読まれなかった小説

迷いと孤独の濁流 映画「読まれなかった小説」#188

ドストエフスキーの『罪と罰』の読破率ってどれくらいなんだろう?

そう思ったことはありませんか? 『カラマーゾフの兄弟』でもいいんです。あの、登場人物がやたら多くて、長大な言い訳がえんえんと続く小説に没頭できるのは10代だけでは、なんて思ってしまうんですよね。

ロシア文学の重苦しい父と息子の対立、青年期の孤独を膨大なセリフにして映画にしたら「読まれなかった小説」になるのかもしれません。トルコの巨匠ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の作品です。

<あらすじ>
大学を卒業し、故郷に戻ってきたシナン。作家志望の彼は処女小説を出版しようとしますが、誰からも相手にされません。定年間近な父イドリスとは競馬をめぐってケンカばかり、母には小言を言われ、妹は自己中に振る舞い、家に居場所がない。ある日、街の本屋で著名な作家スレイマンを見かけ、自分の小説を読んでくれるように頼みますが……。

この映画は、ジェイラン監督の甥で、共同で脚本執筆にあたったアキン・アクスの自伝的な物語だそう。小さな町に暮らすシナンには「でもしか先生」くらいしか道がなさそうなのですが、父と同じ教師になって平凡な人生を送ることに疑問を感じています。そんな青年の迷いと孤独、父への反発、世間への逆襲が膨大な量のセリフの奔流となってほとばしってきます。

映画の舞台はトルコの「トロイ遺跡」近くの町。たぶんこの辺です。

トロイ遺跡

※画像はWikipediaより

トルコはアジアとヨーロッパをつなぐ位置にありますよね。地中海に面しているのでもっと暖かい国だと思っていたのですが、沿岸地域を除くと冬はかなり寒いそうです。映画の中でもすごく冷たい風が吹いていました。バッハの重厚な短調曲のしらべとも相まって、父と子の関係を表しているかのようでした。

読まれなかった小説3

主人公のシナンがとても「ミレニアル」な青年に見えるんですよね。自分の欲求ははっきり述べるけれど、人の話は聞かない。競馬にお金をつぎ込んで家族に迷惑をかけてばかりいる父を軽蔑し、学のない母を見下す姿には、

お前はなんぼのもんやねん!!

と言いたくなります。本屋で作家のスレイマンに会ったシーンでも、相手の都合を無視してさんざん議論をふっかけておいて、「ぼくの小説を読んでほしいんです」って、虫がよすぎるやろ。あっさり振られてしまって、さらに拗ねるシナン。

肥大した自己意識を抱え、周囲が見えなくなって暴走するのは、青春期を生きる者の特権なのかもしれません。

大学は出たものの、若者の仕事がない町で、できることといえば遺跡でトンネルを掘ることくらいです。未来を描けない者の内面にたまった鬱屈が、膨大なセリフとなって吐き出されます。

わたしは字幕で映画を観たのですが、たぶんかなりスキップしているんだと思われます。一般に字幕翻訳は「1秒間に4文字以内」がルールです。なのにあんだけしゃべられたら……。笑

お金をかき集めて出版した初めての小説のタイトルは「野生の梨の木」。野生の梨の木は乾燥した土地でも育つけれど、形がいびつで、甘くはならない。つまり、懸命に生きているのに、人間には必要とされず、見向きもされない果物の木を表しているそうです。5か月経っても1冊も売れず、誰にも“読まれなかった小説”そのものを指しているのだと思います。

こういう映画に触れると感じる、文学的な素養の欠如。学生時代、もっと勉強しておけばよかった! いま10代、20代の方に忠告します。本を読むならいまが一番いい時ですよ。

ドストエフスキー文学のような重苦しく哲学的な問いの嵐。ですが、“ジェイラン監督作品中で最も美しい映画”と言われるのも納得の映像美です。上映時間は189分! 観る時はご注意を。エンディングで感じるぬくもりに救われますよ。

読まれなかった小説2


※画像はIMDbより

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