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これが「真実」と思いたくなるほどのリアリティ 『罪の声』 #316

1984年3月に発生した江崎グリコの社長誘拐事件。その後の事件と合わせて「グリコ・森永事件」と呼ばれ、犯人逮捕にいたらないまま、時効を迎えています。

身代金の受け渡しに指定された場所と、この頃住んでいた家が近かったので、学校の登下校時に注意するよう言われたことを覚えています。「注意せよ」と言われても、何に「注意」したらいいのか分からなかったんですけど。たぶん、先生たちも分かってなかったと思う。

「劇場型犯罪」と呼ばれたこの事件をモチーフにした小説が、塩田武士さんの『罪の声』です。

とても長い小説ですが、引き込まれるようにして一気に読みました。発見ー捜索ー後始末という構成で、特に、これほどの大事件の「後始末」をどうつけるんだろうと、終わりに近づくほど不安が高まっていきます。

父の遺品の中に見つけたカセットテープを再生してみると、そこには自分の声が。それは、ニュースで見ていた誘拐事件に使われていたものと同じだった、という衝撃の発見が導入部です。

新聞記者と声の主が追う、事件の謎。背景に、自分の家族が関わっているかもしれないとなれば、二の足を踏むのが人情でしょう。刑事事件としては時効が成立していても、家族としては割り切れない。

昭和の未解決事件として読むのもいいのですが、父と息子の物語としても骨太でおもしろいと思います。

父のお得意様にとって、跡継ぎの息子によせる信頼への不安。それが仕事に対する不安へとつながり、事件への疑惑と相まって、父への不信として盛り上がっていく。

いまは亡き父の姿、それも知らなかった部分を知るのは、パンドラの箱を開けるようなもの。

それでも開けるのか。それとも目を逸らして生きていくのか。

昨日ご紹介した『彼女は頭が悪いから』とは打って変わって、こちらはすごく読後感がよかったです。(失礼!)

作者の塩田武士さんは元新聞記者だそうで、事実を調べ、ディテールをつめていく手法は、調査報道を読むようでした。でも、『罪の声』も『彼女は頭が悪いから』も、あくまでフィクションです。これが「真実」ではない。

事件発生から36年が経って。

これが「真実」と思いたくなるほどのリアリティでした。


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