受けるまい。修行の肝心かなめは、なんでも自分で決めることだった。
『西の魔女が死んだ』でデビューした梨木香歩さんは、この作品で日本児童文学者協会新人賞や、新美南吉児童文学賞などを受賞されています。でも、わたしはこの後に出版された『りかさん』が、梨木ワールドのデビューでした。
心理学者の河合隼雄さんに小説を見せたところ、「この作品を出版することは意味があるから」と出版社に送られてしまったのだそう。そこから大ベストセラーになり、映画化もされ、という夢のような展開になりました。
中学生のまいと、イギリス人のおばあちゃんとの関係は、ベタベタベッタリした韓国ドラマに慣れた目には、すごくドライに見えます。笑
マンガ家の小栗左多里さんは、夫のトニーさんとの生活を描いた『ダーリンは外国人』の中で、世話好きでかまいたがりの日本人母(小栗さんのママ)に対して、アメリカ人の母(トニーさんのママ)は、「何でも自由に使っていいから、自分のことは自分でやってね」という放任主義だったと語っていました。日本も、韓国も、おせっかいな人が多いのかしら。
第93回アカデミー賞で6部門にノミネートされた「ミナリ」にも、おばあちゃんが登場します。孫からは「フツーのおばあちゃんぽくない」と言われてしまうほど、自由奔放なおばあちゃん。まったくおせっかいではないし、どちらかというとアメリカンなおばあちゃんですが、愛の深さはマリアナ海溝並み。演じるユン・ヨジョンは、アカデミー賞の助演女優賞にノミネートされています。
まいのおばあちゃんは「魔女」と呼ばれていますが、魔法でお湯を沸かしたり、空を飛んだりするわけではありません。自然の声に耳を澄ませ、スピリチュアルな存在を感じられる人、くらいの意味です。
イギリスでならピーター・パン。まいと暮らす日本の家ならコロボックル。自然に囲まれた暮らしの中で、彼らと出会っても不思議ではないような、そんな生活が描かれます。
まいをひとりの人間として認めて、なんでも自分で決めさせる。それが「魔女修行」の第一歩です。
魔女に憧れたわたしとしては、「魔女修行」にとても興味を引かれたのですが、内容はというと、「早寝早起き、食事をしっかりとり、よく運動し、規則正しい生活をすること」なんです。
ええっ!?
いまの自分にそれができているかどうかは置いておいて、これが「魔女修行」!?となったのですけれど。おばあちゃんがまいに伝えたのは、生活を整えることで、心をやわらかくする方法だったんですよね。
おばあちゃん=西の魔女からの、秘密のメッセージを受け取ったまいに、教えが根付いていることを感じさせるラストシーンが見どころです。傷つき、弱さを抱え、葛藤するまいを、黙って受け入れてくれたおばあちゃん。
ただ側にいてくれるだけで、心が強くなることってあるのだよなと思います。言葉はいらない。やさしくて大きなお手本が、目の前にあるから。
映画の方は未見でしたが、Amazonプライムで配信されていました。今度観よう。