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韓国版“世にも奇妙な物語” 『屋上で会いましょう』 #446

海外文学の窓口になってくれる人といえば、翻訳者ですよね。日本語しかわからないわたしと作品をつないでくれるありがたい存在です。神です、神。

わたし自身、ずっと韓国語の勉強を続けてきて感じることがあります。

「やっぱり翻訳者ってすごいなー!!!」

です。ホントに、神です、神。

チョン・セランさんの本は現在、3冊の邦訳が出ているようですが、そのうち『フィフティ・ピープル』と『保健室のアン・ウニョン先生』は斎藤真理子さんが、『屋上で会いましょう』はすんみさんが翻訳されています。

どちらの方も読みやすく、チョン・セランさんの奔放な想像力を再現してくれている感じがあります。

ただ、3冊読んでみて印象の違いを感じたのも事実。特に翻訳者が違う『屋上で会いましょう』は奇想天外な短編のせいか、「これ、原文はどうなっているのかな?」と思う箇所もありました。

パワハラから逃れたいと願うOL。怪我をした耳が再生したものの、お菓子の味がするようになった青年。離婚を機に、家のものを友人に大放出しようとする女性。などなど、9編の「世にも奇妙な物語」をのぞくことができます。

わたしがとても心に残ったのは「ボニ」という短編でした。

姉を失った主人公は、友人が作った「突然死」の人を記録するウェブサイトを運営することになります。夜空の星のようにきらめく、亡くなった人たちの記録。メディアの取材を受けたことで登録希望の人が増え、夜空が星で埋め尽くされそうになってしまうのです。

突然に亡くなる人は、こんなにも多いのか。

主人公も、友人も、だんだんと想いを支えられなくなってしまう……というお話です。

これは大切な人の不在を乗り越える、ひとつのあり方なのかもしれません。喪失の悲しみが、サイト運営で癒やされていた時期を過ぎると、それは再出発のタイミング。忘れたくない思い出と、忘れてはいけない記憶と。残された者たちが抱えることになる想いに、ちょっと胸がシクシクしちゃいました。

日本で韓国語の勉強をする場合、語学学校のようなところに通うのが手っ取り早いと思います。文法や発音が日本語と近いので、本での独学も可能です。伸び悩むのが中級からで、上級クラスにいってしまうと、あとは「自分でがんばってね」状態になってしまいます。もしくは、通訳や翻訳の専門学校に通うか、ですかね。

語学学校に通っていたころ、わたしは「読み書き」に時間がかかる方でした。そこで韓国語の本を100冊読めばちょっとは上達するんじゃないか、と思って始めたのが「韓国語の本100冊チャレンジ」です。いまは「1000日チャレンジ」のためにおあずけになっていますが、それでも40冊は超えていました。がんばったよ、ホントに。

しばらく韓国語の本を読んでいないけれど、チョン・セランさんの小説は、原書で読んでみたい本の一冊になりました。

祖父が、娘さんと結婚させてくださいと縁側で大の字になって懇願したんですって

「大の字になって懇願」って、どんな状況なんだろう……。笑

オモチャを買ってもらえなかった子どもが、床に転がってジタバタする感じなのかな。だとしたら、じーちゃん、めっちゃかわいいな。

そんなことを考えながら読んでいます。こういう表現が韓国語ではどう書かれているのか。韓国に旅行できるようになったら、いの一番に本屋さんに行きたいと思うのでした。





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